第4話 宴

 ルイソンも仲間の待つリオの店に到着していた。


 店先には【Restaurant & Bar LUNA】と表示された看板が掲げられ、美味しそうなビールのネオンが光っており、酒好きのルイソンは胸を弾ませ舌なめずりをする。

 車の到着音の合図で、待ちかねていた仲間が店のドアを勢いよく開けると、下車したばかりのルイソンに猛スピードで駆け寄った。


「ルイソンっ!」

「キャー ルイソンっ! 本当にルイソンなのね!」

「長っ!」

 幼馴染みであるリオとルイーズがルイソンに飛び付くと、目をギラギラと輝かせた仲間達がアッと言う間にルイソンを囲んだ。

 ルイソンはリオとルイーズを強く抱き締めると、自身が蘇った実感がひしひしと溢れ出し、薄っすらと目に涙を溜める。


「リオ、ルイーズ。只今。心配かけてすまなかったな」

「ルイソン。本当に良かったよ・・ 生きてるって信じてたけど、やっぱり不安だったからさ」

「本当に良かったわ。四百年前に突然貴方の匂いと鼓動が消えた時は皆凄く動揺したけど、でも、何故か貴方の精気だけは感じたの、だからあちこち探したんだからね」

 顔を上げルイソンを見つめるルイーズの目元から涙が流れ落ちる。


「探してくれたんだ。有難う」

 ルイーズとリオに感極まった表情で礼を告げると彼等の顔を凝視する。

「お前等も老けたな」

「え? ちょっと。開口一番がそれ? もう! 相変わらず、デリカシーの欠片も無いんだから」

 ルイーズが口を尖らせながら怒った振りをするが、目元を拭いながらクスクスと笑い出す。

「四百年経ったんだから、そりゃ年も取るよ。ルイソンはラッキーだね。全然変わってないじゃん」

「突然、崩れ出すわよ。きっと」

「お、あり得るな。そうなったら困るな、アハハハ」

「ハハハハ」

 リオ、ルイーズと共に大笑いをしたルイソンは真剣な顔つきに変わると、彼を囲むパックの仲間に視線を向けた。

 

「皆、心配かけて済まなかった。そして、俺が眠っていた四百年もの間、オルディアのパックを支え守ってくれた事に感謝する。ここに来るまでの街並みを見た。素晴らしい発展だ。皆を誇りに思う。ありがとう」

 一旦話すのを止め深々と仲間に頭を下げると、生き生きとした顔付きで自分の回り立つ一頭一頭に熱い視線をおくる。

 ルイソンが仲間に語り始めると、リオとルイーズはルイソンから距離を置き、マキシムと合流した。そして、静かにルイソンの言葉に耳を傾けた。


「これからは、長として失った四百年分を取り戻す仕事をさせてもらう。だが、まだまだ皆の助けが必要だ。これからも俺を支えて欲しい。よろしく頼む」

 ルイソンが満足気に話を終えた途端、マキシムが見上げると夜空に輝く満月に向って雄叫びを上げた。

「うおぉぉぉ――――」

 リオ、ルイーズをはじめ皆がそれに続き、オルディアの街中に狼の遠吠えが響き渡ったのだった。


「先ずは、四百年分呑むぞ!」

 ルイソンは思い切り笑顔をつくると、仲間と共に店に歩みを進めた。そんな彼を若い雌が頬を赤く染めながら取り囲む。

「おお、俺ってこんなにモテたっけ。アハハハ。さぁ、朝まで呑むぞ! そしてあんな事やこんな事もしちゃおうかなぁ~ ガハハハ」

 取巻きの女の肩を目尻を垂らしながら両腕で抱えると店内へと消えて行く。


「なにあれ? 昔の軽佻浮薄なルイソンに戻っちゃったのかしらっ!」

「アハハハ、ルイソンらしいじゃん」

「リオ、ルイーズ」

 店に向って足を進めていたリオとルイーズに背後からマキシムが声を掛けた。

「何? マック」

 一歩出しそうになった足を止めると振り返る。

「ルイソンは殺された事も、アルベルトとの事も覚えていない様子なんだ」

「え? まじかよ」

「そんな・・ だからさっきのノリね」

「きっといつかは思い出すだろうし、機会をみて俺から話す。だから黙っていて欲しい」

 リオとルイーズは一度お互いの顔を合わせると首を縦に振りマキシムに了承を示した。


 アルベルトの復帰祝いは朝日が昇る直前まで盛り上がり、アルベルトは少し疲れた形相で自室に足を踏み入れた。

「アルベルト様、復帰早々、お疲れになったでしょう。お湯に浸かられますか?」

「パーティの前にシャワーを浴びたから今日はもう寝るよ」

「左様でございますか・・ 寝床のご用意はできています」

 執事のエイデンは、アルベルトが脱いだタキシードを背後から受け取るとクローゼット内のハンガーに掛ける。


「休む前に僕が失った四百年を見せて貰おうか。母上についても知りたい」

「かしこまりました」

 アルベルトは部屋の中央に備え付けてあるソファに腰掛けると、エイデンが彼の膝元に跪き、おもむろに自身の左手首を右の尖った人差し指の爪で切ると血が流れ出る。

 アルベルトは血が噴き出るエイデンの左手首を自身の口元に近づけ、牙が顔を出すほどに大きく口を開けると滴り落ちる血を吸引する。

 その途端、アルベルトの目が赤く光り彼の顔全体に血管が浮かび上がるとエイデンの過去の記憶がアルベルトの脳を駆け巡った。

 

 アルベルトが失踪し彼を探しているかのように辺りを駆けまわる景色。

 屋敷に戻ったケビン達が泣き崩れる様子

 ケビンの結婚、息子の誕生

 時折勃発する人間やライカンとの紛争

 エイデンが見てきた多様な彼の日々


 アルベルトは止まっていた呼吸を吹き返すように大きく息をすると、彼の目が再び元来のサファイア色に戻る。


「はぁはぁはぁ」

 口元に付く血を指で拭いながら荒い息をするアルベルトに、エイデンはそっとハンカチを差し出す。


「エイデン。母上は亡くなったのか・・」

 手首から流れ出る血でカーペット汚さぬよう別のハンカチで止血していたエイデンは、ハッとした形相で首を縦に振る。

「私も詳しくは知らされておりません。アルベルト様が失踪した事を嘆き悲しまれた上に自らお命を絶ったとだけ、ケビン様から伺いました」

「自殺だと・・ あの母上が・・ 信じられぬ」

「はい・・ ただ二コラ様がご崩御されて以来、ご実家にお帰りになられても英気を取り戻される事は無かったと聞いております」

「そう・・だったな。墓はここの地下か?」

「はい。旦那様のお隣に」

「そうか。少し休んだら会いに行くとしよう」

「はい。きっとお喜びになられます」

 アルベルトはソファに深く腰掛け首元の蝶ネクタイを外すと、シャツのボタンを緩め天井を見上げて一つ溜息を付いた。

 エイデンから得た彼の過去の記憶からは、自身が棺に納められる原因まで掴めなかった。それどころか何故かアルベルトが失踪する以前の記憶でさえ、時折靄がかかったように鮮明では無く、歯に何かが挟まったようなスッキリとしない気分だった。

 すると突然、共に納棺されていたライカンの顔が脳裏に浮かぶと強烈な頭痛に襲われ前屈みになる。

 

「アルベルト様」

 エイデンはアルベルトを気遣うように手を背中に置くと呼び掛けた。

「大丈夫だ。もう休むとする」

「そうなさってください」


【この頭痛はいったい何なのだ・・ 最初は両親の肖像画を見た時。そして今は・・ 何故アイツの顔が浮かぶ・・ 汚らわしい】

 

 二度も原因不明の頭痛に襲われたアルベルトは、心で疑問と不平を呟きならエイデンに支えられ立ち上がるとベッドへと向った。

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