第4話 その色は美しく!

「で、で、殿下!? やめてくださいよもう。何の前振りもなく突然攻撃だなんて、ははは! ちょっとオチャメな冗談ではありませんか!!」

「……ちっ」 


(青い、オーラ……)


 ほんの一瞬前。

 ルフトの首を狙って放たれた青い刃のような光は、まぎれもなくマナを纏ったオーラだった。それをルフトが咄嗟に魔法で弾いたのだ。


 大陸最強のソードマスターを冠するヴィルヘルムの従者だけあって、ルフトもまた実力ある魔法師なのである。

 そして、そんな有能な魔法師をひやりとさせたオーラの威力が、どれほどのものであったかは、ルフトの淡い緑色の魔力がぱらぱらと崩れていく様子からわかる。


「……『ちっ』って、王族が舌打ちしてはいけません! ガラが悪い! それ以前にも、人に向けてオーラを放ってはいけませんと、あれほど申し上げているのに!」

「まったく。お前はいつも大げさだね、ルフト」

「おおげさ!? 現在進行形でこの世にサヨナラしかけているのですよ!」


 わあわあと涙ながらに騒ぐルフトと、それを冷笑的に見つめるヴィルヘルム。

 それをやや呆気に取られて見つめながら、やがてノーチェがぽつりと漏らす。


「うわあ……。普通は武器や肉体に纏い強化するオーラを、そのまま操るとは。さすが第七サークルの境地に達したオーラマスター」


 通常、剣の境地に達した武芸者が発現させるオーラとは、強化魔法のようなものなのだ。それを、マナを圧縮し殺傷能力を伴った斬撃とするなど、常人には不可能なのである。


「やることなすこと、規格外だなあ」

「……そうですね」


 若干引いた様子のノーチェに、オルテンシアもうんうんと同意する。

 ただし、彼女の場合は心の底から感心して。


「だってご覧になりましたか、ノーチェ様? 瞬時に反応されたルフト様もさることながら、弾かれたオーラが天幕を壊さないよう霧散させた、コントロール力! さすがは殿下。オーラは一度剣から放たれれば操るのは至難の業。それなのに殿下は剣を抜かれることもなく、圧縮したマナを放たれた上にコントロールまでされていました! まさに規格外な神業!」


 オルテンシアはキラキラと目を輝かせ、顔の前で両手を組みながら力説する。


「もともと上級精霊に匹敵するマナをお持ちの殿下ですが、規格などに収めることは不可能ですね! 故に規格外!」

「え、……そういう?」

「え?」


 もちろんノーチェが言った規格外とは、そう言う意味ではない。少しだけ皮肉のこもったものなのだ。

 けれど純粋なオルテンシアは心の底からヴィルヘルムを尊敬しているので、困惑した様子のノーチェにこそ困惑した。


(なにか言葉が足りなかったでしょうか?)

 

 ぱちぱちと目を瞬き、はっと気づいて補足する。


「そうですね。私が間違っておりました。まず褒めるのはマナの流れや、その色でなければなりません」


 オーラも、魔法も、精霊の力も。

 この世にある異能は全て、大気中を漂う生命の源『マナ』を活用している。

 基本的にマナは無色透明なので、そこに色がつくのはある一定の境地に到達した証だ。


 そして、体内で巡るマナの輪・マナサークルは、心臓を中心に形成され、修練を積むことで幾重にも外側へと形成されていく。

 内側から、一段階、二段階へと。

 やがて超越者のラインとされる五段階を越えると、マナが薄っすらと色を帯びるようになるのだ。

 その色は個人によって違い、段階が上がるごとに濃く、より鮮やかになっていく。


「殿下のオーラは、晴れ渡った夏空のような青色——……」


 先ほど見た青色の鮮やかさを思い出して、オルテンシアは感嘆のため息を漏らす。


「つまりオーラを構成するマナも同じ色。その一言では言い表せない鮮やかな色味が、常識を覆すほど美しいです」

「…………」


 すると、なぜかノーチェはとどこか遠い目をして頷くのだ。


「あ、うん。……まあ、オ、聖女様がそれでいいのなら、いいか」

 

 一瞬オルティと言おうとして思い止まったノーチェは、ちらりと意味ありげにヴィルヘルムを見て嘆息した。

 そうして会話を交わしているうちに、主従の話し合いもついたようだった。


「——つまり俺の従者は、いざというとき主人を守るのではなく、主人を見捨てて逃げるということか?」

「ええそうです。あなたの従者は世界から主人を守るためにいるのではなく、いざというとき、世界を守るためお傍にいるのですから!」

「…………」


 どん、と胸を張ってルフトが宣言したとたん、ぐっと部屋の温度が下がった気がする。


「……ほう?」

(な、なんだか知らないうちに、会話の内容が物騒なものになっていませんか!?)

「どうやら俺の従者は、空気に徹するどころか空気の読めない愚か者らしい」


 明るい口調でそう言って、肘掛に頬杖をついたヴィルヘルムは僅かに目を細める。


「まったく、愉快でならないな」

(口許は笑っていらっしゃるのに、目が全然笑っていません……)


 その姿はまるで、優美な黒ヒョウが獲物を前に「どう料理してやろうか」と、悠然と構えているように見えるのだ。

 するとルフトもようやく自分の失言に気付いたらしい。「はっ」と息を呑み、すました表情で目を閉じると、まるで壁の一部のようにすうっとその存在感を消した。


「わたしは空気。どうぞみなさまお話を続けて下さい」

「そうだね。駄犬の躾はあとでするとして……」

「え」

「いまは欠片の捜索が最優先だ」


 さらりと不穏な言葉を残し、ヴィルヘルムは再びオルテンシアたちへ向き直る。


「捜索に関してそちら側の計画はあるのかな」

「はい殿下。ジェルラの森は東西に長いので、部隊を三隊にわけて捜索に当たろうかと」

「そう。オルティは隊の編成に要望はある?」


 尋ねられ、オルテンシアは指を折りながら意見を述べる。


「そうですね。魔物が出没することを考えると、各隊ともに前衛の騎士か聖騎士、後衛の魔法師、浄化を担当する司祭もしくは精霊師でバランスよく構成するべきかと」

「案内役である王国の騎士は俺を入れて五人……東西に人数を割いた方がいいから、瘴気の発生源である最奥には少数精鋭で臨もうか」

「少数精鋭ですか?」

「うん。俺とオルティ、ガヴァリエーレ卿に、聖騎士と司祭が数名、それからそこの駄犬がいれば十分でしょ」


 にっこりと満足そうに提案したヴィルヘルムへ、懸念を示したのはノーチェだった。


「それは……」

「なんだい、ガヴァリエーレ卿」

「少々オーバーバランスなのではないかと」

「ん?」

「あ、う……いえ。たしかに少数精鋭も少数精鋭なのですが。瘴気の気配が濃い中央部にはそれほど魔物は発生しないので、主戦力である殿下と聖女様にはそれぞれ別の場所で活躍いただければと……」


 言葉尻が少々か細くなったのは、「文句があるのか」とでも言うようなヴィルヘルムの笑顔の圧に、あてられたからだ。

 それでもノーチェはどうにか勇気を奮い起こし、ヴィルヘルムの機嫌を損ねないよう丁寧に諭そうと試みる。


「ほら、探索隊の中には、この一帯の領主の御子息であるグラナト卿がいらっしゃるではありませんか。彼なら——」

「では卿が別の隊を率いるといい」

「は? 私は聖女様の護衛騎士ですよっ、お傍を離れるわけには……っ」

「おや、オルティには俺がついている。だから護衛は必要ないと思わないかな?」

「う。たしかに」


 なにしろヴィルヘルムは大陸最強。巡察に同行している聖騎士どころか、大陸中を探したって彼に匹敵する者はいない。

 帝国の皇帝、エスペルト・モナルカ――人間で唯一、前人未踏の第八サークルに達した大魔法師を除いては。


 それが周知の事実であるからこそ、ヴィルヘルムは爽やかな笑顔で畳み掛ける。


「だろう。だからパワーバランスを心配するのならば、卿がバランスをとるといい。そうだな、鉱山が入り組む西の隊を地理に明るいグラナト卿へ任せるならば、東の隊はつり合いをとって卿が適任そうだ」

「そ、それはそうなのですがっ、そういうわけにはいかないというか……ああ、もう!」


 両手で顔を覆い天を仰いだノーチェは、やがて観念したように、がっくりとうなだれてしまう。


 正論で論破するのはやめてほしい。

 こちらの意図を理解したうえで、我が儘を言うのもやめてほしい——そんな叫びが伝わってきそうな風情である。


「もう、誰がこの方を呼んだのかな。助けて……」

(ノーチェ様……)


 心からの声に、見かねたオルテンシアがヴィルヘルムの袖をちょんと引く。


「殿下」

「ん、なんだい?」


 すると、これから告げる言葉が憚られるくらい、作り笑いではない本物の笑みが向けられた。


「……あの。正直、最奥へは浄化をするためだけに向かうので、私と護衛数名、それから案内役お一人で結構なのですが」

「そうだろうね。だがオルティが行くというのに、俺が付いていかない理由がある?」


 じっと夜空のような瞳でまっすぐオルテンシアを見つめながら、ヴィルヘルムはさり気なく袖に置かれた華奢な指へ自らの長い指を絡めてくる。

 先ほど手袋を外していたので、その手は素手だ。鍛錬によって少しだけ荒れた皮膚と高い体温が、直に感じられる。


「っ」


 思いがけない触れ合いに、オルテンシアはびくっと手を震わせた。その拍子にヴィルヘルムの指を握りこんでしまったが、ぐるぐると迷走している彼女はそのことに気付いていない。


(あ、あわわ。殿下はなにを思って手を取られたのでしょう!? しかもなんでしょう、その表情は!?)


 虚を突かれた表情をしたと思ったら、途端に、どこか熱のある眼差しに変化したのだ。

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