第三十話 事件に関わっているキャラクターのみじんも面白くないエピソード

 今度の舞台は、何と小学校だった。下校の時間らしく、子どもたちが次々と校舎から出てくる。目が覚めたのが校舎の陰で、倒れている姿を誰にも見られなかったらしいのは幸いだが、表に出ていくのは憚られた。小学生の中に大学生が交じっているのは怪しすぎるし、東洋人なのでやはり目立つだろう。


 だが、倫子と栞から十メートルほど離れたところで、子どもたちがいさかいを始めるのを見てしまっては、そうもいかなくなった。子どもたちのひとりは第四の犠牲者ジョンとキャサリンの孫、エドワードなのだ。


 さっきのデヴィッドのエピソードが「事件に関わってもいないキャラクターのエピソード」なら、今度のエドワードのエピソードは「事件に関わっているキャラクターのみじんも面白くないエピソード」だ。エドワードは空飛ぶサメを見たとクラスメートに主張するのだが、クラスメートには馬鹿にされ、迎えに来た祖父母のジョンとキャサリンにも信じてもらえず、つらい思いをするのである。


 倫子と栞が小走りに駆け寄っていくと、


「ほんとだってば! 信じてよ!」


 エドワードはべそをかいていて、いまにもクラスメートにつかみかかりそうだった。


「いったいどうしたの?」


 栞が目をぱちぱちさせてエドワードに尋ねる。ここでは女神様のお使いなどとは言わず、知らんぷりを決めこむつもりらしい。


 突然東洋人の女性に声をかけられ、エドワードもまた目をぱちぱちさせたが、学友の誰かの姉とでも思ってくれたのかもしれない、


「その……ぼく、サメが空を飛んでるのを見たんだ。授業中窓の外を見てて……すぐ雲に隠れちゃったけど……」


 怪訝そうにではあったが答えてくれた。


「あらまぁ!」


 栞の目が丸くなってから弧を描く。


「わたしたちも空飛ぶサメを見たことがあるの。サメが空を飛ぶのは、いまや世界中の常識よ。陸を歩くのも地面にもぐるのも井戸から出るのも、極小化して人体に入るのもヘヴィメタルを演奏するのも……」


 倫子と栞が空飛ぶサメを見たことがあるのは事実だし、栞がエドワードのことばを肯定することで、彼につらい思いをさせまいとしているのはわかったが、サメが井戸から出たり極小化して人体に入ったりヘヴィメタルを演奏したりするのは、全世界の常識どころかサメ映画界の常識でもないような気がする。どのネタもひとつの作品でしか観たことがないぞ。


 エドワードはぽかんとしていたが、


「あ、ありがと、信じてくれて……」


 やがてそばかすが散った頬を掻きながらお礼を言ってくれた。クラスメートたちもすっかり圧倒されて黙りこくっている。


 と、校門のほうから、六十代前半の男女が近づいてきた。


「エドワード! ……あら、そちらのお二人は……?」


 女性――キャサリンが警戒心をにじませて倫子と栞を見る。


「え、え、えーと、私たち、六年生のクリストファー・スコットの従姉です! お、伯母も伯父も母も父もインフルエンザで寝こんでるので、代わりにクリストファーを迎えに来ました!」


 倫子はとっさに好きな映画監督二人の名前を組み合わせ、架空の子どもをでっち上げた。


「あらそう……?」


 キャサリンはまだ警戒を解いていないらしく、眼鏡をつまんで目をしばたたいていたが、


「おばあちゃん、今日ぼく、すごいものを見たんだ!」


 エドワードの興奮した声に相好を崩した。


「あら、どんなもの?」


「うん、空飛ぶサメだよ!」


 エドワードは満面の笑みを浮かべて答えたが、反対にキャサリンは顔をこわばらせた。


「あ、あのね……エドワード、サメは海の生き物よ。空を飛ぶわけがないわ」


 こわばりをほぐそうという努力を見せながら、真の「常識」を口にする。


「そうだ。おじいちゃんは失望したぞ。おまえが嘘をつくような子どもだったなんて……」


 いっぽうジョンは顔をしかめ、「子どもに言ってはいけないセリフ」トップテンに入りそうなセリフを発した。


 わーっ、だめだめだめ! エドワードの心に傷が残っちゃうよ!


 他人事かつ映画事ながら倫子がエドワードに同情し、ジョンに怒りを覚えはじめたとき、


「エドワード君は嘘つきなんかじゃありませんよ」


 栞がきっぱりと言った。ジョンとキャサリンは鳩が特大の豆鉄砲を食ったような顔をする。


「わたしも鈴鹿さんも、空飛ぶサメを見たことがあるんですから。ね、鈴鹿さん?」


「は、はい、そうです」


 本当だったこともあり、反射的に同意してしまった。


「サメは海だけじゃなくて、空や陸や宇宙や悪夢にも適応した、ゼノモーフもびっくりの完全生物なんです。あら、この世界にも『エイリアン』シリーズはあるのかしら……」


 栞は妙なところで首をひねりはじめ、


「ほら、お姉ちゃんたちもそう言ってるよ!」


 エドワードは喜色満面でぴょんぴょんと飛び跳ねた。


「そ、そうね……」


「あ、ああ、疑って悪かったな……」


 対してジョンとキャサリンは、一刻も早くこの場を離れたいと思っていることが丸わかりの引きつった笑顔で、エドワードの手を引いて歩き出した。


「ばいばい、お姉ちゃんたち! また今度サメの話聞かせてね!」


 無邪気に手を振るエドワードに、栞は負けず劣らず無邪気に、倫子はややぎこちなく手を振る。直後にまわりの景色が青みを帯び、


「何だ、あのでっかい青い月は⁉」


「見て見てママ、UFOだよ! とうとう宇宙人が地球に来たんだ!」


「あたしたち、姿を消せる宇宙人に狩られちゃうのね!?」


「政府の陰謀だ!」


「いーや、ビッグ・テックの陰謀だ!」


「ああ神様、この世の終わりだわ!」


 子どもたちも保護者も教師も、「ブルームーンもどき」を指差して大騒ぎしはじめた。ある者は喜びある者は怯え、ある者は憤りある者は嘆く。この世界に「エイリアン」シリーズが存在するのかはわからないが、少なくとも「プレデター」は存在するらしい。


 ――画面の外から観てるときはあまり意識しなかったけど、映画って、場面転換多いんだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私たちは、Zなサメの世界で恋をする ハル @noshark_nolife

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ