第十四話 栞の爆弾発言

 今度倫子を目覚めさせたのは、軽く頬を叩かれる感触だった。目を開けると、ほんの二十センチも離れていないところから、栞が心配そうに倫子を覗きこんでいた。


「わーっ!」


 必要以上に驚いて飛び起き、栞の後ろに見覚えのある若い女性がいることに気づいた。


 縮れた栗色のミディアムヘア、ハシバミ色の目、大きな顔の造作、中肉中背の体つき。なかなかの美人だが、あのヤマンバギャルのようなメイクが美しさを台無しにしている。


 一瞬ののち、スーザンの娘のイヴリンだということを思い出した。どうやら本編の冒頭、イヴリンが実家を訪れるシーンに飛ばされたらしい。


「よかった……今回もケガはない?」


「うん……小山内さんも大丈夫そうだね」


「ええ。このとおりピンピンコロリよ」


「コロリしちゃダメでしょ!」


 倫子がツッコむとイヴリンが吹き出した。


「ホントによかったわ。全く肝が冷えたわよ。母さんの誕生日を祝いに来たら、家の横で東洋人の女の子が二人も倒れてるんだから。いったい何があったの?」


「え、えーと……」


 二人がまたしても返事に困っていると、イヴリンはふっと表情をやわらげた。


「まぁ、言いたくないなら言わなくていいけど。あなたたちの様子からして、その……をされたとかいうわけじゃなさそうだし……」


「は、はい、そういうんじゃないです!」


 倫子は真っ赤になって言った。天然な栞もさすがにその意味はわかったらしく、頬を赤らめて目を伏せる。


「それでもちょっと休んだほうがいいのはたしかね。うちに寄ってきなさいよ」


「えっ!」


 気持ちは嬉しいが、目の前で消えてしまったであろう自分たちが家に入ってきたら、スーザンはどんな顔をするだろう。だが、逃げ出したところでさっきの(この世界の時間ではたぶん一日か二日前の)二の舞を演じるだけだ。


「じゃ、じゃあ……」


 曖昧に承諾してから横目で栞を見ると、栞も小さくうなずいた。


 内玄関に入ると、


「母さん、ただいま! 誕生日おめでとう!」


 イヴリンが声を張り上げた。すぐにスーザンが現れ、目も口も真ん丸にして、


「あ、あ、あ、あんたたち……」


 栞より前にいた倫子の肩をつかんで揺さぶる。


「あんたたち、いったい何者なんだい⁉ 突然幽霊みたいに消えちまって……」


「か、母さん、ちょっと落ち着いて……!」


 イヴリンがあわててスーザンの手を剥がしてくれた。


「この子たちと知り合いなの? けど、幽霊みたいに消えたってどういうこと?」


「聞いて字のごとくだよ。この子たち、一昨日、チェリーパイに襲われてたあたしを助けてくれたんだけどさ、そのあと突然空が暗くなって赤く光ったかと思ったら、この子たちの姿も消えちゃって……。いなくなったんじゃない、消えたんだよ」


「母さん、頭でも打ったの? チェリーパイに襲われたなんて……。あ、それともチェリーパイって何かの比喩?」


「あの……比喩とかじゃないんです。正真正銘、チェリーパイがお母様を襲ってたんです」


 倫子は遠慮しいしい口を挟んだ。


「えぇ!?」


「そうなんです。あの、アメリカを代表するパイのひとつといわれるチェリーパイが空を飛んで口を開けて、お母様を噛み殺そうとしたんですよ」


 栞も加勢してくれる。


 イヴリンは順番に三人を見ていたが、やがて微笑混じりのため息をついた。


「わかったわかった……信じるわよ。集団幻覚なんてそうそうあるもんでもないでしょうし……。で、あなたたちが母さんの目の前で消えたことは、チェリーパイが母さんを襲ったことと何か関係があるの?」


「それは……直接は関係ないんですけど……」


 倫子が口ごもると、栞が一歩進み出てウインクしてみせた。栞がするとこんなしぐさも絵になる。


「実はわたしたち……」


 一目見たときから倫子を魅了しつづけている天使の微笑を浮かべ、


「パラレルワールドから来たんです」


 栞は悪びれずに言った。


「えぇ!?」


「はぁ!?」


 声を上げたのはイヴリンとスーザンだが、倫子も仰天した。

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