第十三話 スーザン救出大作戦

「よかった……。じゃあ、さっきみたいに窓から覗いてて、スーザンさんが襲われそうになったらガラスを割って飛びこむ作戦はどう? 石ころならたくさん転がってるし」


「意外と大胆だね……」


 もっとも、倫子もほかの作戦は思いつかない。スーザンはとても素直なひとだったが、いくら何でもチェリーパイに殺されるなんて言って信じてもらえるとは思えない。


「……でも、うん、それしかないと思う。石ころはそのまま投げたりぶつけたりするより、靴下に入れて振り回したほうがいいよ」


 二人は再びダイニングキッチンの窓の外へ向かった。と、栞はきょろきょろと周囲を見回し、服を脱ぎはじめる。


「お、お、お、小山内さん、いったい何を!?」


 倫子は大あわてで顔を背けた。


「あら、見てのとおり、いただいたTシャツに着替えるのよ」


「こ、こ、こ、ここで!?」


「ええ。大丈夫よ、誰も見てないわ」


「私が見てるよ!」


「でも、鈴鹿さんは女の子だし……」


「女の子同士では恋愛をしない」ということを前提としたことばが好きなひとの口から出ると、胸の痛みは特に激しかった。だが倫子はそれを押し殺し、


「じゃ、じゃあ私も着替えるけど……小山内さんも見ないでね?」


 完全に栞に背を向ける。


「わかったわ。鈴鹿さんは恥ずかしがり屋さんなのね」


 栞はおかしそうに言った。ひとの気も知らないでと思うが、そんなところも可愛いと思ってしまうのだから、恋は盲目だ。


 着替えを終えて窓から中を覗くと、スーザンは火にかけた鍋のをつかんで木べらを回していた。チェリーを煮ているつもりなのだろうが、鍋はやはり空っぽだ。


 生地を伸ばしてパイ型に入れたり、チェリーフィリングをのせたり、オーブンに入れたりするしぐさをして、スーザンはダイニングキッチンを出ていった。


 倫子と栞、どちらの靴下を使うかは、ジャンケンで決めた。勝った倫子はこぶし大の石を拾ってきて、脱いだ靴下に入れる。


 もらった飲み物を飲んだりお菓子を食べたりして待つこと四十分あまり。スーザンがとうとうオーブンから皿を取り出した。入れたときには皿は空っぽだったのに、いまはあの張りぼて――チェリーパイがのっている。


 次の瞬間、チェリーパイが大きく横に裂け、スーザンに襲いかかった。二人の耳にも悲鳴が届く。倫子は立ち上がり、


「えーい!」


 思いきり後ろに靴下を振った。窓に叩きつけ、左腕で目をかばう。ガラスは首尾よく割れ、スーザンもチェリーパイも動きを止めた。怪我をしないように注意しながらできるかぎり急いで中に入り、


「こっちに!」


 スーザンの手首をつかむ。だが外に出たとき、


「鈴鹿さん、後ろ!」


 栞が叫んだ。振り向くと、口を開けた(と、いってしまっていいだろう)チェリーパイが、二十センチほどの近さにまで迫ってきていた。


「うわっ!」


 スーザンと一緒にしゃがみこむ。チェリーパイは倫子の頭をかすめて飛んでいったが、すぐにUターンして再び襲いかかってきた。と、


「そのまましゃがんでて!」


 栞が叫び、倫子の靴下を振り回した。それは見事にチェリーパイに命中し、ベージュとワインレッドの破片が地面に散乱する。三人とも肩で息をしながらそれを見つめた。


「いったいぜんたい、これはどういうことなんだい……?」


 最初に口を開いたのはスーザンだ。


「さ、さぁ……」


 倫子も栞もそう答えるしかない。


「宇宙人に操られてたとか、生物兵器に感染してたとか……。けど、チェリーパイが生物兵器に感染するもんかねぇ?」


 ――ダメだ、このひとの発想までZ級だ。


「とにかく警察を呼ばなくちゃ……」


 栞が言ったが、


「なーに言ってんだい。チェリーパイに襲われましたなんて言って、警察が信じてくれるもんかね」


 スーザンは腰に手を当ててため息をついた。


「でも、この世界の警察なら信じてくれるかも……」


 つぶやくように言った栞に、


「この世界の警察?」


 スーザンが訊き返す。


「はい。だってこの世界はZ……」


 栞が平然と真実を告げようとしたので、


「な、何でもないんです!」


 倫子はあわてて割って入った。


「ふーん……?」


 スーザンは首をかしげ、


「ところで……」


 いっそう大きく首をかしげる。


「あんたたち、どうしてまだここにいるんだい? おかげで命拾いしたんだから、文句どころか礼を言わなきゃいけないのはわかってるけどさ……」


「え、えーと……」


 二人が返事に困っていると、突然周囲が暗くなった。空を見上げると、みるみるうちに黒雲が広がっていき、一部が赤く光った。この世界に放りこまれる直前と全く同じだ――いやな予感しかしない。


「な、何だいありゃ……?」


 スーザンもすっかりうろたえている。


 その後起こったことも、あのときと全く同じだった。光が十倍にも百倍にも強くなったかと思うと、視界が赤に支配され、倫子はたちまち気を失ってしまったのである。

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