第八話 フカい喜び…

 四ヶ月あまりのあいだ、倫子と栞は「フランス語Ⅱ」の授業の前に話をして、週に二、三度LIMEでメッセージをやりとりした。相変わらず、話題はほとんどサメ映画のことだ。


 持っているZ級サメ映画のDVDを全て倫子に貸してしまうと、栞はおすすめのB級、C級サメ映画を紹介してくれるようになった。B級サメ映画の中にはある程度のクオリティに達しているものもあったが、どれもこれもそれを帳消しにするくらい設定が馬鹿馬鹿しかった。


 サメが竜巻に乗って空から降ってくる。


 サメとタコが合体したクリーチャーと、プテラノドンとバラクーダ――オニカマスが合体したクリーチャーが戦う。


 頭が六つあるサメがその頭を利用して陸を歩く。


 宇宙人にロボット化されたサメを海軍が追う。


 そしていよいよ、「ジョーズ VS キラーチェリーパイ」の発売日の十日前となり、栞からメッセージが届いた。


〈そろそろ『ジョーズ VS キラーチェリーパイ』鑑賞会の日時を決めたいと思うんだけど、鈴鹿さん、2日の土曜は空いてるかしら?〉


〈空いてるよ。時間も何時でも大丈夫〉


〈よかった! 2日はお母さんはお昼から夕方まで、お父さんは一日中留守にするの。わたしはお母さんとお父さんがいても、平気でリビングでZ級映画を観ちゃうけど、鈴鹿さんはやっぱりちょっと気になるでしょ?〉


〈気を遣ってくれてありがとう。じゃあ2日にしようか〉


 メッセージでは平静を装っていたが、本当は心臓がばくばくしていた。


 小山内さんの家で、小山内さんと二人きり……。


 だからといって自分の恋が進展するはずもないが、理性と感情は別物だ。


〈ええ。待ち合わせは1時に真紋付駅でどうかしら? 改札はひとつだから心配ないわ。よかったらお昼ごはんを用意しておくけど……〉


〈いやいや、いくら何でもそれは悪いから、食べてからお邪魔するよ〉


〈そんな、何も悪くなんかないわ。わたしが一緒に食べたいんだもの。それにお友達が来るって言ったら、要らないって言ってもお母さんが二人分のごはんを作るに決まってる〉


〈小山内さんのお母さん、料理が好きなんだね。じゃあ、お言葉に甘えて……〉


〈ええ、ぜひ。鈴鹿さんって苦手な食べ物はある?〉


〈ううん、少なくとも一般的に使われる食材の中にはないと思う〉


〈わかったわ。じゃあ2日にね〉


 倫子が〈わくわく〉という文字がついた犬のスタンプを送ると、栞は〈フカい喜び…〉という文字がついたサメのスタンプを返してきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る