第九話 Zの次のアルファベットが必要

 十二月二日、倫子はお菓子を持って真紋付駅へ向かった。十分すぎるほどの余裕を持って家を出たので、約束の二十分前には着いてしまった。


 十分ほどのちに栞が現れ、倫子を見るなり駆け寄ってきた。


「ごめんなさい、待った?」


「ううん……」


「いま来たとこ」と続けようとして、あまりにもベタな台詞だと思って口をつぐんだ。栞は安堵と感謝が混じった微笑を浮かべ、


「じゃあ、さっそく案内するわね。五、六分で着くわ」


 亜麻色のロングスカートをふわりとひるがえして歩き出す。倫子は一瞬見とれ、はっとしてあとに続いた。


 真紋付駅はいわゆる高級住宅地で、瀟洒な家が並んでいる。栞の家もそのひとつだった。ブルーグレーの屋根にベビーピンクの壁の、三人家族には広すぎるくらいの一軒家だ。


 家の中も外にふさわしく、家具も家電もシンプルだがおしゃれで、掃除も行き届いていた。リビングのテーブルにはミートローフとフリットがのっている。


 栞はさらに冷蔵庫からサンドイッチとサラダを出し、お茶を淹れてくれた。ティーバッグはホホジロザメのかたちをしていて、お茶は血のように赤いローズヒップティー、マグカップには多種多様なサメが描かれている。やっぱり本当にサメの時代が――。


 料理はどれもプロ並みの味だった。栞と一緒に食器を洗うと――というより洗わせてもらうと、いよいよ鑑賞会の始まりだ。


 栞が自分の部屋から持ってきたDVDを見て、倫子はこっそり苦笑した。Z級映画でもパッケージだけはB級クラスのものもあるが、これは論外だ。


 伝説のZ級映画だという「アタック・オブ・ザ・キラートマト」のパッケージのパロディなのだろう。目が光るサメと、波に乗って牙を剥いているチェリーパイが対峙しているカートゥーン風のイラストと、初期のファミコンのタイトルロゴのようなフォントの〈ジョーズ VS キラーチェリーパイ〉の文字。


 キャッチコピーは、〈童貞チエリーパイなんてジョーズに喰っちゃうぞ!〉。


 ――毎度のことながら、このセンスにランクをつけるためには、Zの次のアルファベットを生み出す必要があると思う。


「さぁ、未体験ゾーンに突入よ」


 栞はうやうやしくプレーヤーにDVDを入れ、倫子の隣に腰かけた。その近さにどきどきする。私の心臓、ちょろすぎない?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る