第六話 天の川銀河の生命体向きでさえない
それは、倫子が栞に、前作で死んで冥界へ行ったヒロインの父親が、幽霊ザメで世界征服をもくろむ魔王と対決する「タロット・シャーク2」のDVDを返した日のことだった。
その日の栞はいつにもまして興奮していた。「タロット・シャーク2」の話が一段落すると、
「あのね、今度ピリオドビジョンさんが出すZ級サメ映画が……すごいらしいの。『ジョーズ VS キラーチェリーパイ』っていうんだけど、あのサメ映画ニューフェイスさんが、『サメデルー』をも超える、もはや人類どころか天の川銀河の生命体向きでさえない作品って言ってるのよ」
栞は頬を紅潮させて言った。話の内容はともかく、表情や口調は実に可愛らしい。
なお、ピリオドビジョンというのは主にZ級映画を配給している会社で、サメ映画ニューフェイスというのはサメ映画の翻訳家だ。栞曰く、どちらもZ級サメ映画ファンなら足を向けて寝られない存在らしい。
「あ、あの『サメデルー』をも超える……」
めまいがした。これぞ究極のZ級映画だと、歴戦の猛者たちをも唸らせたという「サメデルー」は、邦題に反してほとんどサメが出ず、中盤までは主人公が誰かもはっきりせず、キャラクターがサメに襲われるシーンでも血糊すら使われず、マーカス・ポロニア監督の作品に輪をかけて資料映像や無駄なシーンが多い。資料映像の夕日がただ沈むだけのシーンをたっぷり一分見せられたときには、一周回って気持ちよくなってきた。
「やっぱり、今回もDVD買うんだよね……?」
「もちろんよ! Z級サメ映画のDVDを買わずして何の人生か」
栞はガッツポーズをとって言ったが、むしろ「Z級サメ映画のDVDなどを買って何の人生か」だと思う。
「今回も貸してくれるんだよね……?」
「もちろんよ……あっ……」
栞がふいに考えこんだので、もしかして貸してくれないのかと期待してしまう。
その期待はある意味では裏切られなかった。栞の次のことばは、
「ねぇ、もしよかったら……わたしの家で一緒に観ない? Z級映画は同好の士と一緒に観たほうが断然面白いもの」
というものだったからだ。
「えっ……?」
わたしの家で一緒に?
その単純な一言を脳が処理するのに、数秒かかった。
「どうかしたの?」
栞が怪訝そうに覗きこんでくる。
「う、ううん、何でもない! 観る観る、ぜひご一緒させてください!」
一も二もなく誘いに乗った。栞の家で一緒に映画を観られるなら、それが天の川銀河の生命体どころか全宇宙の生命体が逃げ出すようなZ級だったとしても耐えてみせる。
「嬉しい! 鈴鹿さんってどこに住んでるの?」
「
「えっ!? わたしは
「そ、そうなの……?」
「ええ。マモンツキテンジクザメと、サビイロクラカケザメっていうサメがいるのよ。これはもう運命ね!」
運命――。栞がそういう意味で使っているわけではないとわかっていても、どきりとしてしまう。
「マモンツキテンジクザメは英名エポーレットシャーク、海底とか浅瀬を歩くサメとして有名なの。水族館にもよくいるから、鈴鹿さんも見たことがあるかもしれないわ。名前の由来は胸ビレの斜め上にある黒い紋。和名だけじゃなくて英名もそうなのよ。『エポーレット』って英語で『肩章』っていう意味だから……」
栞はそこで我に返り、
「ごめんなさい、話が逸れちゃったわね。ええと、錆色駅と真紋付駅なら……乗り換えを含めて四十分もあれば大丈夫ね。DVDの発売日は十一月三十日だから、詳しいことは近くなったら決めましょう……そうだわ」
スマホを取り出した。
「こんなに仲良くなったのに、わたしたちまだLIMEの交換してなかったわね。交換してくれる……?」
「もちろん!」
今度も一も二もなくオーケーした。スマホを取り出し、栞が表示させたQRコードを読み取る。
栞と一緒に映画を観る約束を交わせたうえに、LIMEの連絡先も交換できた。自分もピリオドビジョンとサメ映画ニューフェイスには足を向けて寝られない。
――ピリオドビジョンがどこにあるのかも、サメ映画ニューフェイスがどこに住んでいるのかも知らないけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます