第三話 Z級映画は甘くない

 翌週の「フランス語Ⅱ」の授業の前に、倫子は栞から、水色の地にゆるいサメのイラストを散らしたポリ手提げを受け取った。


 なお、栞が恥ずかしそうに教えてくれたところによると、エンドロールには栞のハンドルネームである「ワニグチツノ子」も載っているらしい。そういう有料サービスがあるというのだ。


 家に帰るとすぐに手提げから緩衝材の袋を取り出し、緩衝材の袋からDVDを取り出した。表パッケージは栞のキーホルダーと同じだ。観ることを決めている映画なので裏パッケージは見なかった。


 簡単な夕食を作って食べ、プレーヤーにDVDを入れて再生した。〈WILD EAR〉という配給会社のロゴと、〈PORONIA FAMILY AMUSEMENT〉という制作会社のロゴが表示され、アバンが始まる。


 ――それがあの、サメが飛んだり這ったりするシーンだったというわけだ。


 本編が始まっても、倫子の開いた口がふさがることはなかった。


 水上スキー大会を間近にひかえた海辺の町に、若い女性の上半身が打ち上げられる。地元の海洋生物学者ジェームズはサメの仕業だと主張するが、町長をはじめとする町の有力者たちは、「ここの海にいるサメはおとなしい種類ばかりだ」と相手にしない。サメによる被害が相次いでも、考えを改めようとはしなかった。


 調査を進めるうち、ジェームズは、かつて町外れにヘンリーというマッドサイエンティストが住んでいたことを知る。ヘンリーは、人格から悪の部分だけを切り離し、容貌すらも醜く変える薬と、元に戻す薬を発明したが、前者の薬と一緒にサメに食べられてしまったため、本来はおとなしいサメが凶暴化、巨大化してしまったのだ。


 ジェームズはヘンリーの家で元に戻す薬を見つけたが、そのときにはもう水上スキー大会が始まっていた。会場へ急いだジェームズは、次々に選手たちを襲っているサメに向かって薬のビンを投げる。サメはたちまちおとなしく小さくなって沖へと去っていった。


 サメが「人格から悪の部分だけを切り離し、容貌すらも醜く変える薬」を飲むという点を除けば、あらすじはアニマルパニック映画の典型だ。


 だが、色味、明暗、俳優たちの演技、サメのデザイン、CG、BGM、どれもがアバンと同程度のクオリティであるうえに、死体は学園祭のおばけ屋敷に転がっているような代物だし、俯瞰ふかん映像のほとんど――いや、おそらく全てが資料映像だし、女優たちのメイクは濃すぎるし、サメが飛んだり這ったりする理由はわからないままだし、何よりも無駄なシーンが多すぎるし長すぎる。


 女性の上半身を発見する青年が犬の散歩をするシーンは二分三秒、二番目の犠牲者となるカップルがいちゃつくシーンは三分十四秒、三番目の犠牲者となる女性が元カレへの怨みつらみを独白するシーンは三分三十八秒、四番目の犠牲者となるカップルが痴話喧嘩をするシーンに至っては五分十五秒もあった。あまりにも退屈だったので時間を計っていたのだ。


 たった八十分の上映時間のうちの、二分三秒と三分十四秒と三分三十八秒と五分十五秒だ。


 しかも、その台詞のどれもが致命的につまらないと来ている。


「ビル、この写真の女は誰?」


「えーと……同僚のエマだよ」


「ただの同僚には見えないわ。もっとフカい仲でしょ?」


「考えすぎだって。ぼくは君一筋だよ、マイハニー」


「いやっ、触らないで、この浮気男!」


「だから誤解だって。エマが一方的にぼくにアプローチしてくるんだ」


 こんな会話、聞くのはもちろん演じるのも撮るのも苦痛ではないだろうか。


 私、Z級映画ってものを甘く見てた。これに比べれば実写版「デビルマン」だって大傑作だ……。


 どんな顔をして、何と言って、栞にDVDを返せばいいんだろうと、倫子はDVDを取り出すのも忘れて頭を抱えた。

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