第2話 失われた夢

ペンシルベニア州のセントラルビルにあるガソリンスタンド。トーマス・マシュー・クルックスは、日々の生活費を稼ぐためにここで働いていた。灰色の制服とオイルに汚れた手。彼の顔には、かつての希望に満ちた表情はもはやなかった。


夏の蒸し暑い日差しが容赦なく降り注ぐ中、トーマスは汗をぬぐいながら給油ポンプを操作していた。ふと目を上げると、遠くに広がるトウモロコシ畑が揺れているのが見えた。その風景は、彼の心に幼少期の記憶を呼び起こす。父と一緒にトウモロコシ畑を駆け回った日々、母の笑顔に包まれて過ごした夕暮れ。だが、それらの記憶は、今や彼にとっては遠い過去のものだった。


高校卒業後、トーマスは大学に進学することを夢見ていた。彼は優秀な成績を収め、奨学金の申請書も提出した。しかし、奨学金を得ることはできず、家庭の経済状況も彼の夢を阻む要因となった。メアリー・クルックス、彼の母親は病気がちで、医療費が家計を圧迫していた。父ジェラルドもまた、退役軍人としての年金だけでは生活が苦しく、トーマスは家族を支えるために働かざるを得なかった。


ある日の夕方、トーマスはガソリンスタンドの休憩室で一人、古びたソファに腰を下ろしていた。彼の手元には、大学から届いた不合格の通知が握られていた。通知の文字がぼやけ、彼の目には涙が浮かんでいた。


「トーマス、お前にはもっといい未来があるはずだ」


父のジェラルドがそう言ってくれたのは、つい昨日のことのように思えた。しかし、現実は彼の期待を裏切り、彼はここに取り残されていた。


その時、休憩室のドアが開き、同僚のマイクが顔を覗かせた。「トーマス、もうすぐシフトが終わるぞ。一杯どうだ?」


トーマスは無言で頷き、立ち上がった。ガソリンスタンドの外に出ると、日が傾き始め、空はオレンジ色に染まっていた。彼はマイクと共に近くのバーに向かった。バーの中は薄暗く、地元の常連たちがグラスを傾けていた。


「今日はどうだった?」マイクが尋ねた。


「いつもと変わらないさ」とトーマスは短く答えた。ビールの泡がグラスの縁から溢れ出すのを見つめながら、彼は自分の未来について考え込んでいた。


その夜、トーマスは家に帰ると、両親がすでに眠りについているのを確認した。彼は自分の部屋に入り、パソコンを立ち上げた。インターネットの世界だけが、彼にとっての逃避場所だった。彼は陰謀論に関するフォーラムを覗き、そこで交わされる議論に引き込まれていった。


「トランプは不正選挙で負けたんだ。我々の声を上げる時が来た」


そんな書き込みに、トーマスの心は揺さぶられた。彼はトランプ元大統領を信じ、その政治理念に共感していた。社会への不満と失望が、彼を過激な思想へと導いていったのだった。


その夜、トーマスは一睡もせず、フォーラムの書き込みを読み続けた。彼の心の中で何かが変わり始めていた。彼は行動を起こす決意を固めつつあった。これは単なる逃避ではなく、自分の存在意義を見出すための唯一の手段だと信じ込んでいた。


夜が明ける頃、トーマスは疲れた目を擦りながら、机の上に広げた地図を見つめていた。彼の手元には、ペンシルベニア州で開かれるトランプ元大統領の集会の情報が書かれた紙があった。彼はその集会で何か大きなことを成し遂げるための計画を練り始めた。


その日から、トーマスの心には新たな決意が宿った。彼の行動が引き起こす波紋は、やがて全米に広がり、社会の深い闇と彼自身の心の葛藤を浮き彫りにすることとなる。それは、彼が信じる正義と、誤った使命感に駆られた悲劇の始まりだった。

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