第3話 陰謀論の罠

ガソリンスタンドの仕事を終えたトーマスは、いつも通り疲れ果てた体で自宅に戻った。彼の家は古びた木造家屋で、父ジェラルドが退役後に建て直したものだった。玄関を開けると、微かに漂う母メアリーの手料理の香りが彼を迎えたが、今日はその香りも彼の心に響くことはなかった。


彼は無言で自室に入り、ドアを閉めた。薄暗い部屋の中には、彼の成績証明書やスポーツのトロフィーが無造作に置かれていた。これらはかつて彼の誇りだったが、今ではただの埃をかぶった過去の遺物に過ぎなかった。


トーマスはベッドに倒れ込み、深い溜息をついた。天井を見つめながら、彼の心には不満と焦燥が渦巻いていた。彼は何度も自問自答した。「なぜ自分はこうなってしまったのか」「どうして誰も自分を助けてくれないのか」。彼の心の中には、解決の糸口が見えないまま、不安と怒りが積み重なっていた。


ふと、彼の目がパソコンに向けられた。インターネットだけが、彼にとっての逃避場所となっていた。彼はパソコンの電源を入れ、画面が明るくなると同時に、いつものフォーラムにアクセスした。


そこには、彼と同じように社会に不満を抱く者たちの書き込みが溢れていた。「トランプが不正選挙で敗北した」「我々の声を上げるべき時が来た」「愛国者としての使命を果たす時だ」。トーマスはこれらの言葉に強く惹かれた。彼の心は、これらの言葉に慰められると同時に、次第に過激な思想へと染まっていった。


その夜、トーマスは一つの書き込みに目を留めた。それは、ペンシルベニア州で開かれるトランプ元大統領の集会の情報を共有する内容だった。彼の心は一気に高鳴った。これは自分が何か大きなことを成し遂げる絶好の機会だと直感した。彼はこの集会で、トランプ元大統領のために行動を起こす決意を固めた。


翌日、トーマスはガソリンスタンドの仕事を早めに切り上げ、地元の銃砲店に足を運んだ。彼はそこで、ライフルを購入した。銃の冷たい金属の感触が彼の手に伝わると、彼の心には不思議な安心感が広がった。それは、彼が自らの運命を切り開くための道具であり、彼にとっては正義を遂行するための武器だった。


家に帰ったトーマスは、購入した銃を机の上に置き、じっと見つめた。彼の心には、これが最後の手段だという覚悟があった。彼は集会の日程と場所を確認し、計画を練り始めた。地図を広げ、トランプ元大統領が演説を行うステージの位置を確認し、自分がどこに立つべきかを慎重に考えた。


夜が更けるにつれ、彼の心の中で不安と期待が交錯していた。彼は一睡もせずに計画を練り続け、次第にその決意は固まっていった。彼はこの行動を通じて、自分の存在意義を証明し、社会に対して一石を投じるつもりだった。


トーマスは机の引き出しからノートを取り出し、ページを開いた。そこには彼の思いがびっしりと書き込まれていた。「正義」「使命」「愛国心」。彼はこれらの言葉を繰り返し書き込み、自らの行動に確信を持つための自己暗示を続けた。


翌朝、彼は目の下にクマを作りながらも、決意に満ちた表情で家を出た。彼の心には、もう迷いはなかった。ペンシルベニア州で開かれるトランプ元大統領の集会こそが、彼の運命を変える舞台であり、彼の人生の最期を飾る場所となるのだった。


トーマス・マシュー・クルックス。彼の行動が引き起こす波紋は、やがて全米に広がり、社会の深い闇と彼自身の心の葛藤を浮き彫りにすることとなる。それは、彼が信じる正義と、誤った使命感に駆られた悲劇の始まりだった。

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