三十四歳トーシュルツパニック-6
時間の流れはまるで責め苦だ。
ごめんなさいの一言が言えない。しばらく何の会話もない。
以前の状態に戻っただけなのに心気は全くの別物である。
チハルが解らない。解り得たことなんて一度だって無いけれど。彼女の内面を知りたくって仕方が無い。何かを自発的に理解しようだなんてこれまでの人生であったか知らん。修学旅行の北海道で見た虹の根元にも、初めて回らない鮨屋へ行って頼んだトロの脂の口溶けにも、ああ綺麗だなあ美味しいなあとしか抱けず、それ以上の感想も、感情を見つめ直す思考も、辺りの瑣末な砂粒のごとき俺はいわゆる素直さや感受性といった良心共々、擦り切れのポケットからぽとりぽとりと溢していっていたのだろう。
チハルは晩のご飯を残すようになった。
女の子は気持ちの揺らぎで食べられなくなる時もあると聞く。親子喧嘩だ。ショックだろう。けれど何に? 俺の何がそうさせた? そもそもこれは喧嘩ですらなく一方的な拒絶、いや俺の無意識の暴力なのか。
桜は散った。浮かれきった時季はとうに過ぎている。
連休中チハルはずっと映画を観ていた。観ていたけれど心ここに在らずといった様で、それは人心に疎い俺にも感ぜられる程だった。
俺は逃げた。
一緒に何をしよう、どう過ごそう、そう考えていた過去はどこかへ行った。ごめんの三文字が言えないまま、スーツを着込み、出社した態でふらふらと街に出た。
家電量販店でパソコンを眺め、併設のカフェスペースでコーヒーを飲んだ。携帯電話を弄りながら買ってきた文庫本に目を落としたが、この空間も俺を阻害した。コーヒーも一杯八百円はした。誰も俺を受け入れてくれない気がしていた。俺はチハルに縋っていたのかも知れない。やっと気付いた。それは重い。まだ十代の女の子にそれを背負わせるのは酷過ぎた。俺があの子を抱き留めてやる側だろう。今更気付いたのだ。
小さな男の子がフロアの向こうを駆けて行くのが見えた。その後方、叱っているのだろう表情をした、大きな袋を抱えた男性がいた。裾をさらに幼い子供が掴んでいる。風景画のごとき広角の視界にあって、親子はやけにくっきりと写った。小さいけれど世界観の主役であるかのような。
「ご一緒していい?」
ぼんやりと頷いた。それは朝山さんだったが俺は彼女と認識できていなかった。席が空いていないのだろう、相席も仕方がないよなあくらいに考えた。心中、まだ浮かんでは消えるチハルへの想いに狼狽えたまま、目は男の子を追う。親子を追っていた。
視認していなかったからこそ吐露できたのかも知れない。
「何の本読んでるの」と問われ、眺めているだけなんですと応じた。お勧めのコーナーにあったのをなんとなく手にとっただけなのだと。少年少女の冒険譚とあり、たしかに面白そうだからと買ってみはしたものの、頭の中ではずっと別のことを考えているんです。娘のことなんです。喧嘩して口を利いていなくって、母もいない、俺も本当の父親では無いからどうして良いのかも良く分からなくって。俺はなんて子供なんでしょうか。幼稚に過ぎる。その実こうやって悩んでいても、じゃあどうして娘が怒ったのか本当は何も解っていないんです。これは人を遠ざけて生きてきた咎が愛娘に責めを負わせてしまったのかも知れなくて、要するに全て俺の問題なんです。
男の子は差し出された手を握った。家族三人、向こうへと歩き出した。首を垂れ不貞腐れた表情をして、でも繋いだ手と、さらに幼い子の眼差しとに、単なる親子ではない一個の人間同士の繋がりとしての家族を見た。客観ならば分析はできる。俺は利己的に過ぎるのだろうか。娘はこうあるべきと思うあまり理想という型枠に押し込んでしまっているのだろうか。
対面の人物が少し口ごもったような動きを見せる。俺はまだぶつぶつと女々しい言葉を口にする。娘との関係に悩んでいるという、このことに俺は酔っているのやも知れない。俺は、俺は、俺は。どこまでいっても自身を通してチハルを見てしまう。世界の観測が主観でしかありえないなら俺というバイアスがかかったとしてもそれは正当なのだろうか。それをどこまで同じ人間に求めて良いのだろう。父と子、それは社会的な立ち位置として、庇護する側と庇護される側。しかして一人の人間同士だ。ましてやもう高校生。すでに大人、どころか俺よりも大人の度合いは上だ。ごめんな、幼い父親で。俺のせいで両親と別れてしまったというのに。本当にごめんな、チハル。
思えば彼女は八苦の只中にある。家族と生別し身体は思うようならず、自由が叶わず、その張本人と顔を合わさなければならぬ毎日。なんという行苦。
初めてチハルと会った十年前、あの子は屈託のない笑顔で砂遊びをしていたっけ。
我が家にやって来てからこちら、そんな純粋な感情を目にしたか。
大輪が色づき華やぐような、根源たる情動を。
そういえば小学の頃の漢字ドリルのイラストに、”「親」は木に立って見る”とあった。どこまでが”見る”なのだろう。見るだけなのか。どういう大人になってほしいと願い口を出すのはしつけや教育の範疇なのだろうか。保護者とも言う。どこまでが保護でどこまでが干渉なのか。ひきこもりの我が子にあって世界は自宅と父とテレビくらいだ。世界を構成する大部分であるなら俺の言動の影響力が強いのはもちろん、そうだとして、本当に庇護を与えてしまっても良いものなのだろうか。それとも、受動でしか感受できない娘のため種々の刺激を用意したほうが良いのだろうか。
「江川くん、覚えてる?」
対面の女性が朝山さんだとここでやっと気づいた。薄手のゆったりとした上着に、後ろで束ねた髪。ぼんやりとした視界にしっかり色がついた。
朝山さんが目をくれる。頬が上がる。唇が上下する。
「私の本、隠されてたの見つけてくれた時、江川くん、自分のものがどこかへいっちゃうのはすごく悲しいことだからって言ってくれたんだよ。人のことを気づいてあげられるのは江川くんの優しいところだよ。いま言ってたこと、全部正直に、娘さんに話してごらんよ」
言って、ケーキを丁寧な手つきで一口大に切る。朝山さんが何を頼んでいたかすら見えていなかった。フォークに刺され差し出されたそれは、かつてのトロのようにすぅっと消えていった。
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