23-6


 ぼくには体術の才があるらしい。 


「本当か?世辞だろう?」

「俺は、そう思いますね。ジルはどう思う」

「同感です。まだ初めて一週間。それも午後だけの訓練にしては上達が早いかと思います」

「ライア隊長は、目が良いんですよ。剣術の腕前もいいのも、目が良いからでしょう」

「そういうものか…」


 目が良いなんて初めて言われたよ。さして気にもしてなかった。


 

 体術に関しては、やり甲斐を感じられた。


 最初はどう動いていいかわからなかったし、そうのせいでぎこちなくかったが、コツを掴んでからは、それなり形にはなっていたと思う。



「翼を失っても、センスはちゃんとあんたの中に残ってるんだよ」


 ぼくが体術の訓練をする時は、いつもヴァネッサがついて見てくれていた。


「そのようだな。希望が見えてきたよ」


 この体術を剣術に活かせないかと、考えている。


「考え過ぎると沼るからね。今は楽しんだほうがいいよ」

「他人事だと思って気楽にいう」

「経験則で言ってんの。あたしだって、今のスタイルを決めるのに苦労した」


 こっちはゼロから手探り。


 焦るなと自分に言い聞かせる。



「今日はあたしと、ひと勝負」

「君と?…」


 まだ勝負できる実力ではないのだが…。  


「ハンデをあげるから」

「ハンデ?どうするんだ?」

「あたしは左手だけ」


 そう言って彼女は、左手をヒラヒラさせる。


「左手だけ…」


 完全に舐められている。


「いいだろう」


 左手一本だけには勝ちたい。いや、勝たなければ。


「防具つけなよ」


 そう言った本人はつけずに準備運動を始める。



「なんで受けっちゃんです?」

「さすがに左手一本には勝てそうな気がしたんだが?…無謀だったか?」


 ゲイルは苦笑いを浮かべるだけ。



「じゃあ始めようか」

「ああ」


 

 結果?。


 何もできなかったよ。


 ヴァネッサの動きの癖は把握してだんだが、ぼくの方がついていけなかった。



「…」

「動き、良かったよ」

「そうか?…」

「こんなんで落ち込んでどうすんの?」


 そう言いながら、彼女はぼくの肩を叩く。


 ヴァネッサが以前言っていたように、ぼくはまだ生まれたばかり。


 ヴァネッサから見れば、まさに赤子の手をひねるようなものだったろう。



 早朝の走り込みと剣術、体術の訓練始めて一ヶ月。

 その間にウィル様の友人達が訪問し去っていった。


 その話はぼくがするものではないので、遠慮させていただく。


 

 体術はうまくなっていくが、剣術のほうは足踏み状態だ。


「なんなんだろうな?」

「もうさ、体術一本でやっタラ?」

「翼のみならず、剣まで捨てろと?」


 翼を失ったぼくに、剣は心の拠り所と言っても過言ではない。 



「あたしが短槍教えてあげようカ?」

「遠慮するよ。ぼくにじゃなく、隊員に教えてあげるんだ」

「はいハーイ」


 ミャンが素直過ぎて違和感があるが、それはおいておこう。

 


 体術のほうが、自分に合っているんだろうか?。


 休憩しながら、ジルとゲイルの組手を眺めていた。



「お前の癖は把握してるんだがな!くそ!」

「遅すぎます」

「うるせえ!これなら!」

「今のは良いです」


 ゲイルが動きを止め、両手を上げる。


「休憩、させてくれ。はあ…はあ…」

「ジルの動きについて行けるのはすごい」

「ライア隊長だって、ついて行けてたでしょう?」


 それは翼があった頃の話だ。



「体術も剣術も大して変わらないと思ってるんですよ。俺は」

「だいぶ違うと思うが…」

「武器は体の延長と、考えればどうです?武器によって距離感が違うだけで、相手の急所を突く、倒す。同じです」

「そうだな…」


 武器は体の延長か…。

 


 早朝、走るのではなく歩きながら、考える。


 武器は体の延長と、ゲイルは言っていた。


 確かに剣を扱う時は、剣先まで意識を集中する。


 歩きながら、片手で剣を振る動作をしてみた。


 縦に横に、切り上げ切り下げ…。


 何も持っていないから、イメージ通りに動かせる。 


「ん?まてよ…」


 左手が空いている。


 片手剣ならば、左手は使わない。


 空いてる左手…。


 左手も使えるんじゃないか?。


 両手に一本づつ剣を持つのはどうだ?。


 剣は一本だけ使うとは決まっていない。


 アリスとジルは、ナイフを二本使っているじゃないか。


 

 自分の両手を見つめる。


 セオリー通りにやっていてもだめだったんだ。固定観念を捨てなければ!。


 

 翼人族が翼を失った事例を自分以外知らないし、そのせいで剣をうまく扱えなくった事例も知らない。


 知らない事だらけだった。

 


 分からないから、知らないからと、自分で自分の考えを狭めて、ドツボにはまっていたとは…。



 ぼくは、走って剣兵隊の模擬剣を取りにいく。


「これは…ちょっと重たいか…これなら」


 模擬剣はどれも長さは同じだが、重さが少しづつ違う。



「ふわぁ…おはようございます、隊長…何やってんです?」

「おはよう、ハンス。起こしてすまない」

「いや、いいですけど…」

「模擬剣ってここにあるだけか?」

「はい」

「そうか。同じ重さのがないな…いや、左右で重さを変えるのどうだ?」


 模擬剣を色々持ち替えながら、考える。


「大丈夫ですか?」

「え?ああ…大丈夫だ」


 ハンスが心配そうしてる。


「気にしないでくれ」

「はい…」


 

 しっくりくる模擬剣がない。


 ないなら、自分で作るか。



「ウィル様、余っている木材はあるだろうか?」

「木材?」

「ああ」

「あると思うけど…何に使うの?」


 ウィル様は不思議そうな表情を浮かべる。


「剣を作る。模擬剣だが」

「模擬剣ならたくさん余ってない?」

「ぼくに合うものがなかった」

「それで自分で作ると?」

「そういう事だ」

「そう…」


 彼は腕を組み考え始めた。


「模擬剣に使える木材はないんじゃないかな…」

「そうなのか?」

「それなりの長さと丈夫さが必要だろう?」

「うむ」


 保修用のものしかないと、ウィル様は話す。


 ないなら、仕方がない。


 今あるものを加工するか…しかし、模擬剣は皆で共有してるものだ。

 自分用にと拝借するのは、忍びない。



「棟梁の所に行ってみたら?」

「棟梁?」

「ああ。今、領民達の家を建てに来てくれているんだ。大工達とともにね」


 そういえば、そんな話を聞いていたな。


 まだ挨拶が済んでいなかった。



「どんな人物なのだろうか?」

「いい人だよ。強面だけど」

「強面?」

「行けばわかると思う。大工達を監督してるから」

「そうか?」

「わたくしでよければ、ご案内しますが?」


 シンディがそう申し出てくれた。


 彼女は、当然初対面ではない。


「そうしてもらおうかな」

「はい」


 シンディともに棟梁のもとへと向かった。


 

「お体の調子はいかがですか?」


 道すがら彼女に訊かれる。


「良くなっているよ」

「それは良かったです」


 シンディだけでなく、メイド達にも心配されていたようだ。

 それは、もうさせなくて済む。

 

 自分がやるべき事が見えてきたから。それに向かって前進するのみ。



 敷地を出る。


 以前あった領民の家々はもうない。

 しかし、そこに新しい家が立ち始めていた。


 大工、領民、兵士が家々の建築に、精を出している。


「気をつけろよ!ゆっくりでいい」

「そっちをもっと上げてくれ!」

「これ、寸法間違ってるじゃねえか!」


 など、現場では声が飛びかっていた。



「あの方です」

「ん?」

「頭に布を巻いて…」

「ああ」


 作業中の人の中に、ねじった布で頭を縛っている人がいる。

 


「ガーリンさん。おはようございます」

「おう。おはようさんです」


 シンディがガーリンと呼ぶ男性が振り向き挨拶する。


「どうも。はじめまして。ライア・ライエだ」

「棟梁のダロス・ガーリンだ」


 彼と握手をした。

 

 無骨な手。

 豆やタコがいくつもある。 


「剣兵隊を預かってる。理由あって、ご挨拶が遅れた。申し訳ない」

「別に構わねえよ」


 棟梁は笑顔を返してくれた。



「シンディ。ありがとう。後はいいから」

「わかりました。失礼します」


 シンディは館へと帰っていった。



「あんたも手伝いにきたのか?にいちゃん」

「にいちゃん…」


 いつもの…。


 うんざりと、してはいけない。


「棟梁。ぼくは、女 なんだ…」

「え!?ほんとか?」

「ああ…。よく間違えられる。よくではないな。毎回、間違えられる」

「そいつはすまねえな…。そういえば、逆の奴もいたよな」

「ミレイだ」

「そうそう」

「僕は構わないが、彼をいじくるのやめてくれ」

「ああ、わかってるぜ」


 本題に入らなけれがいけない。



「手伝いに来たわけではないんだ。余ってる木材があれば分けてほしい」

「端材なら、まとめてあるぜ」


 端材置き場まで案内してもらった。


 端材は大きさバラバラ。幅も長さも。


「よりどりみどり」

「そのようだ…」

「好きなの持っていっていい」

「ありがとう」

「そもそも、何に使うんだよ」

「模擬剣を作りたいんだ」

「へえ」

 

 棟梁に事情を説明する。


「なるほど。剣にするなら、丈夫ほうがいいんじゃねえか?」

「ああ。理想を言えば、そうだが…」

「ここにはねえな。実は別にしてあるんだ」

「別に?」

「ああ。丈夫な硬い木は加工しにくいから、素人が扱うには難しい」

「うむ」

「早く建ててくれって依頼だから、扱いやすいので家を建ててる。それでも強度は十分だしな」


 そう言いながら、棟梁は歩き出す。


「ついて来いや」

「ああ」


 僕は棟梁の後をついて行った。 


 


Copyright©2020-橘 シン

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る