23-5
朝食の後、ウィル様に兵法書拝見についての許可を相談をする。
「全然構わないよ」
「ありがとう」
兵法書は書斎にあるというので、ウィル様とともに向かう。
「書斎に入るのは久しぶりだ」
「ソニアの例の一件以来?」
「うむ」
頻繁に出入りしてたわけじゃない。
あそこはシュナイダー様が亡くなった場所。
好き好んで行く所ではない。
「ちょっと散らかってるから、整理するよ」
「急がなくてもいい」
ウィル様は窓を開けてから机の上を片付け始める。
その間に、ぼくはシュナイダー様が息を引き取った場所にしゃがみ、故人を悼む。
シュナイツに来て、シュナイダー様に出会った事で、ぼくは多くの友人、仲間を得た。
翼人族ではなくなっても、それは変わらない。ありがたい話だ。
翼人族として旅をしていた時には、一人だった。それが普通。
友人や仲間の存在が、これほどまでに大事だとは思わなかった。
「ライア、終わったよ」
「ん?ああ…」
ウィル様の呼ばれ立ち上げる。
机の上は整理されスペースが空いていた。
「栞は取らないで。今やってる所だから」
「了解だ」
ウィル様は兵法書を写し書き中。
ただ写し書きしてるわけではなく、わかりやすい表現、文章に変えながら進めている。
「ウィル様もよくやる。大変だろう?」
「まあね」
大変な事には肯定するが、大変そうな態度ではない。
むしろ楽しそうに話す。
「勉強も兼ねてるし、興味深い内容だよ」
「あまり無理しては、また…」
「わかってる。リアンがうるさくて…」
そう言いながら廊下を気にする。
「僕が終わるまで待ってたりするんだ…終わるまで、私も寝ないって、参っちゃうよ」
「それは…」
リアン様の気遣いであろう。
リアン様だけでなく、ぼくも含めシュナイツの全員がウィル様の健康を願っている。
「それじゃ、執務室に戻ってるから。後はご自由に。メモをしたかったら引出しに紙があるから、使ってくれて構わない」
「ああ。ありがとう」
ウィル様は執務室へと帰って行った。
「さてと…」
この分厚い兵法書のどこに、ほしい情報があるのか…。
「今日一日で終わらないかもしれないな」
実際、数日かかってしまった。
まず、ぼく自身が変わらないといけない。
しつこいようだが、翼がないという状況が普通であると体に覚え込ませないといけない。
ミレイと同じように早朝に運動することにした。
当然、最初は歩くだけ。
慣れ始めたら、少しづつ走る方向へ持って行く。
半月ほどで軽く走れる程度にはなる。しかし…。
「はあ…はあ…」
館を一周しただけで、息が切れてしまう。
「意外に、早く走れるようになったんじゃない?」
ベンチに座っていたヴァネッサからそう言われる。
ヴァネッサはたまに早く起きて、ぼくに付き合ってくれた。といってもベンチに座っているだけだが。
「意外かどうかはわからないな」
「あたしは、あんたが転びまくってアザだらけになる思ってた」
そう笑顔で話す。
「馬鹿にしてるだろう?…」
「ふふ…」
彼女なりの励ましだ。これは。
もう慣れてるよ。
絶妙なさじ加減で自尊心を突いてくる。
「ミレイと同じくらい走れるようになったら、合格かな」
勝手に合格基準を作らないでほしいな。
「ミレイ。あんた、今何周してんの?」
「特に決めてないんですよ。多分…二桁は周ってると思います」
「十周以上か」
「そうですね。午前の訓練に響かない程度に」
「午後はどうしてんの?」
「午後は、時々です。竜を走らせるほうが多いかもしれないです」
竜騎士は自分だけでなく、竜も訓練しないといけないから、大変だな。
一周で息切れとは情けない話だが、こればかりは仕方がない。
少しづつ周回数を増やしていこう。
体力づくりと平行して剣術の訓練も再開したが、これが大変だった。
わかってはいたが、思ったとおりに剣を振ることができない。
ぼくは剣を基本的に片手で扱う。
翼をなくなって以降、片手で扱うことができない。重く感じる。
体力が回復すれば、多少良くなるかと思ったが…。
「両手持ちに変えたらどうです?」
「ぼくもそう思って、色々試しているんだが…しっくり来ない」
両手持ちならば重さは気にならない程度になるし、相手との打ち込みにも対応できる。
「好みのスタイルじゃない…」
選り好みしてる場合ではないのだが…。
両手持ち変えて一から訓練すべきか。
「ヴァネッサ。君はどう思う?」
そばにいた彼女に訊いてみる。
「どうってね…」
困ったように肩を竦める。
「あんたの好きなように、としか言えないね。いっそのことさ、剣じゃなくて短槍に変えちゃうってのはどう?」
「剣を捨てろと?」
「もう翼人族じゃないし、剣にこだわる必要はないんじゃない?」
「ヴァネッサ隊長…もう少し言い方…」
「バニング、いいから」
「でも…」
「彼女の言ってることは間違っていない」
こだわってるのは事実だ。
短槍に鞍替えするというのも、ありだろう。
しかし、今から訓練してもミャンには到底及ばないはず。
それではミャンの劣化版だ。
ミャンを負かしたいわけじゃないが、彼女の上を目指したい。
ならば、短槍は選択肢から外れる。
もう少し両手持ちで頑張ってみるか…。
「ライア」
「ん?」
「剣だけじゃなくて、体術もやったほうがいいよ」
「体術も?さすがに体が持たないぞ…」
「毎日じゃなくていいから。体のバランスを考えたら、剣だけじゃなく体術もこなしたほうが成果がある」
「なるほど」
「さっき短槍やったらって言ったけど、違う武器を使うことで何か閃くかもしれないし」
ヴァネッサはそう言いながら、ぼくに手招きして弓兵隊の方へと向かう。
「今からするのか?」
「膳は急げってね」
まあ急いだ方がいいのは確かだが。
「ジル」
「はい」
「今、大丈夫?」
「はい、何かご用でしょうか?」
「体術、教えてもらえる?」
「構いませんが…ヴァネッサ隊長は、先程…」
そう、ヴァネッサはジルと体術の訓練をしていた。戸惑うは当然。
「あたしじゃなくて、ライアに」
「ライア隊長に、ですか…」
「よろしく頼む。ヴァネッサが言うには体のバランスを考えたら体術も、正確には剣術以外も習った方がいいと」
「確かにそうです。ですが、ライア隊長はまだ病み上がりですから、無理して体術を習う必要はないかと思います」
みんな、ぼくをまだ病み上がりと思っている。
もうどこも痛くない。ただ、体が鈍っているだけ。
それと、翼に頼りすぎてていたツケが回ってきた。
「体は問題ない。君がよければ、教えてくれ。戦力として一人前になりたいんだ」
「ライア隊長がそうおっしゃるのでしたら、お手伝いさせていただきます」
「よろしくたの…よろしくお願いします」
そう言ってジルと握手をする。
ジルからは、体術おける基本的な動作や構えを教えてもらった。
それから型。
型に関しては剣術にもあるので、意味はわかっている。
剣術と似てる所もあって面白かったよ。
「体術は、自分の身体全体が武器です」
「うむ」
「武器持ちの相手でも、互角に渡り合える事は、十分に加能です」
言うは易いが、普通は臆してしまう。
まずは型を覚えようとやり始めた。
「ライア隊長。剣は捨てたんですか?」
そう訊いてきたのはゲイル。
「捨てたつもりはない」
「今まで体術には興味なかったでしょ?それなのに、どうして」
確かに興味はなかった。
自分の剣術に絶対的な自信があったからな。
「状況が変わった。皆に追いつくためだったら、何でもしたい。体術が光明になってくれる事を祈るよ」
「ライア隊長なら、大丈夫ですよ」
「ありがとう」
まだ初心者のぼくにジルとゲイルがついてくれて、体術を学んでいった。
Copyright©2020-橘 シン
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