23-4


「シュナイダー様に言われた事がある。私は魔法士として完成していないと」

「君は二度の限界突破をしているだろう?若くして二度の限界突破は珍しいのはなかったか?その君が完成していない?」

「ええ。知識、技術、それに自らの経験さもを伝えて完成するのだ、とシュナイダー様が、そうおっしゃっていた」

「シュナイダー様が…」

 

 知識と技術はわかる。


 自らの経験…それは当然失敗も含まれるだろう。


「あなたは、翼人族として剣術を極めた」

「いやいや、極めたとは思っていない」

「そう言っても過言ではない。では、次にすべきは後進にそれを伝える事」

「伝えようにも、今の状態ではな…」


 翼を失ったぼくに、あの頃の剣の振りはもうできない。


「何もないぼくは、後輩を指導する立場ではない」

「何もない?ゼロ?」

「ああ。ゼロだ」

「なら、もう一度最初から始めてみては?」

「最初から?」

「そう。ゼロから剣を極める」

 

 ゼロから…か。



 ゼロから始めなければいけない事はわかっている。


 どうすればいい?。


 どこから始めれば…。


 そんな事を考えてしまい、気が重かった。


 いや、違う…まだ以前の自分に未練があるのだ。


 戻らない物にすがっている。



「あたし、剣を振ってるあんたの顔、好きだったよ」


 ヴァネッサはそう言って立ち上がる。


「ごちそうさま。お先」


 彼女は颯爽と去っていく。



「ねえ、ライア」

「なんだ?」

「初めて技を覚えた時とか、技が決まった時って、ワクワクしなかった?」

「え?あー…まあ、そうかな…」


 

 剣術は父から教わった。


 父から初めて一本取った時の高揚感は筆舌に尽くしがたい。



「ごちそうサマ~」


 ミャンがゲップしながら去っていく。


 そんな彼女を見てエレナがため息を吐いた。



「ゼロから始める事の辛さは、理解してるつもり。私は今、予備知識なしの状態から転移魔法の研究をしているけど、まだ完成には至っていない。でも、できると信じている」

 

 エレナがそう言いながら立ち上がる。


「今すぐ結果を出す必要はない。できることから少しづつ、前へ進めばいいと、私は思う」


 そう言って彼女も多目的室を出ていった。

 

 ウィル様とリアン様も執務室へ向かう。


 ぼくは多目的室に残り、メイドが食器を下げに来るまで、マイヤーさんの紅茶をのんでいた。


 

 それから数日は、剣兵隊の訓練を見てるだけだった。


 雑談程度はする。それだけ。


 フリッツ先生の所で、雑談もしたりもした。

 

 先生は特に理由も聞かず付き合ってくれたよ。  


 

 全く剣を握らなかったわけじゃない。


 人前ではせず、部屋で素振りや型を確認をしていた。


 しかし、何故か違和感がある。


 自分の剣で、何度も繰り返した型(翼を使ったもの以外)なのに…。



「やはり、根本的にスタイルを変えなければいけないか…」


 だが、取っ掛かりが掴めないでいた。



 それから何日経ったか忘れたが、いつもより早く目が醒めた。


 ぼくの部屋には東側に窓あり、そこから見える空には、まだ太陽はない。



 さてどうするか。


 朝食にはまだまだ早い。



 その時、外に誰か右から左へ、走り過ぎて行ったのが見えた。


「誰だ?」


 窓から顔を出し、目で追ったが、すぐに見えなくなる。



 こんな早くから訓練?


 それともヴァネッサから罰でも受けたのか?



 少し待っていると、足音が聞こえてきた。


 そのまま注意深く待っていると…。


「ミレイじゃないか…」


 走っていたのはミレイ。


 竜騎士隊の最年少。竜騎士となってまだ一年経っていない。


 

 やはりヴァネッサから罰を受けたか。

 

 彼女の厳しさには、やり過ぎではないかと時折思う事がある。



 ミレイは元剣兵隊だ。


 真面目だが、体格が小さく、どうしても体格で差が出てしまいいつも試合では負けていた。


 まさか竜騎士に抜擢されるとは思ってみなかったよ。


 ついていけるのか?と心配したが、ヴァネッサがいうには才能があるそうだ。


 

 竜騎士とは不思議なものといつも思う。


 何故、竜はミレイを選んだのか?彼以上に体格や剣術が優れているものは沢山いたというのに。 

 

「先見の明があるのさ」


 と、ヴァネッサは言う。


「ついていくのがやっとに見えるが、大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。あたしもあんなだった」


 ヴァネッサと比べても意味はないと思ったが、何にも言わなかった。


「竜騎士になってから、自信がついて貫禄が出たと思わない?」

「貫禄は言い過ぎだと思うが、怖気づいた感じはなくなったな」


 ミレイに良い変化起こったのは確かだろう。



 ぼくは部屋を出て一階へ。


 そしてすぐに外へ出た。


「おはようございます。ライア隊長」

「やあ。おはよう」


 挨拶をしてきてたのはカリィだった。


 彼女はベンチから立ち上がり丁寧に頭を下げる。


「ずいぶん、早起きだね」

「私、いつもこれくらいなんです」

「へえ」

「ライア様こそ、お早いでのは?」

「うん。なんだか早く目が醒めてね」


 カリィと話していると、ミレイが北側から現れた。



「はあ…ライア隊長?ふう…おはようございます」


 息を荒げるつつ、敬礼する。


「おはよう」

 

 ミレイはカリィから水の入ったコップを受取り一気に飲み干す。 



「どうしたんです?こんな早く」

「いや、別に。たまたま早く目が醒めただけさ」

「そうですか」

「君こそ、こんなに早く起きて何をしているんだ?」

「走り込みですよ」

「走り込み?ヴァネッサから罰でも受けたのか?」

「え?」


 ぼくの言葉にミレイが笑い出す。カリィも同様だ。


「違いますよ。体力づくりですね」

「体力づくり?」

「持久力とかも」

「そうなのか?それは、ヴァネッサから勧めなのか?」

「ヴァネッサ隊長から、特に指示はありません」

「自主的にか…」


 ミレイは自分の弱点を克服しようと努力してるようだ。


 ただ走るだけなら、ぼくにもできそうだな。



「走り込み。一緒にしても構わないか?」

「もちろん。構いませんよ」



 という事で、彼と走ろうしたんだが、走り出してすぐに転んでしまった。



「隊長!」

「ライア様!」


 ミレイとカリィが駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。恥ずかしい所を見られたな…」

「そんな事は…体がまだ万全ではないでは?」

「無理しないほうが…」

「いや、体はもう大丈夫なんだ」

「でも…」


 二人は心配そうに、ぼくを見る。


「翼がない状態に、体が慣れないだけだ…」

「なら、無理はしないほうが」

「ああ。だが、早く復帰しなければ…ぼくは一応隊長だ。隊員に面目が立たない」

「僕が言うことじゃありませんが、気にし過ぎかと…それに無理をして、怪我をしては本末転倒ですよ」

「うむ…確かにそうだな…」


 ミレイの言う通りだ。


「普通に歩く事から始めましょう」

「ああ。そうするよ」


 よくよく考えればわかる事だった。


 ぼくは焦っていたらしい。


 

 ミレイはぼくに合わせ、隣を歩く。


「ぼくに合わす必要はないぞ」

「はい。でも、今日は付き合います」

「そうか。ありがとう」

「いえ。話し相手がいると飽きませんし」

「そうだな」


 

 滑稽な光景だな。


 二人で、ただ館の周りを歩くとは。



 ミレイとこんなに話したのは久しぶりな気がする。


 単なる雑談だが。



「走り込みはヴァネッサの指示じゃないそうだが、別の誰かの勧めでもあったのか?」

「誰に勧められたわけじゃなくて、シュナイダー様の兵法書に書いてあったんですよ」

「兵法書?」

「はい。ヴァネッサ隊長から兵法書の事を聞いて、興味が湧いたので読ませてもらいました」


 そういえば、そんな物を王都から持ち帰ってきたとヴァネッサが話していたな。

 

 兵法書と聞いて、ド素人のぼくには関係ないと思っていた。


「兵法だけではないのだな」

「はい。体力づくりもそうですが、効率的とか合理的にどう訓練すればいいのかとかも書かれていましたよ」

「ほお」

「あと、各武器の扱い方とか。基本的なものですけど。それから体術も」

「武器と体術もか」

「ぼくは、全然関係ないんですど、上に立つ者の心得なんかも」

「そいつは興味深いな」


 ヴァネッサめ、何故教えてくれなかった。

 

 彼女に非はないが、もう少し気を回してもらいたいものだ。

 

「兵法書を管理してるのは、ウィル様です。見せてほしいといえばすぐに見せてもらえますよ」

「そうか。今日、早速見せてもらうよ」


 

 朝食の時間となり、歩行訓練(だたの散歩を言うべきだろう)をやめ、ミレイと別れ多目的室へと向かった。 




Copyright©2020-橘 シン

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