23-2


 ヴァネッサから小言(嫌味)を言われた翌日。


 今日から復帰しようと決めていた。


 このままでは、翼人族の同胞に面目が立たない。

 

 いや、もう翼はないのだから、翼人族ではない。がしかし、笑われる存在ではいたくない。



 ドアがノックされ、メイドが朝食を持ってきた。


「おはようございます。ライア様」

「おはよう」


 笑顔で挨拶する。


「…」


 メイドは驚いた表情のまま固まっていまった。


「大丈夫か?」

「え?あ、はい!すみません」


 戸惑いつつ近づいてくる。


「すまない。今日から多目的室で、食事をするよ」

「多目的室でですか?ご無理は…」

「いや、大丈夫だ」

「はあ」

「二度手間で申し訳ないが、多目的室へ持って行ってくれ。ぼくも一緒に行くから」

「かしこまりました」


 

 廊下に出ると、エレナも部屋を出るところだった。


 彼女はぼくに気づき、少し驚いた表情を見せる。


 まあ驚くだろうね。引きこもっていたやつが突然現れるんだから。


 ぼくはメイドとものに歩き出し、エレナに近づく。


「おはよう。エレナ」

「おはよう」

「…あっ…」


 歩き出しだして、すぐに躓き転びそうになる。


「おっとっと…」


 転ぶ寸前、エレナが支えてくれた。


「すまない」

「いいえ。まだ体が…無理は良くない」

「いや、体は問題ない」

「でも」

「本当だ。痛みはもうない」

「…」


 エレナから心配そうな表情は消えない。


「多分、翼を失ったせいだ」

「そう…」

「ぼくは、翼に頼っていたんだろう。無意識の内に」


 足を地につけるなんて意識した事がなかった。


「翼がなくなった事に、体自身が慣れていないんだと思う」


 という個人的な見解だが、フリッツ先生も、概ね間違いないだろうと話していた。



「だから…エレナ?」


 彼女はぼくの肩を支えたまま動かない。


「どうしたんだ?」

「ごめんなさい…あなたの翼に関しては、私が…」

「それはもういい」

「でも…」

「翼を失ったのは、ぼく自身に責任がある。君が悩む必要はない」

 

 と言ったとしても、エレナは後悔し続けるだろうな。


 エレナは、過去に魔法で大失態を犯している。


 自分自身の魔法に自負がある分、失態した時の後悔は大きい。


 当時の状況を考えれば、エレナは自分の仕事を十分に果たしている。



「エレナ。肩を貸してくれないか?」

「肩を?」

「転ぶところは、正直見せたくない」


 カッコ悪いからな。


「ええ、構わない。私ので良ければ」

「ありがとう」


 

 ぼくは、エレナの左肩に手を乗せ、彼女の少し後を歩く。


「私が右だと、廊下の窓からあなたが見えるけど?」

「構わないさ。遅かれ早かれ、姿をさらす事になる」


 朝食を食べたら剣兵隊に行くつもりだ。


 ぼく達は歩き出し、多目的室へ向かった。



 多目的室には、ぼく以外の全員が揃っていた。アリスとジル、それにソニアもいる。


「ライア!」


 ミャンが駆け寄って抱きつく。


「ミャン…」

「ライア…よかっタ…」 

「心配をかけてしまったな」


 彼女の背中に腕を回す。


「全然…心配なんかしてないヨ…」

 

 そう涙声で話す。


「一番辛いのはライアなのに…何もしてあげれなかっタ」

「いいんだ。いつも通りの君でいればいい」

「ウン…」


 彼女は、ぼくから離れて背を向けて涙を拭った。



「ライア…」


 リアン様が、近づいて来て背中を優しく撫でる。


「申し訳ありませんでした…ぼくの姿を見て倒れられたと…」

「それはもういいのよ…あなたが生きていた事が大切なんだから」 

「はい…」


 面目が立たないぼくに、リアン様は気を使ってくれている。


「もう痛くない?」

「痛みはありません」

「そう…」


 ファントムペインがあるが、それは別。


「休んでいた分、体力を元に戻そないといけませんが…」

「大丈夫よ。あなたなら、絶対」

「はい。ありがとうございます」


 リアン様は、一度優しく抱きしめた後、席へ戻った。


 アリスやジル、ソニアもぼくを気遣い優しい言葉をかけてくれた。



 いつもの席に座った。


 朝食は全員に配膳され、メイド達が退出する。


 なんだか懐かしい。



「ウィル様、ご心配をおかけしました」

「いや。心配なんてしてないよ。君は必ず回復すると信じていた」

「それは…ありがとうございます」


 ウィル様は、心配していないと言ったが、彼なりの気遣いであろう。


「これでやっと、全員揃ったね」


 ヴァネッサがそう言いながら立ち上がる。


「ちょっと、言いたい事があるから言わせて。あ、食べながらでいいから」


 そう話す彼女の顔は真剣だった。


 食べながらでいいとは言ったものの、誰も食べようとはしなかった。ミャンさえも。



「今回の襲撃は、完全にあたしらの完敗」

「ヴァネッサ、それはちが…」

「ウィルが言いたい事はわかってる。六番隊の支援もあったし、被害等を比べれば、負けてはいない」

「なら、どうして…」

「もっとやりようはあったし、あたしの指揮が間違っていた部分が多い」


 彼女の言葉には、後悔と反省が混じっているように聞こえた。


「今さら、ああすればよかったなんて言ったって仕方がないんけど、あたしの指揮で、迷惑をかけた事だけは、謝りたい。ほんと、申しわ…」

「やめてくれないか」


 ぼくは彼女が言い終わる前に発言した。


「ライア…」

「ぼくは君の謝罪を聞きたくて、ここにいるわけじゃない。そう言いたい気持ちはわかるが、後悔や反省は君自身の成長の糧にすればいいだけで、わざわざ口に出す必要はない、とぼくは思う。こんな事を言える立場じゃないが…」

「…」


 ヴァネッサは何も言わず、ぼく達を見回す。


「弱気なあなたを見たくはない」

「アタシも。どうしちゃったのサ」

 

 エレナとミャンがそう話す。


「あなたらしくないわよ」


 リアン様がヴァネッサを見上げ話す。


「あなたは、隊長として十分に能力を発揮した。それは誰もが認めてる」

「リアンの言う通りだよ。細かい事を言ったらきりがない」

「優しいね…あんた達は…」


 ヴァネッサは、そう言った後椅子に座り、ため息を吐く。



「君の発言は聞かなかった事にする」

「は?」

「みんなも聞かなかった事にしてくれ」

「ヴァネッサ、何か言ったノ?朝食が美味しすぎて聞いてなかっタ」


 ミャンが食べながら話す。


「口に食べ物を入れながら話すのはするな」

「はいハーイ、ゲホォ!」

「汚い」

「ゴメンヨ…」


 ミャンの行いに皆が小さく笑う。


 ヴァネッサも笑っていた。いや呆れていたかな。



 ヴァネッサを責めても意味はない。責める気もない。


 ぼくの翼は戻らないし、ステインも生き返らない。


 

 彼女が弱気を見せた事にちょっと驚いた。

 

 普段はおくにも出さないからな。貴重だと言える。



「やはり、皆で食事をするのはいいものだ」

「でショ?アタシは、君がいなくて食欲が減ったんダヨ」

「嘘をいうな」

「そう。彼女の発言は嘘」


 エレナが静かに否定する。


「ライアがいないから、彼女の分も食べると増量を要求した」

「…」

「エヘヘ…」

「笑ってごまかすな」


 ぼくはいなくなったわけじゃないぞ。


「アリスは優しいから、トマトをくれたヨ」

「ダメ、言わないで」

「アリス様、いつの間に…いけませんよ」

「はい…」

「あれ?言っちゃためだっタ?」


 察してくれ…。


 アリスがトマトを嫌いのは、態度と表情でわかっていた。


 

 まあ、そんなこんなで朝食が終わる。



「じゃあ、お先」


 ヴァネッサが早速出て行く。


「ごちそうさまでした。皆さん、おやすみなさい」

「ご苦労さま」


 アリスは当直明けなので、部屋でこれから睡眠となる。

 ジルも一緒に出ていった。


「失礼します」

「アタシも」


 エレナとミャンが出て行く。

 


「僕とリアンは執務室へ行くが、君は?部屋に戻る?」

 

 ウィル様がそう尋ねてくる。


「剣兵隊へ行こうかと」

「そう」

「病み上がりなんだから、いきなり剣術なんてだめよ」

「それは、もちろん」

 

 すっ転ぶのが落ちだろうから。

 


「無理しないように」

「ああ」

「じゃあ」


 ウィル様とリアンは連れ立って、多目的室を出て行く。


 残ったのは、ぼくとソニアだ。



「わたしたちも行きます?」

「ああ、そうだな」


 ぼくはそう言いつつ立ち上がる。


 ソニアとともに多目的を出た。



 転ばないように、意識しながら歩く。


「なあ、ソニア」

「なんです」

「ぼくの歩き方、変じゃないか?」



Copyright©2020-橘 シン

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