22-4


 私は、ライアが怪我をした前後の事を知らされてなかった。


 アレを見て倒れてしまったからなんだけど…。



「教えて」

「今のリアンには、話が酷すぎる。ライアが元気になってからでも…」

「わたしもそう思う。無理して聞く必要はないわ」


 ウィルとソニアが、私を気遣いそう話す。


「私には、聞く権利…いえ、義務がある」

「そうなんだけどさ…」

「聞かせて」

「…」


 ウィルとソニアは、かなり渋った。


 渋るのは分かる。


 私を気遣っての事だし、例え具合が悪くなってとしても、聞かなければいけない事だから。



「エレナ。あなたも当然知ってるよね」

「はい」

「じゃあ、教えて」


 エレナは眉間にシワを寄せ、俯く。


「ミャンは、あなたが原因みないな事を言っていたけど」

「それは、違う。エレナが原因じゃないんだ」

「原因と言って間違えありません」

「状況を見れば、君じゃない。要因の一つだ」

「…」


 黙り込む三人。


「三人が話さないなら、聞いて回るわ」

「リアン…」


 ウィルが大きく息を吐く。


「だって…」

「わかったよ…。具合いが悪くなったら、僕の判断で止めるからね?いい?」

「ええ」


 彼は強く念を押す。


 

 ウィルとエレナが、話してくれたライアの事…。


 なんとか平静を保つ事ができた。


「ライア…」

「リアン、大丈夫?」


 ソニアが肩を抱いてくれた。


「それで…まだ傷は癒えないの?」

「いや。傷はもう問題ないと報告はあったよ」

「じゃあ、なんでここにいない?」

「ヴァネッサが言うには、ライアは翼がなくなった事を受けい入れきれていないらしい」


 翼との決別が終わってないんだと、ウィルが話す。


「それに…人目もある。目立ちなくはないんだろう」

「そう…」


 ライアは、私と同じように部屋から出ていない。



「怪我をしていない翼まで取る必要あった?」

「本人がそれを望んだ」

「だからって…」

「君も気持ちは、すごく分かるよ。僕も、取る必要はないと思う。みんなそう思ってたよ。特にミャンは、取り乱してさ…」

 

 ウィルは冷めた紅茶を飲み干す。



「片翼は、翼人族にとって、不名誉な事らしいので、無事な片方を取らずにいれば、その事でライアは思い悩むと思います」


 エレナがそう静かに話す。


「本人がそれを望んだ以上、他人は口出しできません」

「うん…」


 ライア自身も悩んだと思う。


 翼人族ではない私達には、彼女の気持ちがわからない。どれほど、翼が重いのかを。



「ライアの事は、心配ない」

「どうして?」

「君が元通りになったんだ。ライアもすぐに良くなるさ」


 ウィルは、そう笑顔で話す。

 

 その笑顔で、少しだけ心配度が減った気がする。



「現金よね?リアンは」

「何が?」

「ウィル様と話した途端、元気にになるんだもん。わたし達、どうしよう、どうすればいいか、ずっと考えてたのよ?」

「別に…ウィルだけがきっかけじゃないわ。ソニアにも感謝してる。シンディにもオーベルにも」

「でも、ウィル様が一番でしょ?」

「うん…」


 この時ウィルと目が合って、少し顔が熱くなった。


「手なんか繋いで登場するし」

「あれは…多目的室の前までだったはずなんだけど…」

「ほんと?」


 ソニアは私の顔を、にやつきながら覗き込む。


「ほんとだって!」

「あら、そう」


 ソニアは立ち上がる。


「熱い。熱いわ」


 そう言いながら多目的室を出ていった。


「私も失礼します」


 エレナも出て行く。 



「ウィルのせいよ。変に思われた」

「変に思われたら嫌?」

「嫌じゃ、ないけど…」


 彼は真剣な表情で見つめる。


「僕の君への気持ちは変わらない。けど、強引過ぎたのは謝るよ。ごめん」

「ちょっとビックリしただけだから…別にいい」


 ウィルの気持ちに答えたい。

 けど、私は補佐官だから…。


 私もウィルの事が好き。思いっきり叫びたいくらいに。

 それが出来ないもどかしさ…。



「今日は随分と解散がお早いようで」

 

 アルが紅茶を持って入ってくる。


 私を見てニコリと笑顔になった。


「リアン様。お具合のほうはよろしいのですか?」

「見てのとおりよ」

「結構な事でございます」


 ウィルと私に紅茶を入れてくれた。


 次にオーベル達がやってきて食器が片付けられていく。


「リアン様。体のお調子はいかかですか?」

「見てわからないの?」

「わかります。一時はどうなるかと思いましたが、安心いたしました」


 で、シンディがやってくる。


「リアン様…具合が悪ければ、いつでも…」

「だから、大丈夫だって…何回言わせるのよ…」


 私はこめかみを抑えた。


 ウィルが笑いを堪えてる。


「君が急に元気になるから、信じられないんだよ」

「失礼しちゃうわ…」


 そう思わせるくらい、あの時の私は精神的に落ち込んでいた。


 

 午後は執務室で過ごす。


 仕事はやらせてくれなかった。当然よね。



「よお」

「棟梁!?」


 突然、現れた棟梁に驚く。


「お?お嬢ちゃんじゃねえか」


 シンディが眉間に皺をよせ咳払いをする。


「…補佐官様、お元気そうで」


 棟梁はバツが悪そうに言い直す。


 

「どうして棟梁がいるの?」

「リアンにはまだ話していなかったね」


 棟梁は、いえ棟梁と大工達はウィルの要請により、領民の住宅を建てるために、シュナイツまで来てくれていた。


「わざわざ、ありがとうございます」

「礼には及ばねえよ」


 棟梁は笑顔で答える。


「大変だったらしいな。補佐官様も」

「私は大丈夫。ウィルが…ウィル達がいてくれるから」

「そうかい」


 彼は、私が休んでいた事に深くは聞いてこなかった。

 多分、ウィルからは聞いてるんだろう。



「それで今日は…ウィルに会いに来たんですか?」

「ああ。書斎のドアを直しに来たんだ」

「そうですか」

 

 確かソニアがウィルを襲った時、ヴァネッサが壊したんだっけ。



「僕が直せる壊れ方からじゃないから、棟梁に」

「おう、任せろ。案内してくれ」

 

 二人は書斎へ向かう。


 私も後をついて行った。シンディも一緒。



 ウィルと棟梁が作業を始める。

 

 私は廊下の十字路からそれを見ていた。


「ここがシュナイダー様の書斎か?」

「はい」

「随分と質素だなぁ」


 棟梁が書斎を覗き込み、そう話す。


「シュナイダー様が派手な事はお嫌いだったそうですよ」

「へえ。数えるくらいしかお目にかかれてないが、いつも人だかりだったけどな」


 そんな事を話しながら、作業していた。


 ウィルも棟梁も、笑顔で楽しそう。


「丁番は、まだ使えると思うんですよ」

「ああ。ちょっと曲がってるが、少し叩けばいけるな。ドア本体も曲がってねえか?」

「はい」

「何したよ?経年劣化もあるだろうが…これ、足跡か?」

「多分、ヴァネッサです…」


 ウィルがソニアに襲われた時の事を話してる。

 

「何だそりゃ?」

「早合点からの逆恨み?でしょうか」

「そいつはいけねえなぁ」


 

「リアン様」

「何?」

「椅子をお持ちしましょうか?」


 シンディが小声でそう聞いてくる。


「あー…ううん、いい」

「よろしいですか?」

「執務室に戻るから」

「わかりました」


 ウィルと棟梁に声をかけてから、執務室に戻った。


 戻ったけど、仕事もなく私の復帰一日目が終わる。




「実は、この時少し無理をしてた」

「ウィルにどうしても、心配させたくなくて…」

「彼には、分かっていたみたいだけど」

「でも、何も言わず私のしたいようにさせてくれた」

「彼らしいというか、彼の私に対する気持ちの表れで、嬉しかった」


「ウィルがいなかったら、どうなっていたか分からない」

「もしかしたら、今も暗い気持ちで生きていたかもしれない…」

「半分死んでたわね」


「悪夢を見なくなったわけじゃないのよ。今でも時々見る」

「でも、見たからって気持ち悪くなったりはしなくなったわ」

「やっぱり、彼がそばにいるのが大きい」


「ええ、そうね。この時くらいからウィルとの距離がぐっと近くなった」

「一晩中、一緒のベッドで過ごすようになって…」


「いいえ。ウィルの方からじゃないわ。最初は、私の方から…」

「悪夢を見てしまいそうな予感がして…それで、ウィルの部屋をノックした」

「彼は理由も聞かずに入れてくれて、ベッドにも…」

「悪夢よりも、彼と一緒のベッドに寝てる事に緊張したのを覚えている」


「そして、早朝こっそり自分の部屋に帰る」


「彼が私の部屋に来る事もあったわ」


「え?…何?…あーはいはい」

「要するに、男女の秘め事はあったのか?事でしょ?」

「あったわよ。ないわけないでしょ。一緒のベッドいて」

「毎日じゃないけど」


「私達はバレてないと思ってたんだけど、バレてた」

「ヴァネッサがね、もう少し静かにしてくれって…」

「静かにしてたつもりなんだけど…あれ以上どうしろって言うのよ?ねえ?」

「ごめんなさい。あなたに聞く事じゃないわね」



「リアン様」


「ライア?」


「そろそろ、僕の番ではないかと…」


「そうね。ちょうど今終わったから。どうぞ」


「…」


「どうしたの?」


「あの時の自分を語るのは恥ずかしいな、と」


「そういうものよ。こういうのなんて言うだっけ?…そうそう、黒歴史!」

「でも、過去の自分あるから、今があるのよ」


「ごもっともです…」


「それじゃ、次はあなた」


「はい」



エピソード22  終わり

Copyright(C)2020-橘 シン

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