22-3


 ドアの所で、動かないウィル。


「…」

「どうしたの?大丈夫?」

「それはこっちのセリフだよ…」


 ウィルはそう言いながら、二人分の昼食をチェストに置こうする。


「ごめん。それ多目的室に持って行ってくれる。みんなと一緒に食べたい」

「多目的室で?大丈夫?」

「うん」

「ほんとに?」


 彼は心配そうに私を見る。


「ウィルに私はどう見えてるの?」

「どうって…いつもの、元気なリアンに見えるよ」

「なら、大丈夫」

「無理してないよね?」

「してるつもりはないんだけど」

「そう…。ごめん、ちょっと待ってて」


 昼食を持って出てしまった。


 何を待つのかしら?


 しばらくして、廊下が騒がしくなり始める。



「あんたさ、冗談言ってんの?」

「言ってないって!」

「さっきまで疲れた感じでしたよ。昨日の夜も、夢を見たみたいですし」

「わたくしは昨晩までのリアン様しか知りませんので、なんとも…」

「やはり、心配させまいとご無理をしてるでしょう」

「そんな風に見えないんだよ」


 そういう事。


 回復した私を疑ってるのね。



「リアン?入るよ」


 ドアが開けられ、ウィル達が顔を見せる。


「…」


 ウィル、ヴァネッサ、ソニア、オーベル、シンディ。

 みんな私を見て、固まっている。


「ほら」

「リアン。あんた、大丈夫?」

「大丈夫だけど?」

「リアン様。ご無理はいけません」

「オーベル…無理してから」


 彼女は私をベッドに座らそうとする。


「待って。これから昼食でしょ?多目的室で食べたいんだけど…」

「ここで食べても構いませんよ」

「私は、みんなと一緒食べたいの」


 いきなり元通りになったら驚くかもしれないけど、驚きすぎよ。



「大丈夫あk、大丈夫じゃないは、自分で分かるし、無理そうなら、部屋に帰る。それでいいでしょ?」

「それなら…」

「本人が、こう言ってるし、様子見でいいんじゃない?」


 やっと納得してくれた。


「あたし、先に行ってるよ」


 ウィル以外が部屋から出て行く。


「私達も行きましょう…あっ…」


 そう言って歩き出し途端、躓く。


「リアン!」


 転ぶ寸前、ウィルが支えてくれた。


「ありがとう…」

「やっぱりさ…リアン…」

「大丈夫。今のは、寝すぎて体が鈍ったちゃったのよ」


 ウィルは私を支えたまま、放してくれない。


「ウィル?」

「君が多目的室で食べたい気持ちを、僕は否定はしないよ」

「うん」


 彼は私を見つめる。


「だから、多目的室まで手を繋いでいい?」

「うん…いいよ」

「ありがとう」


 私達は手を繋いだまま部屋を出た。


 ウィルの手が暖かい。それと同時に気恥ずかしかった。

 

 

 部屋を出たが、彼は動かない。   


「ウィル?」


 見上げた私は、彼と目が合う。


「リアン。正直に、言ってくれ。本当に…」

「大丈夫だから」


 ウィルが言い切る前に、言葉を被せた。


「さっき…ウィルが来る前ね」

「うん」

「お父様とお母様の声を聞いたの」

「そう…」


 彼は驚きもせず聞いてくれる。


「聞きたかった声を聞けて話せて、少しだけだったけど…私すごく安心した。お父様もお母様も私を見守ってくれいた。これまでも、これからも」


 私は彼の手を強く握った。


 ウィルも握り返してくる。


「そしたら、何かこう…私の中の重苦しい何かが、消えていく気がして…」

「それで、元気に?」

「うん…言葉にどう表現していいか分からないし、ウィルも分からないと思うけど…」

「分からないけど、君の言葉を信じるよ」

「うん、ありがとう。ウィル」


 私の笑顔に、彼が顔を赤くして目を逸らす。


「あのさ、無理だけはしないでよ?」

「わかってる。そろそろ行きましょう。ヴァネッサ達が戻ってくるかも」

「そうだね」

 

 そう言って、私達は歩き出す。



 多目的室の手前まで話しだったはずなんだけど…。


「ウィル、ありがとう…ここで…」

「…」

 

 彼は手を離さず、繋いだまま多目的室に入って行く。


 嘘でしょ…。


「ヒュー」


 早速、ミャンに見つかる。


 ソニアもいて、意味深な笑顔。


 結局、自分の席まで手を繋いだままだった。


「ありがとう、ウィル…」

「うん」


 ヴァネッサとエレナは反応が薄い。


 私とウィル以外はすでに食べ始めていた。


「いただきます」


 久し振りの多目的室での食事。ライアは居なかったけど…。



「リアン。大丈夫そう?」

「ええ。大丈夫」


 体調を聞いてきたソニアに、そう答える。


 ヴァネッサは食事を口に運びながら、ずっと私を見ていた。


「ヴァネッサ…すごく食べづらいんだけど?…」

「久し振りにあんたの顔見たからさ」

「だからって…もう…」


 私もヴァネッサの顔を見ながら食べた。意地なってたかも。


「あんた。ウィルとなんかあった?」

「え?別に…何もないよ」


 ソニアが隣でちょっと咳き込んいる。


 ヴァネッサは盗み聞きしてたんだから、わざとね。


「なんにもなくて、手繋ぐノ?」


 ミャンまで…。


「手を繋ぐのは、別に初めてじゃないでしょ?王都で、会場に入る時も繋いだし…」

「アレとは、ちょっと違くナイ?」

「同じよ」

 

 もう…。


 ウィルのせいなのに。


 彼は我関せずといった感じ食事していた。



「エレナは、どう思ウ?」


 ミャンがエレナに訊いてる。


「個人的な事情に踏み込むべきではない」

「そうなんだけどサ…興味あるでしょ?」

「ない」


 エレナは即答。


 エレナって恋愛とか興味ないみたい。



「リアンが心配だから、手を繋いだだけだよ。急に具合が悪くなって倒れるかもしれないから。特に他意はないよ」


 ウィルがそう話す。


「そう」


 食べ終わったヴァネッサはそう言うと、立ち上がった。


「じゃあ、お先」


 と言ったものの動かず、ウィルを見る。


「どうかした?」

「負けたよ」


 ヴァネッサはウィルに向かってそう言う。


「何?どういう事?」

「リアンとの付き合いが一番短いあんたが、彼女を回復させた。ソニアでもなく、シンディでもなく、ましてやオーベルでもない。あんたが」

「勝ち負けじゃないと思うよ。僕は何もしていないし、リアン本人が頑張った結果だよ」

「だとしても、きっかけを作ったのはあんたでしょ」


 彼女は小さく息を吐く。


「あたしなりになんとか出来ないかって、考えたんだけど、どうしていいかわかなかった。シュナイダー様が亡くなった時も…」

「私は全然気にしてないけど。原因は私なんだし…」

「あたしが、勝手に思ってだけ」


 椅子に座り直してヴァネッサは話し続けた。


「あたしは一人っ子で、妹が入ればいいなって子供の頃思ってて…あんたに会ってから、そういう目で見てた。シュナイダー様から頼まれたからもあるけど、あんたを守ろうと一応、努力してきた。けど何も出来てなかったなって…」


 ヴァネッサがそんなふうに思っていたなんて…。


「育ちが悪いんだろうね。あたしには他人を癒やす事は出来ない」

「そんな事ない。あなたが竜騎士として、いるだけでみんなの心の支えになってる。私も含めて」

「リアンの言う通りだと思う。気にしすぎじゃないかな」


 ウィルもヴァネッサを労る。


「そうなんだろうけどさ…ちょっと悔しいかなって」


 ヴァネッサはそういう立ち上がり、去って行った。



「ヴァネッサ、どうしちゃったノ?」

「色々思う事があるんだと思う。この前の襲撃も反省点が多いって言ってたし」

「ヴァネッサに反省点多いなら、アタシは反省点だらけで、生きていけないヨ?」


 ミャンの言葉にウィルは苦笑いを浮かべる。


「ヴァネッサは反省点を活かそうと努力している。あなたはしていない」

「イヤイヤ!してるカラ!」


 エレナの言葉にミャンは否定する。


「そのようには見えないけど」

「エレナだって、出来るはずなのに出来なかった事たくさんあるでショ?ライアを…」


 そこまででミャンは言葉を切った。

 

「ミャン、それくらいで」

 

 ウィルはミャンを窘める。


「ウィル様、構いません。ライアの件については、慙愧の念に堪えません。謝っても謝りきれない。私は、死ぬまで後悔し続けるでしょう」

「エレナもそれくらいでよしてくれ。言い始めたらきりがない。僕自身も含めて」


 場の雰囲気が悪くなりすぎて、どうしていいかわかなかった。



 ミャンが勢いよく立ち上がる。


「昼寝してくる!」

「え?」

 

 彼女は足早に多目的室を出て行ってしまった。


「ふふっ…」


 ミャンの行動に思わず笑ってしまった。


「リアン?」

「ごめん。いつも通りミャンで安心した」

「そうだね。ライアの事でどうなるかと思ったけど、大丈夫そうだ」

「ウィル様から一喝すべきかと」

「一喝して、彼女が変わると思う?」

「…いいえ」 

「だろう?無駄なことはしない。甘いかもしれないけどさ」


 ウィルが言わなくても、ヴァネッサがきっと注意するはず。



「あのさ…」

「何?、リアン」

「ライアって、まだ怪我治ってないの?かなり重症だったり?」

「いや…ちゃんと治ってるよ」

「じゃあ、どうしてここにいないの?」


 私の疑問にウィル達が黙ってしまった。


「色々、あったんだ…。ここに彼女がいないのは、彼女自身が心の整理が出来ていないからだと思う」




Copyright(C)2020-橘 シン

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る