22-2


「怖い事言わないでくれる」

「ヴァネッサ…」


 ヴァネッサが自分の部屋の前で、腕を組み佇んでいた。


 僕は彼女を無視して、リアンの部屋から離れる。


「盗み聞きするなんて…最低だと思うよ」

「聞くつもりはなかったんだけど、ドアが開いててさ」


 それは僕もミスだが、空気を読んでほしかったな。


「冗談だよね?シュナイツを出るなんて」

「リアンがそう望むなら、そうするよ。彼女に断られたけど」


 ヴァネッサが大きく息を吐く。


「リアンは、自分の事を客観的に見るだけの冷静が残ってるんだね」

「うん…。良い事なのかな」

「良い事でしょ。あんたがそうさせてる」

「僕が?」

「あんたの気持ちに答えようと、頑張るみたいだしさ」

「気持ちを伝えたタイミング、間違ったかな?咄嗟に言ってしまって…」

「リアンの事が好きな気持ちは、嘘じゃないんでしょ?」

「嘘じゃない。その気持ちは本当だよ」

「なら、そのまま彼女を好きであげて」


 ヴァネッサが僕を横を通り過ぎる。


「あたしには、どうすればリアンを救えるか、全然わからない。リアンを救えるのはあんただけだと思う。頼んだよ」

 

 そう言いながら、僕を残し去って行った。


「僕も自信がないんだけどな…」


 


「…」


 ウィルが出て行った後、冷静になるととんでもない事なっていて驚く。


「ウィルに告白された?…」


 確かにされた。


 顔が火照り出す。


 嬉しいんだけど、想像とは違い過ぎて…コレジャナイ感。


 勢いで私も告白してしまった。

 もっとロマンティックな状況でなら良かったのに。

 

 悪夢で苦しんでいる時じゃなくても…。



 ドアがノックされソニアが入ってきた。


「リアン、ごめん…ウィル様が、どうしてもって言うから」

「え?あー…別に、いいよ…」

「大丈夫?顔、赤いわ」


 ソニアが、私の顔を覗き込む。


「ウィル様と話しできた?」

「うん。告白された…。君の事が好きだって…」

「え?」

「私もウィルの事が好きだって言い返えした」

「ええ!?ど、ど、どういう事?」


 彼女は驚き慌てる。


 私はその時の状況を話した。



「シュナイツを二人で出るって、それってもう駆け落ちじゃない…」

「駆け落ち…」


 確かに。ウィル、何言ってんのよ…。


 嬉しさと恥ずかしさでどうにかなりそう。


「いや、シュナイツは出ていかないから」

「ウィル様はあなたが頷けば、そうしたはず」

「私が出て行きたいと言っても状況が、立場がそうさせてくれない…」


 ウィルにも言ったけど、私は補佐官なんだから。

 ウィルも領主なんだし。


「領主でもなくて、補佐官でもなかったら、そうしたでしょう?」

「…多分、しない…」

「どうして?」

「悪夢に、トラウマにから抜け出せない私が一緒じゃ迷惑がかかる」

「そんな事!」

「あるのよ…」


 そのうち嫌気が差すはず。さすがの彼も。



「だいたい、私は彼の隣に立てる権利なんてない」

「リアン、考えすぎよ」


 私とシンディだけが知る秘密。


 いつかそれを彼に話さないといけない日が必ず来る。


 それは置いといて、今の状況から抜け出さなくていけない。



 ウィルとの事は秘密にして欲しいと、ソニアには言っておく。


「別にいいんじゃない?」

「だめ。お願い」

「ええ。わかったわ」



「ソニア」

「何?」

「お腹すいた」

「え?」

「人と話すのって、体力いるのね」


 ソニアが苦笑いを浮かべ小さくため息を吐く。


「その 人 の中にわたし入ってる?ほぼ毎日話してるんだけど?」

「一応…」

「一応ね…。とりあえずいい傾向だわ」


 そう言って、私の肩に手を置く。


「さすが、ウィル様ね」

「ええ」


 ソニアの言葉に、私は少しの笑顔で頷いた。


 

「今夜もまた、嫌な夢見ちゃうのかな…」

「夢の事は考えちゃダメよ。見ませんようにって思うから、逆に見ちゃうのかもよ」


 それは一理あるかもしれない。


「意識しすぎ?」

「うん」


 でも、どうしても考えてしまう。


「元気なるからってウィルに約束した」

「うん」

「だから早く悪夢から抜け出したい」

「無理をしても、良い事はない」

「わかってるけど…」


 この日から悪夢を見る頻度が減った。


 なぜかはわからない。


 ウィルが毎日、部屋来るようになって以降、悪夢の頻度が減ったから、彼のおかげかもしれない。


 それから悪夢を拒否するんじゃなくて、受け入れるようにしてみたのが、良かったかも。

 これはフリッツ先生から助言でもある。



「嫌だからと、突っぱねては何も解決せん。お前が受け入れるには大き過ぎる不幸だが、事実として受け入れるのも大切」

「はい…」

「抱え込まずに話すのもいい。ウィルなら聞いてくれるんじゃないか?」

「ウィルには迷惑をかけたくないです」

「向こうはお前さんためなら、シュナイツを出る覚悟らしいと聞いているぞ」

「だ、誰から聞いたんです?」

「ヴァネッサが言っていたが?」


 ヴァネッサ…聞いていたの?盗み聞き?最低。


「もう…」

「お前は幸せ者だよ」

「どこがです?」

「お前を慕う者がたくさんいる。不幸なんぞ消し飛ぶくらいにな。過去でなく、未来を見ろ。幸せな自分を想像しろ」

「はい…」

 

 年の功っていうのかしら?

 フリッツ先生の励ましは心強かった。

 

 

 あること試した事がある。


 ウィルとソニアに相談したら、大反対された。


「いいアイデアだと思ったんだけど…」

「何考えてるのよ」

「そうだよ!」


 そんなに怒らなくても…。


「ナイフで指先をちょっと切るだけじゃない」

「切ったらどうなるか、想像するだけ十分だ」

「想像と実際じゃ、全然違うでしょ?」

「違うけど、わざわざする事じゃない」

「私は克服したいのよ。血は私の中も流れてる。それを確かめたい。何でもない事なんだって。フリッツ先生も見慣れてしまえば、なんてことはないって言ってたし」

「他のみんなと一緒にしないで。よく考えてよ」


 と、まあ二人には反対されたんだけど、実はこっそりと実行した。


 流石にナイフは、部屋になかったのよね。

 その代わりに裁縫用の縫い針があった。


 私、お裁縫はしないんだけど、何故か引き出しに入っていた。


 それを使って指先を刺す。 

 

「痛っ!…」


 当たり前なんだけど…。


 人さし指から滲み出る赤き血。


「…っ!…」


 寒気と冷や汗が出て、息が詰まる。


 自分の血でさえも、体が拒否反応を起こす。

 そんな事になってしまう自分自分に落胆する。 


 もう…。


「大丈夫…大丈夫…」


 自分の聞かせながら、滲み出た血を親指で塗り拡げた。


 赤く染まる指先。


「血が悪いわけじゃない…私に起こった事件を思い出すから…」


 

 足元に広がる血の海。

 

 父と母の亡骸。


 私は目を閉じ、強く想像した。


「いつまでもこうしてはいられない。元気な姿をウィルに見せたいの。お父様、お母様…どうか、助けて!…」


 

 …リアン…


「え?…誰?」


 部屋には誰もいないのに、私を呼ぶ声が聞こえる。女性の声。


 …どうか、強く生きて…


 優しく、そして懐かしい声。


「お母様?」


 …あなたは、自慢の娘…


「お母様…」


 その声に、在りしの母が目に浮かぶ。 

 と、同時に涙が溢れ出る。


 …お前のそばに居られないことを許してくれ…


 今度は男性の声。


「お父様…」


 …お前は弱い子でない。お前は、悪夢を乗り越え幸せになる…


 威厳のある父の姿が、目に浮かんだ。


「どうすればいいの?わからない…早く普通になりたいのに…」


 …お前は今、生きているんだ…


 …今、生きている事に感謝を…


「感謝…」


 …そして、過去に別れを…


「別れ…」


 …未来に希望を…


「希望…」


 …お前は決して不幸でない… 


 …愛する人とともに歩む幸せな未来を作りなさい…


「未来…」


 父と母が優しく微笑んでいる。


「一緒に居たかった!あの頃に戻りたい…」


 …私達も同じ気持ちよ…


 …出来にない事より、出来る事を見出そう…


「どうやって?」


 …私達と同じくらい愛してくれている者がそばにいる…

 

 …わかるな…


「ウィル」

 

 …彼があなたを導きます…


 …お前も彼を信じ、未来へ歩め…


「お父様とお母様は?」


 …心は、あなたとともにあります…


 …今までも。そして、これからも…


 ずっとそばに居てくれてた。


 そうだったんだ


 胸が中が温かくなっていく。


 一人、じゃない。


 父と母が、私を守ってくれていたんだ。

 

「ありがとうございます。そして…さようなら…」


 微笑む二人の姿が少しづつ消えていく。

  

 辛くない。勇気の出る別れ。



「はあ…」


 大きく息を吐き、目を開ける。


 人さし指の血は乾き、赤茶けていた。


「お父様、お母様…」


 大丈夫…。

 

 私は一人じゃない。


 ベッドから降りていつもの服に着替えた。


 もうすぐ昼食。

 

 ソニアかウィルが来るはず。


「ふふ…」


 ちょっと驚くかも?



「リアン?」


 ドアがノックされる。


 ウィルだ。


「入るよ…」

「どうぞ」


 入ってきたウィルは、私の姿を見て固まってしまった。




Copyright(C)2020-橘 シン

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