エピソード22 悪夢からの克服


 暗闇の中、私は一人佇んでいる。


 足元から血が広がり、独特な匂いが鼻に纏わりつく。


 嫌だ…やめて…。


 私は動く事が出来ない。


 他には誰もいない。一人ぼっち。


 私が何をしたというの?


 何で私だけが、苦しまないといけないの?


 助けて…お父様!…お母様!…。



「いやあああぁっ!…はっ…」


 気がつくと、自分のベッドの上で起き上がっていた。


「何なのよ…もう…」


 

 賊による襲撃中に、私は倒れ部屋に閉じこもったままだ。 


 あれから何日経ったのだろうか?十日くらい?


 そんな事はどうでもいい。


 悪夢で夜中に何度も起きてしまう。


 ソニアかシンディ、オーベルが必ずそばにいてくれた。


 三人に迷惑をかけているのはわかっている。

 だけど、一人になるのが怖かった。


「リアン、大丈夫?」


 床に寝ていたソニアを起こしてしまっていた。


「大丈夫…」


 そう答えた…けど…違う…。


 ソニアは、水の入ったティーカップを差し出す。

 それを受け取り、飲み干した。



「汗かいてる。着替えよう。風邪ひいちゃう」

「うん…」


 服を着替え横になる。


「ソニア。私、どうすればいいの?…いつになったら…」

「リアン…。大丈夫、きっと良くなる。深く考えちゃだめ」

「ええ…」


 答えなんかない。


 答えは自分の中あるんだ。たぶん。


 それを探す気力が、私にははなかった。



 朝になり、朝食が運ばれてくる。


「…」

「そういう顔しないで」

「半分でいいって言ってるでしょ…」

「食べなきゃだめ」

「もう…」


 量的にはいつも通りだけど、今の私には大盛りに見えた。


 結局、半分残すんだから、最初から半分でいいのに。



 夜寝れない分、昼間に寝ることが多くなった。


 暗くないほうが安心する。


 

 昼食を食べ終わったころ、ドアがノックされる。


 ソニアが向かった。


 部屋の掃除かな?…


 ソニアの様子がいつもと違う。


「今ですか?…でも…」

「…」


 誰?誰かが来てる。


「それはわかります…それでもし…はい…」


 敬語。なんだろう、嫌な予感。


「リアン」

「なに?」

「ウィル様が会いたいって」

「だめ!やめて!」


 ウィルの事が嫌なんじゃなくて、こんなボロボロの私を見て欲しくない。ただそれだけ。


「リアン?」


 彼の声が聞こえた。何日ぶりだろう。


「入るよ」

「だめ!」

 

 ウィルの顔が見えた瞬間、私はシーツを被って背を向けた。


 もう、なんで?


 足音が近づいてくる。


 何かをチェストに置いたみたい。

 そしてベッドが軋む。


 ウィルはベッドに座ったみたいだった。


 彼は何も言わない。

 私も黙ったまま。


 部屋静まり返る。それが怖かった。



「リアン…ごめん…」


 ウィルが謝ってくる。


「なんで、謝るの?」

「君に、あんな光景を…回避する方法はいくらでもあったはずなのに…」


 光景…。

 

 血まみれのライアが、脳裏浮かぶ。その瞬間、体が震えるだす。

 私は、必死にその震えに耐える。


 震えてる姿なんか、ウィルに見せたくない!


 大丈夫…大丈夫…大丈夫だから。自分に言い聞かせた。



「あなたは、悪くない…悪いの私」

「君が悪いわけがない」

「全部、私が悪いのよ…私がこんなんじゃなかったら…ウィルを、ヴァネッサを心配させなくてすんだのに…」

「リアン。それは違うよ」

「違わない!」


 私は、シーツをはねのけて起き上がる。


「…」


 ウィルは真顔で私を見つめてきた。


「酷い…顔でしょ?」

「いや…うん…ごめん…」

「いいのよ。正直に言ってくれたほうがまだ気が楽」

「目が赤い。それに痩せた?」

「かもね…」

「ちゃんと、食べてほしいな…」

「うん…」


 強制しない彼の優しさが身にしみる。


「ものすごく久しぶりに顔をあわせた気がするよ」

「実際そうでしょ」

「体感的には何ヶ月もあってないような」

「大袈裟よ…」

「そうだね」


 彼の笑顔が眩しすぎて俯いてしまった。


「紅茶飲まない?マイヤーさんに入れてもらったんだ」


 ウィルはチェストに向かいポットからカップに紅茶注ぐ。


 紅茶だったんだ。


「どうぞ」

「ありがとう」


 カップを受け取る。


 良い匂い…。


「美味しい…」

「ああ」


 アルが入れてくれた、いつも飲んでる、いつもの味。



「私…どうしていいか…わけがわかなくて…」

「大丈夫。きっと、良くなるよ」

「いつよ、いつまで苦しまないといけないのよ…」


 目から溢れた涙が、紅茶の入ったカップに落ちる。


「リアン…」

「私の事はいいから…放って置いて…」

「そんなわけにはいかない。君がそばいてくれないと…」

「私はこんなだし…もう…」


 私もウィルのそばにいたい…いたいよ…。



「実は、ちょっと、考えている事があるんだ」


 彼が話し始める。


「二人でシュナイツを出て、どこかに行かない?」

「…は?」


 何を言ってるの?


「できるわけないじゃない…」

「できるよ。君の為なら」

「ウィル…」

 

 ウィルの顔は真剣そのものだった。


 嘘をつく人じゃないけれど、今回はどうみても嘘。

 なのにどうしてそんな真面目は顔なの。



「出てどうするの?どこに行くのよ…」

「どこでもいい。商売を始めるんだ。冬になったら、南へ行って、夏になったら北に向かう。二人で町や村を回り、商売をする」


 彼はそう言いながら、私からカップを取りあげチェストの上へ。


「お金を貯めて、小さな町の商店を開くんだ。季節を感じながら、ただ平穏に過ごす。畑で野菜を育てるのもいい。牛や鶏も飼おう」


 穏やかな笑顔で話すウィルの表情が、私にも伝染る。

 自然に笑顔になった。


「楽しそう…」

「楽しいよ。絶対、楽しい」


 楽しいかもしれないけど…無理だ。


「無理よ…そんな事、できっこない」

「君はそう望むなら、僕はそうする」

「どうして?どうして、そこまで私を…」



「君の事が、大好きだから」


 そう言って、私の手を握る。とても暖かい手…。


 そして、抱きしめられた。

 

 ウィルの言葉が全身を通り過ぎる。


 そして胸が熱くなった。



「ウィル…」

「大好きなリアンを笑顔にするためだったら、どんな事でもする。どんな犠牲を払っても」


 抱きしめられたまま、耳元で優しく話す。


「…」

「僕は真剣だよ。嘘は言ってない」

 

 ウィルと二人で商売。

 町や村を巡る。


 二人で平穏に…。

 

 なんて素敵な事…。


 彼となら、どこにいても辛くはない。

 ずっと…ずっと二人でいたい。


 だけど…。


「ウィル…ありがとう。わ、私もあなたの事、大好き。ずっと、前から」

「うん」

「あなたの提案は、楽しいだろうけど…いや、絶対楽しい。でも、それは出来ない」


 私は、彼の体を押し放す。放したくなかったけど。


「リアン?…」

「私は、ここを離れる事はできない。だって、私はシュナイツの補佐官だもの」


 そう私は補佐官で、ウィルは領主。


 これはどうやっても覆らない。


 この状況から、逃げてはいけない。

 逃げたからって、悪夢からも逃れなれない。

 


「リアン…あのさ…」

「何も言わないで」

「うん…」

「私のせいで…私がこんなだから、ウィルまでそんな考えして…」

「君のせいじゃない。君のせいじゃないから」

  

 ウィルがまた手を握ろうしたけど、私は手をシーツの下に隠した。


「リアン…」

「ごめん。私はシュナイツが大好きだから、あなたやヴァネッサ達がいるシュナイツが好き。私、頑張ってなんとかしてみせる。元気になって見せるから。だから時間を頂戴」

「時間はいくらでもある。けど…」

 

 彼の心配そうな顔に、私は精一杯の笑顔を返す。



「大丈夫、だから。食事は全部食べるし、一人で寝れるようにする」

「無理しなくていいから…」

「ええ、わかってる。全部、わかってるから…今日は、その…出て行って…」

「うん…」

「ごめん…ほんとに…」

「謝らなくていいよ」

「うん、ありがとう…」


 ウィルが立ち上がる。


「それじゃあ…」


 彼は躊躇し、中々動かない。


「明日…また来ていい?」

「いいよ」

「そう」


 そう、と言った彼の口調が、嬉しそうに聞こえた気がする。


「じゃあ、また明日」

「ええ」


 彼が部屋を出ていった。




Copyright(C)2020-橘 シン

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