02
――――出ないんだ。
「えっ」
ために溜めたダヴィ曰く、日中こちらから電話を掛けても出てくれないらしい。
一切出ない。
コール音は鳴るようだけれど、スマホ自体をどこかへ置いて離れてしまっているのか、お相手氏は微塵も出る気配がないという。
「でさ、わざわざ午前四時に起きて、その電話が来たら出てみるってのも変な話だろ?」
「え、変って……。どうしてですか?」
「だって俺、普段はその時間寝てるし。なんかイタ電野郎に生活リズムを操作されてるみたいで……なんだかその……癪だろ?」
「ぷはっ」
そんなバリバリ外国人っぽいナイスガイな見た目で「癪だろ?」とか言うダヴィに、雛数はちょっと噴き出してしまった。
先輩、意外と繊細くんだったのか。
ビビッてるのか?
とか、そういう感想を抱くのも無理からぬ話で。
「大体なんなんだよ。午前四時って。普通の人間なら寝てる時間だぞコラ?」
「まるで相手が未知の生命体であるかのような物言いですね」
「だってそうじゃないか? ……度々掛けてくるのも変だろ。もうお前の求めてる相手じゃないってわかったなら、電話するのは諦めろよって言いたい」
「ふっ……。まぁ、そうっすね」
「ああ~! これじゃ夜も眠れねぇよーー! 俺、最低八時間は寝たい人なのにーー」
多いな睡眠時間。普通六時間だろ。
と、雛数は心の中で静かに突っ込んだ。
「ふっ。……ソイツは見過ごせないっすね。ファイトです」
「ファイトじゃねぇよ……」
ダヴィは落胆していた。
もちろんそれは、今日が金曜日だからだ。
つまり、このまま帰宅し夜を迎えれば、また例のごとくイタ電野郎は明け方の四時頃に電話をかけてくる。
夜も眠れないと嘆くダヴィにとっては、おそらく今世紀最大の恐怖くらいに感じられていることだろう。
今だってモップをガタガタと震わせているではないか。
「まぁ先輩、最終手段で良い手がありますよ」
「良い手?」
「はい。簡単な手です。それは……」
◇
(助言が過ぎたかな……?)
雛数は、現在一人暮らししているアパートへの帰り道、自転車に跨りながらそんなことを考えていた。
あのまま助言をせず、ダヴィの苦悩する様をこれでもかと鑑賞していてもよかったのだけれど。
それはそれで悪趣味が過ぎると思い、良い手を教えてあげたのだった。
――――今日は電源を切って寝ればいいんです。
この助言に「ああ、そっかぁ!」と、無邪気な少年のように反応したダヴィも、雛数にとってはちょいと新鮮で趣きを覚えたものだった。
ただいかんせん事態はこれで解決したも同然。
『長谷川先輩の苦悩する様』という雛数にとっての一種のエンターテイメントは失われてしまったことだろう。
「まぁ困ってる人を見過ごすのも気が引けたしな」
雛数は独りごちて、アパートに到着すると、夕食、洗濯、入浴、と、いつものルーティーンをこなしベッドに伏した。
喫茶店のお客がほぼゼロだったにも関わらず、それでも身体は疲れていた。
日中、学校でたっぷり体力を使ったからだな。などと自己分析しているうちに睡魔がやってきて、彼はそのまま夢の世界へと没入していったのだった。
◇
「……」
――滝行中、失礼。
「は?」
――滝行中悪いが、ちょっと起きてくれないか?
「いや、……は?」
雛数は夢の中で滝行をしていた。
せっかく裸一貫で身を清めんとしていたところに、謎の紳士がやってきて、しゃべりかけてきたのだ。
ダバダバと物凄い量の水が雛数に襲い掛かってきている。
半端じゃない。
これでは通常、まともに会話などできないだろう。
「な、なんだ……? い、いい、今俺は、たたたた滝に打たれってててて」
――そんなことは見ればわかる。とりあえずその滝から出て、現実世界へ戻ってこい。
「現実? なんのことだ……? あっ」
さて、多くの者がそうであろうが、夢は夢だと自覚した途端に覚めるものである。
それはこの辻雛数も例外ではなかった。
謎の紳士さんに夢を夢だと暴露されてしまったその瞬間、雛数はいつもの自室の、いつものベッドの上で目が覚めたのだった。
「……」
(……夢か。……ていうか、どんな夢見てんだよ俺)
夢に対していささか疑問点が残るものの、とりあえずまだ外が薄暗いことをカーテンの隙間から確認する。
雛数がぺたん座りのまま、手元に置いていたスマホで時刻を確認すると。
午前三時五十八分。
日付はもう切り替わり、土曜日になって四時間が経とうとしていた。
(……あ、そういえば)
雛数は寝ぼけた視界の中でその時刻を見るなり、昨日ダヴィが言っていた妙な電話の話を思い出す。
先輩、ちゃんと電源落としたかな、とか。
そもそも掛けてきたのはどんな奴だったのか、とか。
とりあえず少し考えてみるだけでも、気になる点がたくさん浮かんでくる。
偶然、謎の紳士に起こされただけで、自分も本来だったら爆睡してる時間だろうなと感じた雛数は、スマホを手にしたまま再び横になる。
ばふっと音が鳴り、薄暗い自室の天井に目を向けていると。
(二度寝、いけるな)
次第に瞼が下りてくる。
もうあと数秒で、完全にまた眠りに就けるだろう。
今度は滝行なんてやめてくれ。
なんならちょっとエッチな夢であってくれ。
そう願っていたのだが……
――――♪~♪~♪
「え?」
手にしていたスマホから突如として着信音が鳴り響き、全然エッチな夢どころではなくなったのだった。
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