午前四時に、電話するよ。
つきのはい
01
「
「はぁ」
とある男子は、今日も今日とて喫茶店で叱られていた。
クシャクシャでゆるいパーマヘアの黒髪。
170ちょうどくらいの無難な身長。
細身体型で、筋肉質でもない体つき。
そんな彼の目の前に立ちはだかるは、昭和生まれのぶくぶくおじさん。
汗っかきなのだろう。
額には小粒の汗をかいており、メガネは二分に一回くらい彼の放つ熱気で曇っている。
二人の共通点と言えば、同じワインレッドカラーの制服に身を包んでいることくらいだ。
その中年のおじさんは、アルバイトの仲間うちでもっぱら『ウシガエル』『ガマ』なんてあだ名がつけられるほど、大変ふくよかな肉付きをしてらっしゃるが、一応はここの喫茶店『がまのふた』の店長で。
「うちに来るお客様はねぇ、もっと先回りして! さりげなく! スッマートに! 接客されたいって思ってるわけ。わかるかい?」
「す、すみません……」
(さりげなく、スッマートにね……)
言ってるそばからガマさんこそスマートじゃないだろ。体型とか体臭とか体毛とか。と、彼は心の中でツッコミを入れてしまう。
叱られていたこの男子、
週四日ほどは、この『がまのふた』のアルバイトに出ている。
バイトメンバーは全員で四人。
平日は一人か二人、休日は三人の出勤体制がシフトで組まれている。
本日は金曜日。アルバイトが二人出勤する日だった。
「大体、最近の若いのは身勝手なんだよなぁ。長谷川は昨日急にバイト休みたいとか言ってくるし、先週だって早川が……」
ねちねち、ねちねち。
ボンレスハムみたいな腕で窮屈そうに腕組みをしつつ、『ガマ』がそんな愚痴をこぼしていると。
「てんちょー、俺がどうしたんすか?」
彫りの深いクールな目元の男子が、お店の裏から飄々と入ってくる。
雛数の先輩アルバイター・長谷川ダヴィのご登場である。
イギリス人の母を持つハーフ男子で、髪はブロンドカラー。
瞳の色はスッキリ水色で透き通っており、おそらくバレンタインデーに泣いたことなんてないだろう見た目をしている。
「はっ……長谷川⁉ お前、今日休むって……」
「え? 俺そんな電話してないっすよ?」
「え?」
「……いや、マジで電話なんてしてませんけど……?」
「……」
三人の間にヒヤリとした沈黙が生まれる。
直後、ガマは慌ててポケットからスマホを取り出し、通話履歴を確認する。
焦っているからか、画面を何度も指でスワイプしており。
「……」
固まるガマに、雛数がボソッとつぶやく。
「店長……その電話の相手って、長谷川先輩じゃなかったんじゃ……?」
「ぐふッ……。すまん。……電話してきたの、早川だったわ」
「……」
◇
夕方から入る喫茶店のアルバイトは、そこから閉店の午後九時までの拘束。
ガマ店長、雛数、ダヴィの三人で接客や調理をこなすわけだけれど、地方にある喫茶店は土日以外基本的に無人であって。
「今日も暇だったねぇー」
「長谷川先輩、身体柔らかいですね。その拭き方とか」
午後九時。
店じまいに床やテーブルを拭きながら、雛数とダヴィはだべり続けていた。
ガマは店外で一服していて、今は店内に二人きりだった。
「これでも高校時代は体操やってたからな、俺」
「へぇ」
「うわ、興味なさそう。いいけど別にw」
「俺が同じように体操やってりゃ興味持ってたでしょうね」
「ほんとーかぁ~? 辻君は『それでも興味ないっすね』とかツンツンしそうだけど?」
「あー……否定できないっす」
「こらこらw」
雛数とダヴィは、この喫茶店のアルバイトで初めて知り合った仲だった。
専門学校も、雛数は建築系の、ダヴィは動物・ペット系の専門学校へ通っており、住んでる市町村も違っていた。
接点らしい接点なんてこれまでになかった。
学年もダヴィの方が一つ上で、雛数は初めて彼に会った時、その外国人らしいルックスから日本語が話せないのではないか、と危惧していたが、いざ話してみるとそれはとんだ杞憂に過ぎなかったことを思い知ったものだった。
「ガマさん、またタバコですよね」
「んー? そうだなー」
雛数はキッチンを貫いた先に見える勝手口に目を向け、そのままダヴィへと質問する。
ダヴィは剥がれかけた床のタイルにモップを押し当て、気になる汚れを取ろうとしているところだった。
そのまま、彼が熱心に床掃除を続けるのかと思いきや……
「そういえばさ、辻君。最近イタズラ電話とかかかってきたことある?」
「え? どうしたんすか、急に」
雛数はテーブル上でワイパーのように動かしていた手を止め、ダヴィの背中を見やった。
ダヴィはその180弱ある体躯を完全に起こし、モップを片手に振り返る。
「実は最近、俺のスマホにイタズラ電話がかかってきてて……」
「へぇー。……あ、それってもしかして保険会社の営業とかじゃ」
「いや、それもネットで調べたんだ。非通知じゃなかったから番号をそのまま検索して」
「なるほど。それで、引っかからなかった、と」
「ああ」
ダヴィはモップを肩に預け、喫茶店のおしゃれな制服のポケットからスマホを取り出す。
数秒して、彼は雛数に画面を見せる。
「これ」
「あー……普通に個人の携帯番号っぽいですね。フリーダイヤルとかじゃなく」
「ああ」
「……え? ていうか時間」
雛数は、着信履歴の横に小さく表示されていた時刻を見て唖然とした。
「ん? ああ。ビックリするよな。掛けてきてんの、……午前四時だぜ?」
◇
ダヴィによれば、そのイタズラ電話は、毎週土曜日の午前四時になるとかかってくるという話だった。
なぜかはわからないが、大体数十秒コールして、そのまま切れるらしい。
「先輩の知り合いじゃないんですか? かけ直せばいいような……」
「いや、俺も最初はそう思ったんだけどさ……」
「けど、どうしたんですか?」
「それが……」
「それが?」
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