第2話 シルバー用品
◆耳にタコ
粕原さんは若返った気持ちになっていた。ジャガイモを茹でていると、友人が顔を見せた。
粕原さんより、二つ年下だ。二つ違うと、話が合わないことがある。彼女は麦飯の味など知らない。
友人が尿洩れパッドを買いたい、というので付き合うことにした。
やはり、店内の音楽がピンクパンサーに変わった。毎回聴かされていると
(もっとほかの音楽はないのかいな)
と思う。
(今度、実名で投書してやろう)
人は言わないと分からない。
若い時、キャッシュディスペンサーの前に長い列ができていた。細長い通路に、三行か四行かの機械が置かれている。何人も並んでいるのに、空いている機械があった。列が一列なので、誰が考えても、起こりうることだった。
粕原さんはデパートに投書した。次に行った時、床に、銀行別のテープが貼られていた。導線を設けたのである。素早い対応だった。
◆お互い様
デパートの二階にシルバー用品コーナーがある。
そのデパートは比較的早い時期から、高齢化社会に対応していた。粕原さんたちには異次元の空間に思え、さっさと素通りしたものだった。
コーナーは混んでいた。何人も知っている人に会った。
(この人はすっかり年取ったなあ)
と思う。相手も同じような目で粕原さんを見ているという意識は、なかった。
粕原さんたちの後方は、レジから死角になっていた。
同年配の女性が、眺めていた白髪染めをさっと手提げに入れた。粕原さんは、女性の歩んできた人生に思いを馳せた。
◆御意見
「混んでまいりましたので、そこを開けてください」
店員が声を掛けに来た。
「入り口にいっぱいオムツ並べているけど、ドラグストアやないんやから、あれを減らして、我々が休憩できる場所でも作ったら」
粕原さんの言葉に、店員は「余計なお世話だ」と言わんばかりだった。
「それから、床にあまり商品置かん方がええで。年よりはつまずくから」
若い店員には、言っている意味が分かりかねたかもしれない。
いずれにしても、店に迷惑をかけるのはよくないことだった。
「久しぶりやから、コーヒーでも飲も」
粕原さんは三人でファミレスに入った。
◆福祉崩壊
「ほんまに物価が上がったなあ」
知り合いはぼやいた。
「ウチらの老後どうなるんやろ」
友人はまだ老後の域に達していないようだ。気持ちだけは若い。
「ウチは粕原さんと違うて、国民年金だけやろ。食べて行くのがやっとやし、動けんようになったら入れてくれる老人ホームあるやろか」
友人も悩みがないわけではなかった。もっとも、粕原さんにしても会社勤めは短かったので、厚生年金は微々たるものだ。
「そうそう、私のマンションでね。この間、詐欺事件があってね。一億数千万もだまし取られた人がいたのよ」
ニュースになっているような大事件が、知り合いの周辺でも起きていたのだ。
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