第二十話

「お前らも少しは手伝えよな……」


 赤龍との戦闘を終えた翌日。

 俺は散らかった寮の部屋を一人で片付けていた。

 二号は「アイリーン戦記」という有名な英雄譚を読んでいて、一号は未だ深い眠りについていた。

 ライラは土魔法で人形を作っていた。

 色付けはされていないので色合いは分からないが、身体的特徴から魔族であると推測できる。

 何故魔族を作っているのかと聞くと、ライラは「憧れの人だから」とだけ答えた。


 魔族というのは、無差別に人を襲う生き物だ。

 よって魔族はどの種族にも嫌われているという印象だったのだが、どうやらライラはそうではないらしい。

 彼にも色々あるのだろう、と俺は割り切って考えた。


 今日から、三人はこの寮に住むことになっている。

 もちろん寮監から許可など貰っていないので、コソコソしながらの生活となる。

 部屋から出る時は窓から、というルールももうけていた。

 はじめは長期間どこかの宿に泊まってもらうつもりだったのだが、これまでの出費を考えるとそれも難しいだろう。


「……マスター、自分の家は自分で片付ける。これ常識」

「汚部屋の原因になってるこの大量の本はお前が持ってきたんだけどな。……ていうかどこからこんなもの持ってきたんだよ」

「……図書館で借りてきた。あそこ便利」


 そういえば、と俺は二号が今朝寮から出ていたことを思い出した。

 どうやら図書館に行っていたらしい。


 俺はふと二号の腕を見た。

 そこには細く、しかし強靭な力を秘めた腕が確かにあった。

 赤龍の攻撃によって丸焦げになってしまった腕は、既に元通りになっていた。

 初回は無料だということで、受付嬢のレイカに回復魔法をかけてもらったのだ。

 冒険者ギルドの受付嬢は、その職に就く前に、最低限の回復魔法を覚えなければならないらしい。


「いやいや、でも流石に借り過ぎじゃねえか? 借りれるのは合計で三冊までって決まりあるだろ」

「……二号はそんなルール知らない。本棚からいっぱい取ってここまで持ってきた」

「……おい、それ誰かに止められなかったか?」


 何となく嫌な予感がして、俺は二号に問いかけた。

 二号は「……ん?」と首を傾げると、思い出したかのようにポン、と手を打った。


「……止められた。後ろから大人の人が追いかけてきてたから、全力で走って逃げた」

「窃盗してんじゃねえか! 今すぐ謝ってこい!」

「……嫌」

「お、お前な……」


 部屋の掃除が終わったらすぐに謝罪に向かおうと決意しつつ、俺は散らばった本を回収し始めた。


「そうだ、俺、お前に頼みたいことがあったんだ」

「……なに」

「この前の……あの赤龍に使ってた技。あれって俺にも使えるのか?」


 問うと、二号は微妙な表情をしながら「……まあ」と頷いた。


「じゃあそれ、俺にも教えてくれないか?」

「……なんで?」

「なんでって……ほら、昨日の俺、足手まといだっただろ?」

「……うん」


 二号は真顔のままコクリと頷いた。


 ……いや、確かにそうなんだけど、そこは否定してくれてもいいだろうに……。


「まあ、とにかく俺はそれが嫌なんだよ。自分だけ何もできないのが悔しいんだ。だから、頼めないか?」

「……」


 二号は考えるように数秒間黙り込んだ後。


「……分かった、いいよ」

「ほんとか!?」

「……その代わり」


 二号は部屋の一点を指さした。……そこにはただ壁があるだけだった。


「……?」


 二号の意図を察することができず、俺は困惑したまま彼女を見ていた。


「何だ? あっちに何かあるのか?」

「……ん。あの方向、何があると思う?」

「……」


 俺の背中を冷や汗がつたった。

 その指は、確かに定食屋の方角を指していた。



* * *



 定食屋で昼食を済ませた後、俺たちは訓練場へとやって来ていた。

 やはりお金は足りなかったので、後日必ず支払うと店長に泣きついて帰してもらった。


 俺は広い訓練場を見渡した。

 自主練など誰もしないため、この場所には一人の戦士もいなかった。

 二号は俺の前で仁王立におうだちし、座っている俺を見下している。


「……それじゃあ、早速始める」

「ウス! 二号師匠!」

「……」


 二号は何故か口元をモニュモニュとさせて頬を赤らめた。


「……もう一回」

「ウス! 二号師匠!」

「……もう一回」

「二号師匠!」

「……よし、あと二百回くらい言ってみようか」

「いい加減にしやがれ」


 我慢ならなくなって頭を叩こうとすると、二号は俺の攻撃をその抜群の俊敏性で回避した。


「……師匠に手を上げるなんて、マスターはどんな教育を受けてるの」

「お前が早く始めないからだろ」

「……せっかちだね、マスターは」


 ブツクサ言いながらも、二号は先ほどの定位置へと戻った。


「……じゃあまずは、魔力について説明する」

「そう、それをちょうど聞きたかったんだよ。お前、何で獣人なのに魔力を持ってるんだ?」

「……獣人にも人間にも、魔力はあるの。大体の人が魔力を感じられないから、使えないだけで」

「……ってことは、俺にも魔力はあるのか?」

「そういうこと」


 ビシッと俺を指さした二号は話を続ける。


「……ということで、まずは魔力を感じることができないとどうにもならない」

「……ほう?」

「……そこで、今から魔力を認識できる方法を伝授する」

「……ほう!」


 二号は地べたを指して言った。


「……そこに寝そべって、二号が今から言う事を叫んで。『大地だいしゅき! 将来は僕、大地と結婚しゅるんだ!』」

「言えるか、そんなもん!」


 バカなことを口走る二号に、俺は全力でツッコんだ。

 いくら周りに人がいないとはいえ、そんなことを叫べる年齢ではない。


「……強くなりたいなら真剣にやって」

「……え、ちょっと待てよ。これってマジなのか……?」

「……二号はふざけたことなんて一度もない。あの魔法覚えたいなら早くやって」

「ぐっ……」


 俺は渋々地面に寝転び、二号が口にした恥ずかしいセリフを繰り返した。

 その奇行に訓練場を遠目に見る人が増えていくのを感じながら、俺は叫び続けた。

 やがて喉が枯れかけたとき、俺は二号を尻目に見ながら言った。


「こ、これで本当に強くなれるんだよな?」

「……いや、別に」

「……は?」


 あっさりと否定した二号に、俺はキョトンとした表情をして起き上がった。


「い、いやいや、だって、これで強くなれるって……」

「……騙されるマスターが面白かったから。日ごろの恨み」

「こんのクソやろうがあぁぁぁ!」


 ていうか恨みってなんだよ! さっきご馳走してやっただろうが!


 感謝はされても恨みを買うようなことをした覚えはない。


 怒りのあまり腕を振り上げて殴りかかるが、二号は難なく俺の攻撃をかわした。


「……まあ、それは冗談として。本当の方法は別にある」

「……今度はちゃんとしてるんだろうな?」

「……もちろん。むしろ、これ以上の方法を二号は知らない」


 二号は静かに右手を広げた。

 彼女の手のひらの一点を見つめていた。


「……今この手には、魔力が流れてる。マスターには分からないだろうけど」

「ああ、確かに分からねえな。それが何なんだ?」

「……魔力を知るには、魔力に直接触れるのが手っ取り早い」

「つまり……?」


 問うと、二号は真顔でとんでもないことを言ってきた。


「……今から二号がマスターに魔力弾をぶつけ続けるから、耐えほしい」

「……え」




「うごっ……! ちょっちょっと待っ……ぐごっ……だ、だから少し待っ……ぐえぇ……!」


 二号の魔力弾をくらい、俺は情けない呻き声をあげた。


 魔力弾を浴び続けて既に五時間が経過していた。


 それほど強い魔力弾ではないので命には関わらないのだが、それでも多大な苦痛は伴う。

 現在、俺に何発の魔力弾が打ち込まれただろうか。

 とうに二千発は超えている気がする。

 夕暮れを過ぎ、空は暗くなっていた。


 魔力弾の合計が三千発を超えた頃。

 俺はようやく心臓部分に何かモヤのようなものを感じ取った。


「お、おい二号、もしかしてこれ……ぐえっ!」

「……」

「ちょっちょっと、話聞けって! おい、二……ぐほっ……!」

「……」

「だから、おい、一旦止ま……ぐべっ……!」

「……」

「殺す気かっつーの!」


 何とか魔力弾の地獄から抜け出し、俺は二号の頭を叩いた。


「ていうか、何で俺は必死に耐えてるのに、お前は呑気に読書してるんだよ! 途中から股間にしか当たってなかったんだが!? せめて俺の方を見てから魔力弾打ちやがれ!」

「……暇だったから。今度から気をつける」


 二号の相変わらずな様子に俺は嘆息した。


「……それで、魔力は感じ取れた?」

「おう、多分な。心臓にモヤみたいなものがあるのは分かったぜ」

「……ん。なら上出来」


 二号は本を閉じると、そのまま大地に寝転んだ。


「それじゃああとは、こうやって寝転んでみて。魔力を感じられるから」


 二号に促され、俺は彼女の隣に仰向けに寝転んだ。


 先ほどまでは何も感じなかったが、今なら分かる。

 地中をうごめくモヤを……魔力を、俺は確かに感じ取った。


「……地中にある魔力を自分の腕に移動させて。これは簡単、イメージするだけだから」

「移動って……そんなの可能なのか?」

「……もちろんできる。マスターは魔力が小さすぎるから、自分の魔力であの攻撃をしたら一回で枯渇する」

「失礼な……。いや、確かにそうなんだろうけど」

 

 俺は二号の指示通り、右手に魔力を集めた。

 魔力の動きは分かるので、それを操作することは容易い。

 地中に流れる魔力が心臓部分へ到達……そして血液に含まれる魔力が腕を巡るのがありありと分かった。


「……そして、あとは集めた魔力を開放するだけ。空に向けて放ってみて」

「……ふん!」


 瞬間、紫色の魔力が空中に放たれた。


「……」


 俺は唖然としたまま空を見上げていた。

 驚愕の表情を浮かべたまま、二号に視線を移す。


「……これは、成功なのか?」

「……うん。初めてにしては上出来」


 俺の右手から放出した紫色の閃光は一直線に伸びていき、やがて巨大な雲をも切り裂いていた。



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 伏見ダイヤモンド

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