第十七話

 お目当てのスライムが生息するというリベリオ山脈は冒険者ギルドからはなかなかの距離があり、聞いたところによると徒歩二時間はかかるらしい。

 当然ながら山道も多く、道も整備されていないため歩くのにも一苦労だ。


 それにもかかわらず、俺の両手には二つの鞄がぶら下げられてあった。

 これは常日頃からズボンのポケットに入れてあるもので、スライムを討伐した際に得られるという魔法石を入れるつもりだった。

 しかしそこには今、果物がわんさか入れてあった。

 目的地へ向かう道中で遭遇した村の老婆に、おすそ分けとして貰ったのだ。


 そこまでは良い……そこまでは良いのだが……。


 山登りから三十分が経過したころ、俺はついに我慢ならなくなって口を開いた。


「おい、この扱いはあんまりじゃないか? 一応俺、お前たちの主なんだが」


 先を進む三人に、そのあとを懸命に追う俺。

 一人で重い荷物を背負い、山道を登っていた。

 三人は、しかし悪びれる様子もなく、悠然と言い放った。


「……二号が荷物持ってて、急に魔物が襲ってきたら誰が戦うの」

「お前さん、ジジイにそんな重いものを持たせるのか?」

「ア、アタシは……フーッフーッ……ちょ、ちょっと今キツイ……ゼェゼェ」

「くっ……」


 俺は言葉に詰まり、悔しげに呻いた。

 三人ともしっかりとした理由があるばかりに、これ以上俺は何も言えない。

 最後の一号に至っては、手伝わせるのが可哀想とさえ思ってしまった。


「はいはい、分かったよ、分かりましたよ。持てば良いんだろ。ていうか一号は無理に喋らなくていいから」


 お前はどんだけ疲れてんだよ。まだ出発して三十分も経ってないんですけど。


 俺はため息を吐き、肩に下げていた鞄を地面に下ろした。


「荷物は俺が持つから、さすがに休憩しないか? さっきからずっと歩きっぱなしだしよ」

「……そんなこと言ってたら夜になる。スライムは日中しか活動してないから、急がないといけない」

「いや、そうは言ってもよ……」


 俺は「ゼェゼェ、フーフーッ」と激しく息をする、一号を尻目に見た。


「一号もこんなだし……そうだ、腹も減っただろ? ここでさっき貰った果物でも食おうぜ」

「……ん、それならしょうがない。腹が減っては戦はできぬ、だから」


 驚くほどあっさり、二号は近くの岩に着席した。

 どうやら食べ物には簡単に釣られるらしい。……今度からこの手は多用するとしよう。


 三人で岩の上に腰掛け、先程貰った林檎をかじる。

 林檎は旬の季節ではないはずだが、さっぱりとした舌触りからは新鮮さが感じられた。

 高い標高の風に当たり、涼む。


 そんな中、少し離れた場所に一面に咲いている、見たこともない青色の花が俺の目に止まった。


「ん? 何だあの花……。何か気味悪いな」

「ああ、それ、水の花ってんだ。何かの魔物に効くんだったな」

「魔物? 何の魔物だ?」

「……あー、何だったけな。すまねえ、忘れちまった」


 頭を掻いてそう言う一号に俺は聞いた。


「あれは魔物に有効なんだろ? てことは、売れるのか?」

「いや、それは知らねえけど……まあ、売れるんじゃないか?」

「まじか! じゃあいっぱい摘んで帰らないとな」


 三人が果物を頬張っている間、俺は辺り一面に咲く水の花を摘み始めた。

 そして気がつけば、鞄一つに山盛りに詰まっていた。


「主、さすがに取りすぎだろ。そういうの、貧乏人みたいだからやめた方がいいぜ?」

「実際貧乏人なんだよ。主にお前らのせいでな」


 ジト目を向けるも、一号は全く察した様子もなく、小首を傾げて果物を口にしていた。

 そしてふと何かに気がついたらしく、岩場からどこか遠くを指さして言った。


「なあ、あそこにいるのって、クエストの張り紙で見たスライムじゃないか?」


 その方向に目を向けると、そこには確かに例のスライムがいた。

 見た目が青く、丸いフォルムの普通のスライムだ。


 しかし、と俺は首を傾げた。


「いやでも、目的地まではまだだいぶ距離があるぜ? 何でこんなところにいるんだよ……」

「近くにいたんだから何でもいいだろ。これ以上、山は登りたくねえし……。それよりほら、早く討伐して帰ろうぜ」


 非戦闘員の一号が付近に落ちていた木の棒を持ってスライムへと駆けた。

 それを俺たちは遠目から見守っていた。

 一号はスライムのもとへ辿り着くと、嬉々として木の棒を振り上げた。


「……あれ?」


 しかし、スライムは素早く動いて一号の攻撃をかわした。

 一号がいくら運動音痴とはいえ、今の攻撃は当たらないわけがなかった。

 そもそもスライムが避けられるわけがないのだ。

 スライムは行動速度が最も遅い魔物として知られている……はずだった。


 ……何かがおかしい。


 考え込んでいると、そのスライムはそのまま逃げて行ってしまった。

 スライムが進むスピードは異様に早く、本気で走らなければ追いつけないほどの速度だった。

 花をパンパンに詰めた鞄を持ち、俺は考え込みながらもとりあえずスライムの後を追う。

 二号とライラ、そして避けられたことにショックを受けていたのか、固まっていた一号も走り始めた。

 しかし一向に距離が縮まる様子はなく、何故か引き離されていくばかりだった。


「なあ、スライムってこんなに速かったのか? あの速度は尋常じゃねえぞ」

「もしかすると……ゼェゼェ、新種なのかもな……フーッフーッ」

「新種じゃと? ……まあ、あの速度なら確かに新種のスライムかもしれんな。……というかお前さんたち、老人を走らせるでないわい」

「……皆、貧弱」


 四人でそのまま追いかけていくと、遠く離れたスライムが洞窟の中に入っていくのが見えた。

 俺たちもあとに続いてその洞窟へと足を踏み入れていく。

 洞窟の最奥にまで入っていくと、何故かその場で立ち止まっているスライムがいた。

 そしてスライムの目の前に立ち塞がるのは___行き止まりだった。


 一号が肩で息をしつつスライムに歩み寄る。

 俺もそれに続いた。


「へへ、つ、ついに追い詰めたぜ……。 む、無駄に走らせやがってよ……」

「ほんとだよ、このクソスライム。お前なんて、今すぐゼリーにして食ってやってもいいんだからな」


 しかしそれを、後からやって来たライラが止めた。


「……待て、ユウ殿と1号殿。様子がおかしい」

「……あ?」


 見れば、スライムの身体がボコボコとうずき始めていた。



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 伏見ダイヤモンド

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