第十六話

 受付の脇にある少し大きめの石を指し示して、受付嬢は言った。


「この魔法石に、手をかざしてください。これは身体能力から魔力の総量まで、ありとあらゆる情報の合計値を知ることができる装置です」

「……? えぇと、何の合計ですか……?」

「すいません、分かりにくかったですね。簡単に言うと、自分の戦闘能力を数値化できるのです」

「ほぉ、最近はそんなものまであるのか。どれ、ワシから測るとするかの」


 ライラが先陣を切って手をかざすと、手の甲に数字が表示された。

 受付嬢がそれを読み上げる。


「はい、70です。高いですね、何かなされていたんですか?」

「おお、昔は魔法使いをしておった。まあ、魔法を戦闘面で使ったことはほとんどないんじゃがな」

「……あの、この数字の基準がまだよく分からないんですが。70はすごいんですか?」


 手を上げて質問すると、受付嬢は「ああ」と声を漏らし、説明を始めた。


「表示されるのは100までの数字です。ちなみに平均は50。80以上で騎士レベル、20以下は鼻水を垂らしたまま半袖半ズボンで虫を追いかける、近所の子供レベルとなっております」


 やけに具体的……ていうか辛辣しんらつだな。

 彼女は近所の子供が嫌いなのだろうか。


「20以下は今まで出たことがあるんですか?」


 そんな俺の質問に、受付嬢は笑って首を振った。


「いませんよ、そんな人。だって近所のクソガ……子供レベルですよ? いるわけないじゃないですか」


 どうやら本当に子供が嫌いらしい。

 何かされた過去でもあるのだろうか。……あるんだろうな。


「冒険者登録ができるのは十五歳からですから。これまで出た中でも、最低は30とかでしたよ」


 受付嬢は魔法石を差し出してきた。


「それではどうぞ。兵士様なら、80以上あるかもですね」

「いやあ、どうでしょう。まあ、鍛えてはいるので自信はありますけど」


 俺は上機嫌で魔法石に手をかざした。


 ……表示された数字は20だった。


「……20です」

「え?」


 受付嬢はキョトン、とした表情を見せた。

 聞き返された俺は、顔が熱くなるのを感じながら。


「……20です」

「20……」


 受付嬢はその数字を繰り返し。


「ブフッ」

「え?」

「あ、す、すいません、つい……」


 慌てて俺から目を逸らし、用紙に何かを書き込む受付嬢。


 ……今、「ブフッ」って聞こえた気がしたんだが。

 もしかして馬鹿にされたんだろうか。

 いや、気のせいだよな。そうだよな……?


 そうして、続く1号と2号も測定を終えた。


 1号の数値は俺と同じ20だった。

 受付嬢は微かに意外そうな表情を見せていたが、とくに吹き出したりすることもなくかった。

 意外そうな表情をしたのは、1号の見た目からは想像できない数値だったからだろう。


 2号の手の甲に表示された数字は82で、受付嬢に酷く驚かれていた。

 「兵士様よりも高いじゃないですか! 騎士団を目指せばいいのに!」とか言いながら、俺の方にチラチラと視線を送ってきたのにはさすがに腹がたった。


 全員が測定し終わり、受付嬢はカードを書いている最中、俺に質問を投げかけた。


「ちなみに、兵士様の数値は……ブフッ、いくらでしたっけ。冒険者カードに記入しなければいけなかったのに、忘れてしまいまして」

「……20です」

「ブフッ」


 再び、今度ははっきりと吹き出した受付嬢。

 俺は顔を真っ赤にしたまま肩を震わせた。……覚えたからな、その顔。




「それではカードの記入は終わりましたので、手数料のご提示をお願いいたします」

「ああ、はい」


 受付嬢に言われ、俺はポケットから財布を取り出した。

 財布を開き……そして俺はフリーズした。

 お金が一切入っていなかった。


「おい、どうしよう一号。金がない」

「はあ? じゃあ冒険者登録できねえじゃねえか。ていうか何で入ってないんだよ、金の管理は大事だぜ?」

「お前らがさっきの定食屋で馬鹿みたいに食べるからだよ!」

「……マスター、しっかりして。お金がないのに何でギルドに来たの?」

「お前だけには言われたくねえよ!」


 キョトンと可愛らしく小首を傾げる二号に本気でいらつきつつ、しかし殴ってしまえばやり返されることは明白なので、俺はツッコミだけで踏みとどまる。


「お金がないのであれば、一般の方でも受けられるクエストがありますが……」


 受付嬢が手渡してきたのは、「スライムの討伐!」と元気よく書かれた一枚の用紙だった。

 どうやらこれがクエストというものらしい。

 受付でクエストを受理し、それを達成すれば報酬がもらえるという仕組みである。


 しかし、スライム討伐か。


 皆の反応は、と後ろを振り返り。


「最初の獲物はスライムか。まあ、相手としては不十分だが、準備運動として丁度いいかもな」

「……二号の英雄譚の一ページ目はスライム討伐。ふふん、悪くない」

「これが魔王討伐への第一歩、か……。確かに、なかなか悪くないんじゃないかのう」


 ……うん。とりあえず文句はないようだった。


「でもスライムって、そろそろ活動時間外じゃなかったか?」


 その一号の言葉を聞いて窓の外を見ると、空に赤さが増していた。


 スライムは朝から夕方まで……つまり日中しか活動をしない。

 それ以外の時間は地中に籠もって睡眠を取っているのだと1号は言った。


 俺は受付嬢にクエストを受理してもらい、早速ギルドを出ていった。


「あ、それと___」


 背後から受付嬢の声が聞こえた気がしたが、早く行かなければと焦っていた俺たちは足早にギルドから出ていった。



* * *



「あ、それとあの辺りには最近、初心者殺しをする魔物も生息しているので___って、もういない……」


 クエストを受理し、注意点についての説明を行っていると、先ほどまで目の前にいた四人組が消えていた。

 よほど張り切ってクエストに向かったのだと受付嬢ことレイカは推測した。


「大丈夫かしら……まあ、大丈夫よね」


 スライムには豆粒ほどの知能しかない。

 故に、逃げるふりをしてどこかへ誘導する、といった行動をするスライムは偽物。


 これは数年ほど前に解明された事実で、当時は新聞でも大々的に報道されていた。

 つまりこれは、万人が知っている一般常識である。


 だからよほどの無知でなければ、心配はいらないはずだ。

 もしもそのことを知らず、その偽物スライムを追ってしまえば最期、スライムに化けた魔物の戦闘において有利な場所へと連れて行かれ、狩られてしまうのがオチだ。

 

「それにまあ、今あの森には騎士団もいるしね」


 現在、魔物の調査のためにリベラル山脈へおもむいている騎士団のことを思い出し、レイカは少しばかり安堵した。


「それにしても、今日のあの兵士の子……。戦闘力20って……ブフッ。そんなヤツいないわよ」

「受付のお姉さん、何笑ってるのぉ?」

「……ッ」


 思い出し笑いをしていると、誰かから不意に話しかけられた。

 その聞き覚えのある声に反応し、身体をビクつかせるレイカ。

 見れば、受付の前には最近よくこの冒険者ギルドを訪れる、近所のクソガ……じゃなくて子供が立っていた。

 またか……とレイカはげんなりとした。

 しかしそれを表には出さず、笑顔で対応した。


「ん、んん! なんでもないわよ」


 咳払いをして誤魔化すと、その子供……もとい近所に住むクソガキは、バカにするようにレイカを指さして笑い出した。


「なんでもないのに笑うの!? 変な人!」

「……ははは、そうね、変な人ね」


 こんのクソガキがあぁぁぁぁ!

 

 レイカは目の前のクソガキをタコ殴りにする想像をして、何とか怒りを抑えることに成功した。



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 伏見ダイヤモンド

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