第十五話

 冒険者ギルドは、宿屋付近にある定食屋からは少し離れており、徒歩二十分ほどの場所にあった。

 少し標高の高い場所に建設されているため、当然登り坂や階段も多い。

 体力に自信のある二号や、身体強化魔法を扱うことができるライラとは違い、運動神経の悪い俺と一号は額に汗をびっしょりと掻きながら登りきった。


 冒険者ギルドが建設されたのは今から随分前なので、やはりと言うべきか見た目も古っぽかった。

 王都なので財力はあるはずなのだが、改築する予定はないのだろうか、などというどうでもいい考えが頭に浮かんだ。

 中に入ると、むさ苦しい空気感が俺たちを襲ってきた。この空間のみ、酒や煙草の臭いで充満していた。

 室内は予想していたよりも大きかった。大人二百人程度なら余裕で入るだろう。

 最奥に受付があり、左手にクエストが張り出してある看板があり……そして右手には飲み屋があった。

 クエストを終わらせ、儲けたお金で打ち上げなるものを開催している冒険者が大勢見られた。……正直なところ、暑苦しい。すごく暑苦しい。


 今日は冒険者登録をしに来ただけなので、それが終わったらすぐに帰ろうと決意しながら、俺は二号に向き直った。


「あの真ん中にある受付で冒険者登録ができるから。ほら、早く行ってこい」

「……マスターは来ないの? 一人じゃやり方が分からない」

「え? あ、ああ、そうだな。でも俺は食器洗いで疲れちゃったから、あんまり動きたくないかもな」

「……あんなむさ苦しくて酒臭い場所には行きたくねえんだとよ」

「おいやめろ、心の声を音読してんじゃねえ。ほら二号、さっさと行ってこい」


 顔色を悪くしながらも余計なことを口にする一号を黙らせ、俺は二号に冒険者登録を済ませてくるように言った。


 冒険者ギルドは予想以上に混んでいた。

 これまで何度か訪れたことはあるが、これがこの場所の普通なのだろうか。


「ん? おい主、二号が戻ってくるぞ」

「え、もう終わったのか?」


 二号が俺たちの元を離れてから、まだ数分しか経過していない気がするが……。


 二号はトテトテとこちらまで来ると。


「……え、は?」


 そのまま俺の腕を握り、正面の受付まで連れて行った。

 状況をよく把握できていない一号とライラも後に続く。


「ちょっ、おい、どうしたんだ___って痛い! 折れる折れる、何しやがるてめえ!?」

「……マスター貧弱。ちょっと握っただけ。……枝かと思った」

「やかましい! これでも鍛えてんだよ! ……ていうか、どうしたんだ? 冒険者登録はもう終わったのか?」

「……できなかった」

「できなかった……?」


 「なんで?」という疑問を口にする前に受付の前にたどり着いた俺は、冒険者ギルド規定の制服を着用した受付嬢にその疑問を問うた。


 曰く、最近の駆け出し冒険者は一人でクエストを受けて死亡するというケースが多かったため、あらかじめパーティーでないと登録できないという規定が追加されたのだそうだ。


「ちなみに、パーティーの人数は何人であればいいんですか?」

「四人です。それくらいの人数がいれば、よほどのことがない限りクエストで死ぬことはないだろうと……」


 四人……。


 俺は周囲を見渡した。


 一号、二号、ライラ……だめだ、一人足りない。


「いやいや、何で主を抜いてんだよ」


 そんな声がどこからか聞こえた気がしなくもないが、俺はスルーを決め込んだ。


「もしよろしければ、こちらにいる四名で冒険者登録をされますか?」

「え、いや、でも俺……一応王国兵士だし……」

「兵士なんですか!? それなら尚更、いいじゃないですか! 冒険者は常日頃から人手不足なんです。既に経験を積まれている方に冒険者になっていただければ、こちらとしても嬉しいのですが……」

「でも、冒険者になって緊急クエストが発令されると、どんな状況でも駆けつけなければいけないって聞いたことがあるんですけど……。一応門番とかの仕事もあるんで、やっぱり厳しいかと……」

「いえいえ、緊急クエストは別に義務ではないですから。普通のクエストよりも得られる料金が高いので、皆参加してくださるだけですよ」

「うーん……」


 しかしなぁ……。


 俺は悩んだ末、他の三人に聞いてみることにした。


「おい、お前らはどう思う?」


 チラリ、と後ろにいる三人組を見てみると。


「主、知ってるか? ドラゴンを倒すには、岩に刺さってる聖剣が必須らしいぜ。……ん、なんだこれ、全然抜けねえ。でもアタシの真の力にかかれば、こんなもの……」

「……二号、実は伝説の英雄様に憧れてるの。昔、本で読んだ英雄様みたいになりたい。……ねえ、やめてよ皆、そんなに褒めないで」

「国の勇者としてあがめられたらどうしようかの。……おっとこれこれ、それに触るでない。それはワシが魔王を倒した時に使っていた伝説の杖じゃからな」

「なんでもうそんなところまで話が進んでるんだよ。妄想から帰ってこい」


 ついでに魔王はもう既に死んでるから諦めろ。……大昔から世界に恐怖の渦を巻き起こした魔王でさえも、病気には勝てなかったらしい。


 突然猿芝居を始めた三人の肩を揺らして夢から強制的に覚めさせる。

 三人は俄然やる気に満ち溢れていた。

 俺を期待の眼差しで見つめ、キラキラと目を輝かせている。


 そんな中、ライラは俺の袖を引っ張り、か細い声で言った。


「ワシはどうしも魔王を倒したいんじゃ。……ダメ、かの……?」

「だから魔王はもう死んでるんだっつーの。あとオッサンの上目遣いなんて需要ないから今すぐにやめろ」


 俺は背中にゾワゾワとした寒気を感じながら、腕を振り払った。


 三人もなんだかんだ嫌がっている様子はない……というか完全にやる気みたいだし、今の話を聞いている限りこの仕事は自由度が高そうなので俺にもできるだろう。

 副業くらいに考えて、やってみてもいいのかもしれない。


「じゃあ、登録お願いします」



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 伏見ダイヤモンド

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