第十四話

 俺は目の前に座る二号の食いっぷりを見て、顔を引きらせいた。

 どれだけの金額になるのだろうと想像し、ヒヤヒヤとさせられる。

 二号の隣には一号が座り、俺の隣にはライラが座っていた。

 この二人もよほど腹が減っていたのか、肉を頬張る手が止まらない。

 二号ほどではないが、常人が食べる以上の量を胃袋に投げ込んでいた。

 三人を尻目に、俺はこの店で一番リーズナブルなサラダをモソモソと咀嚼そしゃくし始めた。



 あの後……礼拝堂を出た後。

 一号、二号、そしてライラの三人をとりあえず近くの宿屋に泊まらせた。

 精神的にも肉体的にも疲労困憊ひろうこんぱいに陥っていた俺は、まだ興奮状態の三人に「これからのことはまた後で考えよう」とだけ言い残し、寮へと帰宅した。


 そして数時間の仮眠の後、再び宿屋にやって来たのだ。

 三人はまだ一睡もしていなかったようで、昨晩はずっと話し込んでいたのだとライラが教えてくれた。何について話していたのかは分からないが、楽しかったのなら何よりだ。


 とくに疲れている様子もなかったため、このまま今後のことについて話し合いをしようとしたのだが、二号が平手をこちらに向けてそれを制した。

 「何かあるのか?」と不思議に思っていると、二号は俺をジロリと睨みつけ……。


 「……約束。ライラが入ってた檻を壊したら、あそこにまた連れてってくれるって、マスター言った」


 話をする前に、先日訪れた定食屋にもう一度連れていけと言うのだ。

 

「いや、確かに約束はしたが……」


 前回の二号の食いっぷりを思い出して、俺の頬はピクピクと動いた。


 あの一回の外食で、俺は財産の半分以上を失ったのだ。

 一号と二号を奴隷市場で購入した代金だけじゃない、奴隷契約代や今日の宿代を合計すると、俺の今月の給料ではとても払いきれないような金額になっていた。

 貯金がいくらかあったのが救いだ。

 来月の給料日はまだ先……今月をどうやって乗り切ればいいのやら。


 やんわりと断ろうとしていたのだが、それを悟ったのか二号が泣きそうになっているのを見て、今更駄目だとは言えなかった。

 そして数分間は苦慮くりょしていた俺だったが、「まあ、約束したからな……」と何度も自分に言い聞かせ、宿屋から徒歩数分の場所にある定食屋へとやって来たのだ。

 

 そしてやはり、俺の嫌な予感は的中した。

 席につくやいなや、二号は莫大ばくだいな量の料理を注文したのだ。

 フードファイターが二十人いたとしても、彼女には歯が立たないだろう。

 俺は帰りに店の皿洗いを申し出て支払いをまけてもらおうとを決意し、改めて今後についての話し合いをすることにした。


 そこでまず、俺は一号と二号と同様、ライラに自身の生い立ちについてを話した。


「だから俺は王族を失墜させるために、何とか奴らが裏でやってることを突き止めたいんだ」

「ほぉ、なるほどのぅ」


 しかし話を聞き終えたドワーフは、興味なさげにそう相槌あいづちを打っただけだった。


「確かに、そりゃ大変そうじゃな」

「……なあお前、話聞いてたのか? 死んだら過去に戻ってたんだぞ? もっと驚かないのか?」

「不服かの?」

「いや……」


 ライラは俺が死んだと聞いても全く驚く素振りを見せなかった。

 ふぅ、と息を吐き、ライラは椅子に深く腰掛けた。


「そりゃあ、まるっきり信じられるわけじゃないさ。死んだら半年前に転生しただなんて、常人ならお前さんの頭がおかしくなったとでも思うじゃろうよ。ワシだって少し思っておる。死んだら終わり、過去に戻るも何も無い。……じゃが、お前さんに協力すると約束したのはワシじゃからな。信じる信じないにせよ、ワシに端っから拒否権なんてないんじゃよ」

「……」


 死んだら終わり、過去に戻るも何も無い。


 確かに、そう考えなかったことがなかったわけじゃない。

 これまでのこと……つまり、リンに裏切られて死刑に処されたのが全て夢だったのではないか、と思う時期が俺にもあった。


 しかし、俺の首には確かにあの時の感覚が残っているのだ。

 首を切断されたときの痛み、冷たさ、そして後に来る熱さ……それらを俺は忘れてはいなかった。


 俺は黙ってレタスを頬張り、頭の中で一人、これからの計画を練り始めた。


 三号から聞いた話だと、次にあの地下室に貴族が来るのは一ヶ月後。

 だからこの件に関して言えば、今はできることはない。

 貴族が来るのをただただ待ち続けるしかないのだ。

 下手に動いて何か問題を起こして、貴族があの地下室を訪れる日程が変更されるのだけは避けなければならない。


 そして、リンからの情報収集。

 彼女とは先日密会したばかりなので、次に会うのはまた一週間ほど先だ。

 現時点で、俺に近しい人間の中で、王族の悪行に関する情報を持っているのはリンくらいのものだろう。


 そこで、俺は一号とリンと引き合わせればいいのでは、と考えていた。

 一号ならば、リンの心の内を覗くことができる。

 そうすれば、王族が裏で何をやっているのかを暴くのは非常に容易い。

 

 真相が……王族の秘密が分かるのは、これからあと一週間後。

 つまり、それまでは俺にできることなど何もない。


「いや主、それは違うだろ。やることはあるだろ」

「……一号、びっくりするから心の声に反応するのはやめろ」


反射的に身体をビクつかせた俺は、ピザをグルグルと巻いて頬張る一号にジト目を向けた。……何だその食べ方。


「それで、やることってのは何なんだ? まだ何か残ってるってのか?」


 口についたケチャップを拭ってやりながらそう聞くと、一号はコクリと頷いた。


「前に、二号の王都内での地位を上げる、みたいなこと言ってただろ?」


 ああ、そういえば……と俺は今更ながらに思い出した。

 貴族との接触の機会を増やすため、二号には早くSランクの冒険者になってもらわなければならないのだ。


「そうそれ、冒険者になって、Sランクを目指すってやつだ。……ほら、やることあっただろ?」

「だから心の声に反応すんなっつーの。でもまあ、確かにそうだな。時間もないし、急いだほうがいい。……それじゃあ、食ったら早速冒険者ギルドに行ってみるか」


 俺がそう言うと、それぞれが料理を頬張りつつ頷いた。

 しっかりと聞く素振りは見せているのだが、彼女らの食べ物を掴む手は一向に止まらず、二号に至っては目で追うこともできなかった。


 ……うん、まあ良いんだけど、どんだけ食うんだろコイツら。


 全員が食べ終わり、会計のためにレジに向かうと、やはりと言うべきか、金額は全く足りていなかった。

 「時間がかかりそうだからと外で待っている」などとのたまう薄情な三人組を送り出し、俺は数時間の皿洗いを終えてから店を出た。


 空は既に紅色に染まっていた。


「……俺、サラダしか食ってないのに」


 店の前でトランプをしていた三人を眺め、俺は悲痛な面持ちで呟いた。



____________________



 最後まで読んでくださりありがとうございました!

 評価や★、コメントなどで応援していただけると嬉しいです(_ _)


 伏見ダイヤモンド

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る