第十三話

 はしごを下りると、そこには石造りの長い廊下が続いていた。


 鞄からランタンを取り出し、戦闘を歩く二号に手渡す。

 三人で頷き合い、二号のあとを一号、俺の順に細長い通路を歩いていく。


 特に罠などはなく、わずか数分で通路を抜けることができた。

 暗くてよく見えないが、先ほどよりも広い空間であるように思う。


 二号からランタンを受け取り、俺は辺りを見渡した。

 四方二十メートルほどの広さで、天井は五メートルほどの高さにあった。


 しかし、問題はそこではない。

 俺の視線は部屋のそこかしこに置かれている檻に釘付けになっていた。

 そこには魔物、魔獣、獣人などが入れられていた。

 しかし、誰一人として騒ぐ様子はない。


 俺はランタンを手に、一つの檻に近付いた。


「……これは、奴隷か? 寝ているのか?」

「奴隷なのは間違いないようだぜ。右腕を見てみな、紋章がある」


 言われた通り、檻の中にいる獣人の右腕を見てみた。

 そこには花柄の模様が刻まれていた。

 これは紋章と呼ばれるもので、奴隷との契約を証明する印である。

 ふと一号の右腕を見ると、同じような模様がほどこされていた。


 ともかく、これで教会が奴隷を地下室に収容しているのは確認できた。

 できたのだが……。


 俺は胡座あぐらをかき、その場に座り込む。顎にそっと手を添えた。

 前述したように、これは何か考え事をするときに多用する仕草だった。


「……ふむ」


 いくつか、どうしても分からないことがある。

 まず、なぜ教会の地下に奴隷なんて閉じ込めているのかということだ。

 王族は何をしようとしているのか。

 奴隷を一体どうするつもりなのか。

 それは今いくら考えても分かることではない。

 圧倒的に情報が足りていないのだ。


「地下闘技場で戦わせる、とかか……?」


 地下闘技場で奴隷同士を戦わせるという話は珍しくない。

 貴族連中が賭け事をするためによく行っている、という話も何度か耳にしたことがある。

 だが、それは別に王族が失墜するほどの犯罪でもない。

 奴隷というのは主の所有物という扱いになるため、本来どんな扱い方をしても問題にはならないのだ。……殺さない限りは。


「……殺さない限り?」


 自身の頭の中で出てきた一文を、口に出して繰り返した。

 頭の中で何かがひらめいたような気がした。


 つまり、殺されているのか……?


 王族が行った悪行というのは、彼らの巨大な権力が失墜するほどのものだ。

 奴隷を殺していてもなんら不思議ではない。


「いや、これはあくまでも仮定の話だ。決めつけるのは良くない」


 では仮定として、王族の手によって本当に奴隷が殺されているとしよう。


 でも、だとしたらその目的は何だ……?

 ストレス発散のために殺している、とでも言うのか?

 あまりしっくり来る解答ではない。


 考え込んでいると、右隣の檻に入っていた小人と目があった。

 フサフサとした黒髭を生やしており、身長は俺の半分ほどしかない。


 こいつは……ドワーフか。


 ドワーフは今俺に気がついたのか、ギョッと目を見開くと、驚いたような……そしておびえたような表情で後退あとずさった。


「……ヒッ! こ、殺さないでくれ。頼むから……!」

「……殺す? どういうことだ?」


 問うと、ドワーフはガタガタと震えだした。

 身を守るかのように自身の肩を抱いた。


「お前さん、ワシらを連れ去りに……金庫室に入れるために来たんじゃろ?」

「……ッ」


 これはいいことを聞いたな、とそう思った。


 嬉々とした表情で、俺は背後にいる1号と2号に向き直った。

 

 ……二人はトランプをしていた。


「……おい。お前ら、それどこから出した?」

「あ? 俺は知らねえよ。二号が持ってた」


 ジト目を向けると、二号は俺に視線も寄越よこさずに淡々と言い放った。


「……マスターが考え事してたからその隙に奪った。私すごい」

「いや、ほんとすげえよ。いつの間に取ったんだよ」


 懐に手を入れてトランプの有無を確認するが、やはりどこにも見当たらなかった。

 俺は一号と二号の手からトランプを奪おうと手を伸ばした。

 運動能力が低い一号からは難なく取ることができたのだが、続く二号では失敗した。

 その動体視力は伊達だてではないらしい。

 しかし片方のトランプを奪われてしまえば、ゲームの続行は不可能だろう。

 不満気な一号と二号に向けて、俺は一方的に告げた。


「これからこの奴隷から情報を聞き出す。二号は周囲の警戒、一号は俺と一緒にこの奴隷の話を聞いてくれ。お前がいないと嘘をついてるかどうか分からないからな。……おい、お前」

「ヒッ……」


 ドワーフに向き直ると、驚いたのか短い悲鳴を上げた。


「質問に答えてさえくれれば、俺は別に何もしない。だから騒ぐな。……いいな?」

「……ッ」


 ドワーフはコクコクと勢いよく相槌を打った。

 ドワーフに名前を聞くと、彼はライラと名乗った。


 そして、俺は檻にしがみつくライラにいくつかの質問をした。

 数十分にも渡る聞き込みのあと、俺はふぅ、と息を吐いて脱力した。


 聞いた話をまとめるとこうだ。


 まず、この地下室には元々百人近くの奴隷が収容されていた。

 しかしある人物に連れて行かれ、今は二十人程度しかいないらしい。

 連れて行かれた奴隷が戻ってきたことはただの一度もないとのこと。

 これまで奴隷が地下室に新しく収容されたことは何度かあったが、その度に連れて行かれてしまうのだそうだ。

 そして、ここにいる奴隷たちを連れて行くのは決まって貴族連中らしい。

 その人物は決まっておらず、毎回別の人間が連れ去りに来るのだとライラは話した。


 だから俺のこともその貴族連中だと勘違いしたのか、と俺は今更ながらに納得した。


「連れて行かれた奴隷は何をされてるんだ? ていうか、何処に連れて行かれてるんだ?」

「知らないんじゃよ。ワシたちはこの檻に入ってからこれまで出たことなんてないから。どんなことをされてるのかも、どこにいるのかも……分からないんじゃ」


 ライラは悲痛な笑みを浮かべた。


「でも、もしかすると……いや、多分もう殺されてるんじゃろうな」

「……何でそう思うんだ?」

「ただの想像じゃ。貴族がたまにここに来て、奴隷を数人連れて行くんじゃよ。それでもこの場所に返ってきたやつなんて誰もいないからな」

「……貴族?」

「上品なものを身に着けてたからそう思っただけじゃ。実際に貴族なのかは知らんが」

「……ふむ」


 教会の地下には奴隷市場で入手した奴隷が収容されていて、そこから何処かへ連れて行かれる。

 何をされているのか、何処にいるのかは当人でさえ分からない。

 これから俺が調べるべきなのは、王族は奴隷を使って何をしているのかということだ。


 考えいていると、ライラは檻に両手でしがみつき、瞳を潤ませた。


「な、なあ、お前さん、ワシを助けてくれ。次に貴族が来た時、連れて行かれるのは……きっとワシなんじゃ」

「……なに? どういうことだ?」

「ワシがこの中で一番古参なんじゃ。連れて行かれるのはここに長くいるものから順番に選ばれる。貴族連中に連れて行かれる奴隷は、ここよりもっと奥の金庫室に監禁される。そうなるともう出ることはできないんじゃ」

「その金庫室ってのに入れられるのはいつなんだ? というか、その貴族はいつ来る?」

「金庫室に入れられるのは明日じゃ。貴族連中がここに来る日は決まってる……今から1ヶ月後。奴らは決まって一ヶ月置きにここに来る。急がないと、もう時間がない」

「……ッ」


 全身の体温が上昇していくのを感じた。

 つまり、一ヶ月後にここに来る男をつけていれば、必然的に連れて行かれた奴隷の居場所を把握することができる。

 そうなれば、王族が何をしているのか、知ることができるかもしれない。


「任せろ、すぐに出してやる。その代わり、お前にはこちらの条件を飲んでもらうぞ」

「……な、なんだよ条件って。ワシ、男じゃぞ? お前さんもそっちの趣味があるのか?」

「違えよ馬鹿やろう、何でそっちだと思ったんだ。……待て、今って言ったか? え、お前ってそうなのか……?」

「……主、今はそんなことどうでもいいだろ」


 一号に心底呆れた表情を向けられ、俺は仕方なく話を本筋に戻した。


「とにかく、ここから出たら、お前には俺に協力してもらう。それが条件だ。これが飲めないなら、俺はお前のことを助けない」

「わ、分かった! 協力する! じゃから頼む、助けてくれ!」


 コイツは大事な情報源だ。

 未だ明かされていないことでも把握している可能性がある。

 利用する価値は十分過ぎるほどにある。


 ライラの言葉を聞き、俺はニヤリと笑みを浮かべた。

 コクリと頷き、二号に向き直る。


「2号、ここ壊せるか? けっこう太い鉄格子なんだが」


 言うと、2号は「……ふん」とだけ言ってそっぽを向いた。


「……勝負の邪魔するようなマスターの言うことは聞いてあげない」

「……くっ」


 勝負、というのはもしかしなくても先ほどのトランプのことだろう。

 ここに来てトランプを強奪したことがあだになるとは……。

 

 俺は二号をさとすように言う。


「ほら、今度美味いものたらふく食わせてやるから。な、頼むよ?」

「……ふん」

「それならアレだ、好きなもの何でも買ってやるから。食べたいものでも、欲しいものでも何でもだ」

「……今日行った店にもう一回行きたい」

「も、もちろんだ! いくらでも連れて行ってやるから! だから頼む!」


 手を合わせて懇願すると、二号は満足そうに頷いた。

 俺の横を通り過ぎ、やがて檻の前で立ち止まった。

 

 何をするのだろうと見ていると、二号は腰を低く落とし、深呼吸を繰り返した。

 手の第二関節と第三関節を曲げ、それを振り上げる。

 ギラリと瞳が輝き、殺意があらわになった。

 無意識のうち、視線が二号の一挙一動へと釘付けになってしまう。

 殺意に当てられたのか、その場にいる奴隷たち全員が目を覚ましていた。


「……フンッ」


 掛け声をともに、二号はその腕を振り抜いた。

 二号の爪と鉄格子が接触した時に響いた轟音を聞き、俺は慌てて耳をふさぐ。

 火花が飛び、風圧で思わず目をつむった。

 ……やがて、奇妙なほどの静寂が空間を襲った。

 もう大丈夫だろうか、とやがて目を開くと、一面の鉄格子が全て折られていた。

 元々鉄格子だったそれは、バラバラになって地面に転がっていた。


 予想以上の戦闘能力を前に、俺は戦慄せんりつした。


「……まじかよ。二号ってこんなに強かったのか?」

「……へへ、行った通りだっただろ? コイツの中に秘められたものは相当なものだって」

「ああ、そうだな……」


 無表情に散らばった鉄格子の破片を眺めている二号を見て、今後コイツへの言動は気をつけようと思った。

 先ほど一号から奪ったトランプを返却しておく。


「……マスター。あとはどの檻を壊せばいい?」


 二号はピクリとも表情を変えずにそう言った。

 俺はしばらく考えた後、左右に首を振った。


「いや、壊さなくていい。これ以上助けたら、誰かが助けたってバレるかもしれねえからな」


 この状況なら、まだ奴隷が一人で鉄格子を壊したってことで十分説明がつく。

 一ヶ月後にこの場所に貴族が来るのなら、誰か侵入者がいたことがバレるのはまずい。


 今日のところは帰るか、と一号と二号の二人に向き直ったところで、通路の奥から足音が聞こえてきた。

 慌てて振り向き、視線をそちらに集中させる。

 コツコツ、という足音が響いていた。


 ……マズイ、誰か入ってきやがった。


 冷や汗を流していると、ライラは顔を憎悪の表情に歪めたまま教えてくれた。


「司祭じゃ。この時間になると、毎日様子を見にここに来るんじゃよ」

「……司祭? 今日はいないって聞いてたんだが」

「いないわけはないさ。奴がこの大聖堂から長期間離れたことはない」


 とりあえず、バレないようにランタンの明かりを消す。

 一号、二号を近くに引き寄せ、小声でも話せる距離まで顔を寄せた。

 足音は少しずつ大きくなっている。

 この部屋に到着するまでそう時間はかからないだろう。


「おい、どうするんだよ。隠れる場所もねえしよ」

「大丈夫じゃ、考えはある」


 ライラが言った。

 

 ここで見つかるわけにはいかない。

 もし見つかってしまえば、俺の計画に確実に支障をきたす。


 ___絶体絶命。


 頭を抱えていると、突然ライラが何かを唱えた。


透明トランスパレント! 暗視ナイト・ビジョン!」


 よく分からないライラの行動に、俺は一瞬だけ唖然あぜんとする。

 

「おい、何したんだ? 今のは……魔法か? 何の魔法だ?」

「透明化の魔法と暗視の魔法じゃ。その二人の獣人には、魔力の都合で透視の魔法しかかけられていないから、手を引いてやるといい。もうすぐ司祭が来る。先を急ぐぞい」

「……お前、魔法が使えるのか?」

「ワシはドワーフじゃぞ。魔法はワシの専売特許じゃ」


 魔法の扱いというのは主に才能に左右される。

 故に才能がなければ、魔法を扱うことさえできないのだ。


 司祭が部屋に入ってきたのを見計らい、俺たちは来た道を戻っていった。

 足音を立てないよう慎重に歩く。一歩一歩確実に歩を進めた。

 すれ違いざまに姿形を盗み見たが、若い銀髪の獣人だった。

 今まで出会った獣人は全員銀髪だが、この種族にはこの髪色が多いのだろうか。


 はしごを上り、懺悔室の床から出る。


 マンホールに入ることをしぶっている暇もない。

 俺たちは下水道から退散した。




 司祭___サンドラは悠然と広間を見渡した。

 こんな時間帯だというのに奴隷が全員目覚めているということに違和感を覚えながら、サンドラは一つの檻の前で歩を止めた。

 粉々に粉砕された鉄格子が散らばっていた。


「……誰だ」


 この檻は中からでは絶対に壊せない造りになっている。

 第三者が介入し、檻を壊したとしか考えられなかった。

 思い当たる人物は誰だろうか、とサンドラは頭をひねった。

 この場所を知っているのは、年長のシスター、貴族、そして王族だけだ。

 その中に裏切り者がいるということになる。


 そこまで考えて、「いや……」とサンドラは首を振った。


 ことを荒立てるわけにはいかない。

 ただただ命令に従っていれば、それだけで彼らは助かるのだから……。


 サンドラは壊れた鉄格子を指でなぞらえた。



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 伏見ダイヤモンド

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