第十二話

 教会付近の物陰に隠れ、俺と一号、そして二号は息を潜めていた。


 瞳に映るのは昼間にも来た教会だ。

 ざっと三十名ほどの騎士が警備として教会を囲っていた。

 この時間帯に教会を訪れたのは始めてだが、この場所にこれだけの騎士が派遣されているのはどう考えてもおかしい。

 何かあると思うのが普通だろう。


 正面の扉、教会の裏口、そして窓。

 先ほどグルリと教会の周辺を一周してみたのだが、誰にも見つからずに入れそうな場所は見つからなかった。


 「お前らも入れる場所を探せ。日が昇る前に片付けなきゃいけないからな」

 「……」

 「……」


 辺りを見渡しつつ呼びかけるも、返事が返ってくる気配はない。


 「おい、聞いてんのか? 俺一人じゃ限界があるから、お前らも……」


 口にしつつ、俺は一号と二号の方を見た。


 ……二人はトランプをしていた。


 「……おい」

 「……ん? なんだ主、何か用か?」

 「何か用か、じゃねえ。何でトランプしてんだよ。てか何で持ってきてんだ、そんなもん」

 「何でって……暇なとき困るだろ? 大丈夫だって、すぐ終わるからよ」

 「大丈夫じゃねえ。旅行じゃねえんだよ」

 「……マスターうるさい。今いいところ」


 一号と言い合いをしていると、そこに2号が口を挟んだ。


 いや、これ俺が悪いのか?


 俺は無言でトランプを取り上げると、それをふところにしまった。

 二人からは非難の視線を向けられたが、今はそれを気にしている場合ではない。


 夜明けまで残り五時間と少し。

 騎士たちに見つからずに教会に侵入し、地下室を見つけ、奴隷が収容されていることを確認する。そしてその奴隷から情報を得る。

 これからすることを考えると、五時間という時間が少ないものに思えてならない。

 今はとにかく時間がないのだ。

 二号とのトランプ勝負を強制的に中断されたためか、一号は不満気に言った。


 「入れる場所を探せったって……この警備じゃどう考えても無理だろ」

 「……まあ、それはそうだが」

 「それに見ろよ、あの正門。あそこだけで騎士が十人も配置されてるんだぜ。裏口にさえ5人いたんだ。他と比べて警備が薄い窓は、高すぎて登れねえしよ」

 「一号、お前、体力に自信は? 少しでも行けそうなら登ってみてほしいんだが」

 「全くねえな。壁掴んだまま登ることもできねえだろうよ」

 「……」


 何故か決め顔で言った一号にジト目を向けた。

 

 だが、一号が言うことにも納得できる。

 それだけ、警備の数が多すぎるのだ。

 これだけの人数ならば、壁を登ろうとする前に取り押さえられるだろう。


 二号だけが入る、という手もないことはない。

 俺たち二人に比べて二号の運動能力は優れているし、一人なら登ることも容易いだろうが、それでは今回ここに来た意味がなくなってしまう。


 今回の目的は、地下に奴隷がいるのを確認すること。

 そしてその奴隷から情報を聞き出すことだ。


 今回の作戦は誰が欠けても成り立たない。

 まず、地下室の場所を知っているのは一号だけだ。

 コイツがいないのではそもそも地下室にたどり着くことさえできないだろう。

 そして、この三人の中で戦えるのは二号だけだ。

 教会の中には誰もいないとも限らない。

 もし戦闘に発展したとき、二号がいないのではすぐにゲームオーバーだ。

 まだどのくらいの戦闘能力を持っているのかは定かではないが、一号が推薦するのなら少しくらい期待したっていいだろう。

 そして、俺。

 自分で言うのも何だが、奴隷から情報を聞き出すのに俺以上の適役はいないだろう。

 一号はお世辞にもコミュニケーションが得意とは言えない。

 奴隷と会話する一号を想像した時、俺の脳内には言い合いになっている姿しか思い浮かばなかった。

 そして、それは二号も例外ではない。


 つまり、この場では全員が必要不可欠な存在なのだ。


 「どこか入る場所はないだろうか」と二人してうなっていると、不意に二号が俺のそでを引っ張った。

 振り返ると、二号は相変わらずの無表情で、ある一箇所を指さしていた。

 暗いためかよく見えず、限界まで目を凝らすと、そこにマンホールがあることに気が付いた。


 ……まさか。


 俺の額に冷や汗が浮かんだ。


 「……ここから教会の中に繋がってるかも。昼に来たとき、教会の中にもマンホールがあるのを見た」


 ゴクリ、と喉を鳴らす。

 見てみると、一号の表情も強張こわばっていた。


 「……えっと、その、マンホールの下って」

 「……下水道、だな」


 俺の言葉の続きを一号がつむいだ。

 俺は「いやいやいや」と首を振った。

 

 「さすがに冗談だろ。下水道ってどんな水が通ってるのか知ってるのか? こんな場所を通るなんて、いくら何でも衛生的に……」

 「……マスター、さっき時間ないって言ってた。ここは行くしかない」

 「……」


 二号は俺の肩にポン、と手を置いた。

 ……どうやらトランプを奪われたことをまだ根に持っているらしい。

 一号の顔は目に見えて引きつっていた。

 普段サバサバしているのでコイツは特に気にしないと思っていたのだが……。

 一号は脱力しつつ、マンホールのふたを開けた。




 二号の言った通り、マンホールは大聖堂の内部まで繋がっていた。

 騎士に見つかることなく侵入するという目的は達成されたが、正直気分は浮かばない。

 俺と一号は自分からただよう悪臭に顔をしかめた。


 「おい主、臭いから近寄るな。臭いがうつる」

 「いやお前もだよ。なんなら足滑らして下水に落ちた分お前の方が臭えよ」


 鼻を摘みながら言い争う。

 特に気にした様子もなく無表情なのは二号だけだ。

 俺はため息を吐いて一号に話しかけた。


 「なあ、本当にこんなところに地下室なんてあるのか? さっきから全然見つからないんだが」

 「ああ、それは間違いねえ。あのシスター、ご丁寧に地下室の場所まで教えてくれたぜ。信憑性はあると思う。心を読むってのはそういうことだ」

 「ふーん」

 「……っと、ここだな」


 一号が止まったのは一番右端の懺悔ざんげ室の前だった。

 迷うことなく扉を開ける1号に、俺と二号もあとに続く。

 普段見ていた懺悔室の構造と少し違うように思え、俺は何となく違和感を覚えた。

 すると俺の心を読んだのだろう、一号が言った。


 「懺悔室ってのは一つの壁を挟んで二つに分かれてるんだよ。こっちはシスターが入る側で、向こうは一般市民が入る側。構造が違うのはそういうことだ。まあ、地下室への扉を隠すんなら、市民には絶対バレないような場所じゃねえといけねえからからな」

 「なるほど……。それで、肝心の扉は何処どこにあるんだ?」

 「まあまあそう焦るな。すぐ下だぜ」


 一号が床のカーペットをずらすと、そこには茶色の扉があった。

 それを見て、俺は思わず感嘆した。

 心を読むという能力を疑っていたわけではなかったが、これほどまで正確なものだとは思っていなかった。

 「へへへ」と照れたように笑いつつ、一号は扉に手をかけた。

 しかし……。


 「……あれ?」

 「なんだ、どうしたんだ?」

 「開かねえ。何だこれ、おっも……」


 扉を掴んだまま踏ん張っている一号をおかしく思い、自然と笑みが溢れた。


 そういえばコイツ、身体能力だけは欠如してるんだよな……。


 「まあまあ、ここは兵士の俺に任せてくれ。伊達に長年兵士を続けてるわけじゃない」

 「兵士って……主は下っ端だろ?」

 「やかましい。まあ見てな……フンッ!」


 扉はビクともしなかった。

 何度試してみても、一向に扉が開く気配はない。

 挑戦し、失敗し……挑戦し、失敗し……やがて俺は疲労により座り込んだ。

 静寂がその場を包み込む。

 ハアハアと肩で息をしていると、一号の手が俺の肩に触れた。


 「まあ、こんな日もあるよな。大丈夫、滑稽だなんて思ってねえから」

 「クッ……!」


 生暖かい視線を向けるんじゃあない。今日はアレだ、調子が悪かっただけだ。


 俺は顔を赤くしつつ一号に言い放つ。


 「いや、でもこれどうなってんだ? これだけやって開かないとかおかしいだろ。もしかして、何か合言葉を唱えないと開かない、とかか?」

 「それは確かにそうだな。どう考えても不自然だ。合言葉しかねえだろうよ。主、なんか思い当たる合言葉はねえのか?」

 「……ねえな。合言葉っていうと、『パンツください』しか思い浮かばない」

 「……逆に何でそれが思い浮かぶんだ」


 二人してギャーギャーと騒いでいると、二号が横から割り込んできた。

 何をするつもりかと怪訝に思っている俺たちを無視して、二号は無言で扉をスライドさせた。

 ギギギ、というきしむ音すら立てずに、綺麗に扉は開かれた。

 どうやらスライド式だったらしい。


 「……開いた。ほら、早く行こう」

 「……」

 「……」


 俺たちははしごを使い、無言で地下室へ下りていった。

 先に入っていった一号の耳は言い訳もできないほど赤く染まっていた。


 「……フッ」


 前の方から二号の馬鹿にしくさった声が聞こえてきたのは、きっと俺の気のせいだろう。気のせいだと思いたい。



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 伏見ダイヤモンド

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