第十話

 奴隷を二人購入し、俺たちは近くの定食屋に立ち寄っていた。

 奴隷市場を出てからというもの、二人の腹の虫は収まる気配がなかったので、仕方なくこうして連れてきたというわけだ。


 目の前で肉料理をバクバクと頬張る二人に……正確には彼女らの腕に目を向けた。

 二人の右腕には花柄の文様もんようが刻まれていた。


 これは『絶対服従』と呼ばれる紋章で、間違っても主人に手出しができないようにするためのものだ。

 刻む、とは言っても直接身体に切り込みを入れるわけではなく、主人の血液と『服従』と呼ばれるポーションの混合液を右腕に垂らすだけで契約は成立となる。

 

 ちなみにあの後、戦闘に長けた方の奴隷は「二号」と名付けた。

 安直だが、今はそれでも良いだろう。

 何か希望はあるかと問うと、特に名前には執着がないということだった。

 

 俺は二人に自身の過去、そして現時点での目的を話した。

 

 具体的には、まず次の誕生日の日に殺されてしまうということ。

 そして王女兼恋人であるリンに復讐をすることが目的だということ。

 

 復讐という言葉を聞いた途端、二人は少しだけ食べる手を止めた。

 反応したのはその部分だけで、俺が死んだということに彼女たちは驚く素振りすら見せなかった。

 

 「……驚かないんだな、俺が死んだってことに」


 俺は意外だと言わんばかりに目を丸くして言う。

 一号と二号は平然として答えた。


 「オレは心が読めるからな。嘘を吐いているかどうかなんてのは一目瞭然だ」

 「……私は、一号がそう言うなら信じる」


 「そうか」と頷き、俺はふと首を傾げた。

 

 「お前らって仲良いのか? 見た目も随分似てるが……もしかして姉妹か?」

 「コイツは、アタシが入った次の日に奴隷市場にやって来たんだ。だから、同期ってことでよく絡んでただけだ。見た目は確かに似てる気がするが、生憎あいにくアタシに妹はいない。もちろん姉もな」

 「ふーん」


 なら、そこまで深く考えることでもないのかもな。


 俺は適当に相槌あいづちを打ち、早速本題に入ることにした。


 「まあ、そんなわけで。お前たちに協力して欲しいことがある」

 「任せな。なんでも言ってくれ」

 「……ん」


 協力的な二人を満足気に眺め、俺は言った。


 「まず一号、お前には貴族連中との会話の際、考えていることを随時報告してほしい」

 「なんだ、それだけで良いのか?」

 「ああ、今はそれで十分だ。他にすることがあったらまた言うから」


 王族の悪行を他に知っている者がいるとすれば、それは恐らく……いや十中八九じゅっちゅうはっく貴族だ。

 貴族なら王族のしていることに口は出せないし、協力者として最も適任だろう。

 自身の地位を下げるくらいなら、貴族は間違いなく王族のしていることにも目をつむる。

 一号にはソイツらの心情を暴いてもらえばいい、と俺は考えていた。


 「そして二号。お前はとにかく活躍し、王国内での地位を確立してほしい」

 「……ん、分かった」

 「分かったって……それだけか? 確かに俺的に素直なのは助かるが……」


 あまりに軽い二号の返事に、俺は不安になってしまう。

 しかしもしこれが上手く行けば、王族にも貴族にも容易に近付くことができるようになる。


 「地位を上げるって、具体的にはどうするんだ?」


 「そうだな」俺は顎に手を当て、考える素振りをする。

 実際は既に考えてあるが、こういう仕草はなんかカッコいい。


 「主、心の中は全部分かってるから、あんまりカッコよくないぞ」

 「……そうか」


 ……心情が読まれる、というのは案外不便かもしれない。

 読む分にはいいのだが、読まれる側としては気持ちのいいものではない。


 ちなみに、一号は俺のことを「主」、二号は「マスター」と呼んでいる。

 別に俺が決めたわけじゃない。

 勝手に呼び始めたし、特に呼び方も気にしていなかったので放って置いている。

 俺はコホン、と咳払いをして話を続けた。


 「まず二号には冒険者になってもらう。それもただの冒険者じゃない、Sランクの冒険者だ。そうすれば、王族からパーティーなんかに招かれる機会も増えるだろうからな。貴族から情報を収集するにはうってつけの場所だ」

 「Sランクって……厳しくないか?」

 「厳しくしないと間に合わないんだよ」


 何度も言うがオレが殺されるまでの期間はあと半年もない。

 もっと詳しく言うのなら、もう五ヶ月を切ってしまっている。


 「分かったな、二号」

 「……ん」


 肉に噛みつきながらも二号は頷いた。


 「そういえば、さっき言ってた情報ってのは何なんだ?」


 先ほどの奴隷市場での会話を思い出し、俺は一号に聞いた。


 「まあ、大した話じゃねえんだけどな」

 「おい、聞いた話と違うじゃねえか。大した話じゃなきゃ困るんだが?」

 「待て待て、今のはあれだ、言葉の綾だよ。ちゃんと話聞けって。主、絶対モテないだろ。……いや、悪かったって。とりあえず座れって。顔近づけないでもろて」


 立ち上がり一号にガンを飛ばしていた俺は着席するよう促され、素直に椅子に座り直した。


 ……コイツ、ちょっと生意気じゃないか?

 これでも一応俺は主人だぞ?


 「オレが聞いたのは、王族が奴隷を買い占めて教会の地下に閉じ込めてるって話だ。何をしているのかまでは見えなかったが」

 「……見えなかった?」


 問うと、一号は「ああ」と頷いた。


 「俺の能力だって万能じゃない。妨害されれば必然的に見えなくなるしな。恐らく関係者には何かしらの呪いがかかってるんだと思う」

 「呪い?」


 呪いっていうと、アレか?

 前にトリスが言ってたやつか?


 『……呪いというのは、相手を支配する魔法のことを言います。呪いをかけられた人間は、呪いをかけた人間の命令に逆らうことができなくなるというわけです』


 俺はトリスがそう言っていたのを思い出した。


 でも、心情が見えないのと呪いに何の関係があるんだ?


 一号にさらに詳しい説明を求めると、呪いについて事細かく解説してくれた。


 その内容を纏めるとこうだ。


 まず、対象一人だけを操るのなら思考から行動まで何でも操作できる。

 思考も行動も、なんでもだ。

 究極、呪いに侵された生物は自殺しろという命令すら聞き入れるのだそうだ。

 しかし操る人数が増えると支配は緩くなり、一部しか操作できなくなるとのこと。

 今回の場合は、複数の貴族連中の記憶を消したため、完全には操られていなかったらしい。

 一号は「完全に操られた人間の心情は、そもそも見えない」と言っていた。

 俺にはよくわからないが、モヤがかかったような状態になるらしい。


 つまり、貴族連中の記憶を意図的に消している人物がいるということだ。

 まあ、リンだろうな。俺は冷静な頭で考えた。

 王族の悪行において、その首謀者はリンだ。

 だから後はリンを問い詰めるだけで悪行に関しては万事解決なのだが……。


 しかし、次にリンと会うことができるのは六日後だ。

 それまで待っているというのも落ち着かない。

 それに、真相が分かったところで証拠を掴めるとも限らないのだ。

 俺がいくら騒ぎ立てたところで、民衆は誰一人耳を傾けてはくれない。

 だから、やれることは全てやっておきたい。


 「おい、奴隷市場にいたとき、他に見えたことはないのか? 王族が何をしているとか、隠してることとか……」

 「詳しいことはわからねえんだよ。そこまでは読み取れなかったんだ」


 一号は左右に首を振りった。


 「そんなに気になるんなら、とりあえず行ってみればいいだろ?」


 そう言って、1号は教会のある方角を指さした。

 窓際の席に座っているため、ここからでも教会の建物の一部を見ることができる。

 ここから教会までは徒歩五分程度の場所にあるのだ。

 教会は一般人でも出入り可能。

 確かに、考えるよりも動いた方が早いかもしれない。


 「よし、それじゃあ早速行くぞ」

 「おう」

 「……ん」


 一号と二号を引き連れ、俺は伝票を手にレジに向かった。

 店員に伝票を差し出し、財布を取り出した。

 今日はだいぶ使ったからな、と寂しい財布を眺めながら思う。


 「お会計、金貨六枚になります」

 「き、金貨六枚……? え、何かの間違いでは……?」

 「いえ、肉料理のコースが二百人前なので。正規の料金ですが」

 「に、二百人前……!?」

 「はい、金貨六枚のお支払いをお願いします」

 「き、金貨六枚……」


 予想外の額に、俺は戦慄した。


 金貨六枚……二号より高えじゃねえか。


 俺は無言で一号と二号を交互に見た。

 二人は特に気にした様子もなく、キョトンと小首を傾げている。


 「なんだよ主、行くんじゃねえのか?」

 「……行くなら早くして」


 ……コイツらのどこに二百人前も入ったのだろう。

 ていうか俺への扱い酷すぎないか?

 これでも一応主なんですけど。


 空になった財布を見て、俺は深いため息を吐いた。



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 伏見ダイヤモンド

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