第九話
在庫品売り場に収容されている奴隷には、
通常の奴隷と比べるとその差は歴然である。
しかし値段はリーズナブルで、最も高い奴隷でさえ金貨五枚程度だった。
これなら買えないことはないが、腕っぷしに自信のある奴隷はここにはいないだろう。
奴隷市場には俺以外に客の姿はなかった。
ここに王族がいれば強力な証拠になる、と考えていたのだが、どうやらそんなに上手く事は進まないらしい。
「……帰るか」
悪行に関する証拠も掴めない。
戦闘能力に長けた奴隷も見つからない。買えない。
これ以上ここにいる理由はないだろう。
脱力するように息を吐き、そのまま在庫品売り場の
「なあ、兄ちゃん。アタシのこと買わないか?」
振り返ると、そこには銀髪碧眼の獣人がいた。
頬は
ギラついた瞳は獣を連想させ、少し肉のついた腕から鍛えれば強くなるのではと考えた。
「……お前、強さに自信は?」
「あ? そんなもんねえよ。喧嘩だってしたこともねえしよ。多分近所のガキにも負けるんじゃねえかな」
「……そうか」
そのナリで弱えのかよ。完全に見た目詐欺じゃねえか。
「悪いが俺は奴隷を買いに来たわけじゃない。他をあたってくれ」
適当に流し、金が入った袋を懐に隠した。
そのまま去ろうとすると、突然その奴隷は笑い出した。
「……嘘が下手だなぁ。それより兄ちゃん、王族について知りたいんだろ?」
「……ッ」
俺は反射的に振り返った。
同時、頭には「何故それを……?」という疑問が浮かぶ。
奴隷はそんな俺を気にする素振りもなく続けた。
「教えてやってもいいぜ。ただし、アタシを買うことが条件だ」
「そんなこと言ったって……」
確かに強い奴隷がいれば買おうと思ってはいたが、それは少なくともコイツではない。
情報は気になるところだが、もしそれが当てにならないものだったら無駄金になってしまう。
改めて断ろうとすると、奴隷はニヤリと笑い、舌舐めずりをした。
「ほお、いい奴隷がいたら買おうと思ってたのか。なら丁度いいじゃねえか」
「……ッ。なんでそれを……」
「それに、安心していいぜ。役立たずにはならないからよ。アタシは相手の考えていることをある程度は見破れるんだ。この先、この能力は役に立つと思うぜ」
「相手の考えていることを見破る能力……?」
……そんなものがあってたまるか。
即座に否定しようとし、しかし今しがた考えていたことを言い当てられたことに気が付いた。
そしてそれは、彼女の能力が本物であることを物語っていた。
「もし何か気になることがあるってんなら、アタシは協力してやるぜ」
「……なんでそんなに協力的なんだ?」
「まあ、ずっとここにいるのも退屈だからな」
俺の問いに、奴隷は遠い目をしてそう答えた。
その目は以前……いや、最近どこかで見たことがあった。
どこだったか、と考えて、俺はすぐに思い至った。
……俺だ。復讐に囚われている、俺と同じ目をしているのだ。
俺は
在庫品の奴隷……それも獣人の少女を一人購入することを伝えると、ヘレンは何故か一瞬だけ顔を顰めた。
しかしすぐに営業スマイルに戻り、鍵も持ってきて解錠し始めた。
俺は改めて購入した奴隷を眺めた。
今後、コイツの能力は必ず役に立つ時が来るはずだ。
コイツが相手の考えを見破れるのなら、怪しい人物全員に話しかけて胸の内を探ってもらうだけでも十分に情報を得られる。
思わぬ収穫だったな、俺は自然と口角を緩めた。
奴隷を一人購入した後、俺は再び在庫品売り場を見て回っていた。
そんな俺に、奴隷は不思議そうに尋ねた。
「おい、まだ帰らないのか?」
「ああ、本来なら今日は戦闘に長けた奴隷を買うつもりだったからな」
「ふーん」
奴隷はつまらなそうに
コイツ、黙ってればすごい美人なのにな……。
「……そういえばお前、名前は?」
「あ? 奴隷に名前なんてあるかよ」
「奴隷になる前はあったんだろ? それでいいから」
「……覚えてねえよ」
覚えてない、か。
奴隷は俺から目を逸らしてそう答えた。
「じゃあ俺が付けてやる。呼び方がないと不便だからな。何か要望はあるか?」
「……ねえよ」
「そうか。それなら今日からお前は……」
どんな名前を付けてやろうか、と考えて、俺はフリーズした。
特に何も思い浮かばなかった。
「……なんだよ?」
「……すまん。全く思いつかないから、とりあえず一号とかでいいか?」
「いや、まあいいけどよ……」
それからも二人で歩いて回っていると、突然一号が言った。
「おい、戦闘に長けた奴隷を買いたいんだったな。それならいい奴がいるぜ」
「どいつだ?」
「ほら、あの檻の中にいるやつだ」
「……だからどいつだよ?」
「ったく、目わりぃな。ほら、アイツだよアイツ。アタシの檻の隣にいたやつだ」
一号が指をさしている方向を見ると、確かにそこには一人の奴隷がいた。
しかし、想像していたものとはまるで違う。
手錠に繋がれているその奴隷は生気を失ったかのような目をしていて、服がはだけて垣間見える腹部からは
一号と同じく銀髪で、ライトブルーの瞳。
顔立ちはまだ幼いように思うが、全体的に整ってはいた。
「おいお前、話聞いてたか? 俺は戦えるやつが欲しいんだよ」
こう言ってはなんだが、一号が紹介してきた奴隷は……今にも死にそうな感じだった。
とても戦闘に長けているとは思えない。
しかし一号は余裕そうな表情を崩さなかった。
「アイツの中に秘められたものは相当なものだぜ。鍛え上げれば勇者にも匹敵する強さになるだろうな」
「……」
俺は
嘘を言っている様子はない。
……まあ、一号のように心情を探れない俺では単なる予想に過ぎないのだが。
とりあえず一号を連れ、俺はその奴隷の檻の前まで行った。
「なあ、ちょっといいか?」
「……」
「聞こえてるか?」
「……」
「おい、聞こえてるなら返事してくれ」
「……」
その奴隷はゆっくりと顔を上げた。
瞬間……。
「___ッ」
背筋が凍った。
別に襲われたわけでも、
唯一されたことと言えば、ただ睨みつけられただけ。
それだけで、身がすくむ思いがした。
今しがた直撃したそれは、圧倒的強者の放つ殺気だった。
背中に冷や汗が浮かぶ。足が震える。
泡を吹いて失神してしまいそうだった。
一号はそれに意を返すことなく淡々と俺に告げた。
「コイツには高い戦闘能力がある。強くなりたいって意思もある。探してる人材としては、丁度いいだろ?」
その奴隷は一号の姿を捉えた。
すると、次第に殺気は幾分かマシになっていった。
それを肌で感じ、俺はホッと息を吐いた。
一号はその場にしゃがみ込むと、その奴隷と目を合わせた。
「コイツも捨てられたんだ。ずっと復讐に囚われてる」
「……」
ここにいる奴らは、皆そうなのだろうか。
俺は奴隷たちを見渡した。
やはり全員が全員、俺と同じ目をしていた。
穏やかな瞳を持つ者はここにはいない。
胸に復讐心を秘めている者ばかりだった。
復讐してやりたいって気持ちは痛いほどよく分かる。
俺だって復讐に囚われて生きている人間の一人だ。
だから……。
「お前の復讐を手伝ってやる。だから、お前も俺のことを伝え」
「……」
俺は正面から奴隷を見つめ、そう言い放った。
奴隷は何も言わず、コクリと頷いた。
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伏見ダイヤモンド
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