第七話

 俺は一人、ボーッとひまわり畑を眺めていた。

 冷たい風が頬に当たる。もうすぐ冬の季節なのだと実感した。


 毎週金曜日の十八時、この時間にはリンとこの場所で待ち合わせをしていた。

 

 俺とリンはお互いの立場上、毎日会うのは難しい。

 それでも長期間会えないのは寂しいということで、最低でも週に一度くらいは会おうとリンに提案されたのだ。

 これは付き合う前から決めていたルールのようなもので、約束をたがえたことはこれまで一度もなかった。


 ちなみに、先日話した奴隷市場には今度の休みの日に行くことになっている。


「あ、ユウくん!」

 

 しばらく待つと、少し離れた所からリンが駆けてくるのが目に入った。

 その楽しそうな姿を見て、俺の頬はピクリと動いた。


 一体、いま彼女はどんな心境なのだろう。

 この時、この瞬間も、リンは俺の恋人という役を演じているだけなのだ。


 こうしてリンと会うのも本当は嫌だ。

 だが、彼女は王族の悪行に関する情報を聞き出すことのできる唯一の人間だ。

 なかなか口を割ることはないだろうが、ボロを出す可能性だってゼロじゃない。

 

 ここらで色々聞き出してやる、と俺は目を光らせた。

 リンは俺のもとまで駆け寄ってくると、肩で呼吸をした。


「ごめん、待った? ちょっと遅くなっちゃって」

「いや、俺も今来たところだ」


 その言葉にリンは笑顔を見せると、バッグから木箱を取り出した。

 

「今日はユウくんのためにサンドイッチ作ってきたんだよ。上手くできたと思うんだけど……どうかな?」


 木箱に入っていたサンドイッチを手渡され、俺は恐る恐る手に取った。

 匂いを嗅ぎ、表面と中身を入念にチェックし、毒がないことを確認する。


 ここで殺されることはないだろうが、油断は禁物だ。


 俺はリンから目を離さずにサンドイッチを口に運んだ。

 咀嚼そしゃくし、飲み込みながらも、リンと一挙一動を見守る。

 味を気にしている余裕などなかった。


 リンと会うのは週に一度だけ。この機会を無駄にするわけにはいかない。


 俺はサンドイッチを口に運びながら、何気なく話題を切り出した。


「……そういえば最近、忙しそうだよな。何かすることでもあるのか?」

「え、そう? 特にすることはないけど」

「……ふーん」


 考えるように目を上に向けたリンに、俺は適当に相槌あいずちを打った。


 何が特にすることはない、だ。

 密かに俺を殺す計画を進めているくせに。


 半目でリンを睨みつけていると、ふと思い出したように声を上げた。


「あ、でもお父様は忙しそうだよ。何をしてるのかは知らないけど」

「……お父様?」


 お父様っていうと、国王のことか。


 俺の脳内に、白髪頭の太ったお爺さんの姿が浮かび上がった。


 ……そういえば俺が処刑されたとき、国王はあの場にいなかったよな。

 

 俺は今更ながらに思い出した。そしてふと、違和感を感じた。

 

 よくよく考えてみれば不自然なことだ。

 一般的に、死刑が執り行われる場合、国王は玉座に座り見物しているものである。

 死刑を可決するのも、執行の合図を下すのも国王だからだ。

 それなのに、あの場では何故かリンが仕切っていた。


 国王が死刑台にいなかったのと何か関係があるのか……?


「……いや」


 俺は頭を振った。


 あの時、死刑台でリンが言った言葉。


『それだけではありません。この男は私の父上である国王の暗殺……そして昨夜に至っては、私の寝室に侵入して……ッ』


 つまり、俺が殺される前に、既に国王は何者かによって殺されていた……?

 そして、俺はその罪までもリンに擦り付けられたということになる。


 つまり……どういうことだ?


 分からないことが多すぎて一度には整理ができない。

 俺は頭の中で浮かび上がっている謎を整理する。

 まず、現段階で分かっていないことは5つあった。


 1つ、リンは何の目的で俺を殺したのか。

 2つ、国王は誰によって、そして何のために殺されたのか。

 3つ、王族の悪行に関する情報流出を行った本当の人物は誰か。

 4つ、何故リンは情報の流出を俺のせいにしたのか。

 5つ、そもそも王族の悪行とは何か。


 4つ目は特に分からない。

 リンは情報を流出させたのが俺でないことくらい分かっているはずだ。

 情報が流出されたとき、俺は牢屋に入れられていたのだから。


 それに、リンが俺を死刑にした理由も分からない。

 俺を殺したところで、王族の悪行がなくなるわけでもないのに。


 つまりリンには、俺のことを殺す明確な理由があったということになる。


 だとしたら、それは一体なんだ……?

 気が付かぬうちに恨みでも買っていたってのか……?


 どれだけ考えても分からない。答えは出ない。

 ともかく、今俺にできるのは情報収集だけだ。

 今はそれだけに集中しよう。


 俺は深く息を吸った。


「国王は忙しそうなのか。……なんでなんだ?」

「うーん」


 リンは考える素振りを見せた後、頭を振った。


「それは私にも分からない。でも、なんだかんだいつも忙しそうにしているから、結局はいつも通りだよ。今回に限ったことではないかな」


 俺はリンを尻目に見た。

 その表情はあまりにもいつも通りで、とても嘘をついているようには見えない。

 これが演技なのだとしたら、もうリンから情報を聞き出すのは難しいだろう。

 ここまで踏み込んだ質問をしても目に見えた変化を出さないのだから、これ以上問いただしてもボロを出す可能性は低いと見える。

 顎に手を添えて思案していると、ふとリンの方から話しかけてきた。


「そういえば、今度の休みの日に出かけるって聞いたんだけど……」

「……あ、ああ」


 それを聞いて、心臓が波打つのを感じた。

 動揺しているのを悟られないよう返事は返したが、意図せず曖昧なものになってしまった。


 ……まずい。もしかして、奴隷市場のことがバレているのか?

 ここでそれについて言及されるのはまずい。

 俺の計画を悟られるわけにはいかないのだ。


 自然と、俺の視線はリンの口元へと集中していた。

 冷や汗が額から流れ落ちた。


「……女の子と?」

「……え?」


 聞き返すと、リンは不安そうな瞳で。


「だから、一緒に行くのは女の子なのかって聞いてるの」

「……いや、違うけど。ていうか一人で行ってくるし」


 そう口にすると、リンは心底ホッとした表情を見せた。


「なんだ、よかったぁ。てっきり誰か別の女の子と行くのかと。浮気は絶対にダメだからね?」


 眩しい笑顔を向け、俺の鼻先をつついてくるリン。

 安堵する一方、腹立たしくも感じた。


 ……どうしてそんなに白々しい態度が取れるのだろう。

 ……どうして本当の恋人のように接することができるのだろう。

 俺のことを見捨てたくせに。好きでもなんでもないくせに。


 一刻も早くコイツから離れたい。

 でないと、怒りが爆発してしまいそうだった。


「あ、そろそろ時間だね」

「……おう」


 だから、そう言ってリンが立ちがってくれたのは俺にとって僥倖ぎょうこうだった。

 このままでは手を出していたかもしれない。

 それほどまでに俺の怒りは蓄積されていた。


 俺はそれを押し隠すように「そうか」とだけ呟いた。


「それじゃあね。また来週、約束だよ」

「……ああ」


 それだけ言い残し、リンは鼻歌を歌いながら来た道を戻って行った。

 その陽気な背中を、俺は見えなくなるまで睨みつけた。



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 伏見ダイヤモンド

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