第六話

 本日の練兵が終わった後。

 俺とトリスは自主練をしようということで訓練場へとやって来ていた。

 俺が優先してすべきことは情報収集だが、自身を鍛えることもおろそかにしてはいけない。

 最悪の事態……つまり俺が王族の悪行についての証拠を掴めなかった場合、半年後に再び騎士に襲われて監禁されてしまうことになる。

 仮にそうなってしまったとしても逃れられるよう、俺はこれまでよりも熱心に訓練に励まなければならない。


 二人して無心で剣を振る。

 ……振っていたのだが、トリスは途中で飽きてしまったのだろう。

 木製の剣をその辺に放り、訓練場の砂でお城を造り始めていた。


 俺は気にせず剣を振り続ける。

 そんな状況でも、考えているのは情報屋に言われたことだった。


「……人権、か」


 ヒントになっているようで、まるで手がかりにすらなっていないヘンリーの発言。


 ……人権からどうやって真相に辿り着けというのだろう。


 「人権」と呟いては剣を振る……呟いては剣を振る。 

 俺はその工程を幾度となく繰り返していた。

 そんな俺の独り言が聞こえたのか、トリスが不意に話しかけてきた。


「人権っていうと、最近、奴隷問題が深刻化してますよね」

「……奴隷問題?」

「知らないんですか? 最近、趣味の悪い貴族たちが奴隷を買い漁ってるという話ですが」

「奴隷を? 何のために?」

「さあ、それは僕にも分かりません」


 剣を振っていた手を止めて問うも、トリスは首を左右に振った。

 ふと作成中の城が目に止まり、その完成度に思わず感嘆した。


 コイツ、兵士とか辞めて芸術家にでもなればいいのに……。


 トリスは城の側面を削りながら話を続ける。


「中には購入した奴隷に呪いをかけて、悪趣味なことをしている貴族もいるらしいですよ。奴隷なので殺さない限り罪に問われることもありませんからね」

「……呪い?」


 聞き返すと、トリスは口元に手を当ててウププと声を漏らした。


「そんなことも知らないんですか、ブフォッ。一般常識なんですが、ブフォッ」


 あおり散らかしてきたトリスを一発殴って黙らせる。

 トリスは右頬を押さえ、正座しながら話し始めた。


「……呪いというのは、相手を支配する魔法のことを言います。呪いをかけられた人間は、呪いをかけた人間の命令に逆らうことができなくなるというわけです」

「……なるほど。要は生きた人形になるってことか」

「はい」トリスは頷く。「つまりはセクハラし放題というわけですね」

「……そうか」


 ボケなのかどうなのかよく分からないトリスの発言はスルーした。


 しかし、奴隷……奴隷か。

 ヘンリーからのヒントである「人権」という言葉と結びつかないこともない。

 まだ関係があると確定したわけではない。

 が、真相に近づける可能性がゼロでもない。

 ほんの些細ささいなきっかけから、真相への糸口を見つけることだってあるのだ。


「それじゃあ明日、奴隷市場に行ってみようかな」

「……なんでですか? 何か用でもあるんですか?」


 何気なく口にすると、トリスが不思議そうに聞いてきた。

 

 ……まずい、特に理由考えてなかった。


 言い訳を考えようと考えを巡らすも、特に何も思い浮かばない。

 「そりゃそうだ」と俺は顔を引きつらせた。

 そもそも、奴隷を買おうと考える人間は少ない。

 貧弱な身体で特に何ができるわけでもない……そんな奴隷を家に置いておく理由がないからだ。

 いるとすれば、トリスの言うように趣味の悪い貴族連中くらいだろう。

 俺が何も言えないまま固まっていると、トリスは怪訝けげんな顔を俺に向けた。


「もしかしてユウくん……」

「……なんだよ?」


 言い訳でもするかのように俺はトリスから目を逸らした。

 ここで俺の計画がバレるわけにはいかなかった。

 もしそうなってしまえば、リンに復讐することも困難を極める。

 トリスは納得したかのような顔で言った。


「……性奴隷が買いたいんですね。気持ちはよく分かります」

「……違うんですけど。ていうか分かるなよ」

「いい店紹介しますよ。ここから徒歩三十分ほどの場所にあるのですが……」

「話聞けや」


 俺はトリスの頭にチョップを食らわせてやる。しかし内心はホッとしていた。


 ……コイツがバカで本当に助かった。


「ですが、ユウくんは恐らく奴隷市場には入れませんよ」

「え、なんでだ?」

「ブッフォ、ユウくんはそんなことも……」

「いいから話しやがれ」


 アイアンクローをキメてやると、頭蓋骨をミシミシと言わせ始めたトリスはペラペラと話し出した。


 いわく、一般人は奴隷市場への立ち入りが禁止されているらしい。

 貴族など身分のしっかりした者でないと入ることができないのだとか。

 どうしよう、と俺は頭を抱えた。


 入れないなら情報収集すらできないじゃないか。


「まあ、行きたいのなら任せてください。すぐにでも良い奴隷市場を紹介できますよ」

「当てでもあるのか? ……だとしたらなんか意外だな」

「失礼ですね。こう見えて僕、貴族なんですよ?」


 そこで、この変態ことトリスが貴族だということを俺は思い出した。

 完全に忘れていた。頭から抜け落ちていた。


 一般的に、貴族というものは平民を見下し、横柄な態度を取ってくる者が多い。

 それなのにコイツは誰にでもこの態度を崩さなかった。

 だから、忘れていた。

 こうやって平民出身の俺とも会話してくれるとか、普通はあり得ないことなんだよな。

 俺は真剣な眼差しで何かを呟いているトリスを尻目に見た。


「あの奴隷市場は……いや、あっちの方が良かったですかね……」

「なんだ、何をそんなに真剣になって悩んでるんだ? 奴隷市場なんてそんなに多くあるもんじゃないだろ?」


 するとトリスは平然とした顔で。


「オススメの性奴隷だったらどの店の品揃えがいいだろうかと」

「買わねえっつってんだろ」


 俺はトリス作である造り途中のお城を蹴っ飛ばした。



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 伏見ダイヤモンド

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