第五話

 取り調べ室のような部屋に、まだ7歳くらいの少女がいた。

 俺は胡乱うろんな視線を少女に向けた。


 ……まさか、この子供が情報屋をしているヘンリーだってのか?


「あの、あなたは……」

「ああ、自己紹介がまだだったね」


 名前を問うてみると、少女は鷹揚おうような動作で手を差し出してきた。


「アタシはヘンリー。情報屋をやってる者だ」


 ……やはり、この少女が情報屋だったらしい。


 俺は驚いた表情とともにヘンリーの手を握った。


「なんか意外ですね。子供が情報屋をやってるなんて」

「……アタシは今年で二十だが?」

「……すいません」


 幼く見られることを気にしていたのか、眉間にシワを寄せて不機嫌になるヘンリー。

 俺は反射的に謝罪した。


 ていうか、今年で20歳?

 俺よりも年上だったのかよ……。


 ちなみに俺は17歳だ。


「……で、アンタは?」

「ユウと申します。王国で兵士をしています」

「敬語じゃなくていいさ。なんかむずがゆいからね」

「……そうですか。じゃあ、ここからはタメで」


 それは俺としてもありがたい申し出だった。

 今年で20歳とはいえ、ヘンリーの見た目は完全に幼女。

 敬語を使うことに少しだけ違和感を覚えていた。


「それで、知りたい情報はなんだい?」

「……ッ」


 突然の本題に、俺は反射的に息を詰まらせた。


 そうだ、今日は王族について聞きに来たんだ。

 本題を見失ってはいけない。


「王族が、世間には知らせずに行っていることについての情報がほしい」


 簡潔にそう伝えると、ヘンリーは少しだけ目を見開いた。

 しかしすぐに目を伏せ、首を振った。


「その情報をどこで手に入れたのかは知らないが、それについてアタシから言えることは何もないよ。口止めされてるからね」

「誰から?」

「……それも言えないね」


 ヘンリーは口をつぐんで目を閉じた。

 どうやら何も口にするつもりはないらしい。

 しかし、俺としてもここで引き下がるわけにはいかなかった。


 「口止めされている」と確かにヘンリーはそう言った。

 つまりコイツが王族の悪行についての情報を所有していることは確かなのだ。


「王族が裏で何かしてることは分かってるんだ。それは何なんだ?」

「言えないね」

「じゃあ、その首謀者は誰なんだ? 王女なんだろ?」

「言えないね」


 いくら質問しても答える気配のないヘンリーに、俺は懇願するような目を向けた。


「なあ、頼むよ。俺にはその情報がどうしても必要なんだよ」


 ヘンリーは俺と視線を交わした後、深々とため息を吐いた。


「いえないって言ってんだろ。しつこいぞ兄ちゃん」

「……ッ」


 俺はガックリと肩を落とした。

 ヘンリーに話す意思がない以上、これ以上何を聞いてみ意味を成さない。

 俺は嘆息しながらも頷いた。


「……分かった。でも、ヒントくらいはくれないか? 俺はどうしてもこの問題を解決しないといけないんだよ」


 ヘンリーは疲れたようにため息を吐いた。


「面倒くさいし、ヒントくらいなら与えてやる。でも真相に関してアタシは何も口にしない。後は自分で調べるなりなんなりして明かしな。……アタシは殺されるのは御免ごめんだからね」


 ……殺される?


 一瞬、頭の中に疑問が過ったが、今はヘンリーのヒントに集中する。


「まあ簡単に言うと、人権って大事だよなってことだ」

「……は? え、人権?」


 人権って、アレだよな。 人の権利とかそういうやつだよな。 

 人の権利が大事……? ……ワケが分からん。


「ほら、ヒントは与えてやったんだから帰った帰った」

 

 ヘンリーに急かされ、俺は慌てて扉を開けた。

 しかし「ちょっと待ちな」とヘンリーから呼び止められたので振り返る。

 他にも何か情報を提供してくれるのだろうか、と期待していた俺だったが、ヘンリは手をブラブラと振りながら言った。


「ほら、金貨1枚」

「……え」

「何ボサッとしてんだい。金貨1枚出しな」

「……えぇと、何故でしょう?」

「情報提供料だよ。ヒントだって情報は情報なんだ。きっちり金貨1枚いただくよ」

「……マジすか」


 ていうか金貨三枚って……高すぎないか?

 質素な生活をせずとも一ヶ月は遊んで暮らせる額である。

 ……だが、確かに情報は情報だ。

 いくら意味不明なヒントだとしても、貰った分は返さなければならない。

 無償で情報を提供してくれる情報屋など何処を探しても見つからないだろう。


 財布を見ると、金貨が三枚、あとは銅貨が数枚だけ入っていた。


 トリスに頼まれたトイレットペーパーは買えないが……まあいいか。


 俺は財布を取り出し、渋々しぶしぶ金貨三枚を手渡した。


「毎度ありぃ」


 ヘンリーは二カッと笑ってみせた。




 寮に戻り、俺は早速トリスの部屋へと直行した。

 無断で部屋に押し入り、アイアンクローでトリスの顔面を締め上げる。


「おいトリス、お前騙しやがったな……」

「す、すいません。ちょっとした出来心ですよ。それに、結果的に情報屋に会えたのならいいじゃないですか」

「出来心じゃねえんだよ。こっちは危うくポリスメン呼ばれるところだったんだぞ」

「ブッブフォッ、それはそれで面白い状況ですね」

「ぶん殴るぞお前」


 俺は嘆息しながらアイアンクローを解除してやる。


「チッ、しまいには情報提供料とか言って金貨三枚も請求してくるしよ。金かかるのは知ってたけど、そんなに高いなんて聞いてねえぞ」

「……え? 僕のときは銀貨10枚ほどで提供してくれましたけど」

「……」


 真顔でそんなことを言ってきたトリスと目を合わせ、俺は黙り込んだ。

 ヘンリーのほくそ笑む顔が目に浮かぶ。


 あのクソガキ……今度会ったら一発ぶん殴ってやろう。


 「ブッブフォ、まさか騙されたんですか。ブフォッ」


 その前にコイツを一発ぶん殴らないとな。


 俺は腹を抱えて笑い転げるトリスの顔面に右ストレートをめり込ませた。



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 伏見ダイヤモンド

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