第四話

 トリスから貰った地図を頼りに、俺は迷路のような路地を歩き回っていた。

 情報屋は相当複雑な場所にあるようで、なかなか辿たどり着けないでいる。

 寮を出発してもう数時間。そろそろ到着してもいい頃合いなのだが。

 地図を見るに、俺の現在地から目的地まではそう遠くない。

 

「ここで曲がるとあるはずなんだが……」


 指示通りに角を曲がる。……同時、俺は呆然とした。

 地図に記された、目的地を示す星マークの場所に、俺がよく知る雑貨屋があったからだ。……それも、寮から徒歩数分の場所にある雑貨屋である。


「……どういうことだ? 場所間違えたか……?」


 反射的に地図を確認するも、書かれている場所はどう見ても目の前の雑貨屋だった。

 どこかに何か書かれていないかと地図を隅々まで探す。

 と、地図の端っこの方に小さな文字で何か書かれているのが目に入った。

 目を凝らしてそれを見ると、そこにはこう書かれていた。


『今どんな気持ちですか? 何時間もかけてようやく辿り着いた場所が近所の雑貨屋。ねえねえ、今どんな気持ちですか?』


「……」


 俺は無言で地図を閉じた。

 どんな気持ちですか、じゃねえんだよ。

 しっかり敬語なのがさらに腹立たしい。


『ただ、その雑貨屋に情報屋がいるのは間違いありません。ちょっとした遊び心ということで許してください』


 ……まあ、情報屋がいる場所まで教えてくれたわけだし、今回のことはそれでチャラにしてやるか。


『ついでにトイレットペーパー買ってきてください』


 図々しいなおい。


『食器とかも買ってきてください』


 図々しいんだっつーの。


『車買ってください』


 ぶん殴るぞ。


 ……とはいえ、ここに情報屋がいるのは間違いないようだ。

 あとは情報屋をしているヘンリーとかいう女に会い、持っている限りの情報を提供してもらうだけ。

 俺は雑貨屋へと足を踏み入れた。


 ここはレトロな雰囲気が漂う、俺のお気に入りの雑貨屋でもある。

 食器や家具など様々なものを取り扱っており、値段もリーズナブルなのでよく利用させてもらっている。


 まさかこんな身近に手がかりとなる人物が隠れていたとは……。


 俺は胸元のポケットから1枚の紙を取り出した。

 そこにはトリスに渡された情報屋と対面するための合言葉が書かれている。

 これをレジにいる店員の前で唱えればすぐにでも会うことが可能らしい。

 レジで眠そうに座っている女性店員の前まで行くと、気だるそうな表情で俺を見上げた。

 俺は紙に書いてある合言葉を口にする。


「ねえお姉さん、パンツ見せてくんない?」

「……なに言ってんすか?」


 軽蔑した視線を向けてくる女性店員。

 予想外の反応に、俺は当然困惑した。


「え、あ、あれ……? あの、だから……ねえお姉さん、パンツ見せてくんない?」

「まじでなに言ってんすか? しまいいにはポリスメン呼ぶっすよ?」

「ちょ、ちょっとすいません。間違えました」


 俺は一旦レジから離れ、渡された紙をもう一度確認する。

 そこにはやはり、『ねえお姉さん、パンツ見せてくんない?』の文字が。


 ……どういうことだ?

 合言葉も正しいはずなのに、なぜ情報屋に会わせてもらえない?

 もしかして、今日は店にいないということなのだろうか。

 それとも、あの女性店員は情報屋の存在を知らされていないとか……。


「……ん?」


 ふと紙の端っこの方に文字が書かれているのに気が付いた。

 その文字もやはり小さく、目を凝らさなければ見ることができない。

 俺は極限まで目を凝らした。


『……で、パンツは何色でした? え、合言葉? もちろん違いますよ』


「……」


 アイツ、本当に一発ぶん殴ってしまおうか。

 もちろん違いますよ、じゃねえんだよ。


『本当の合言葉は、「パンツください」です』


 騙されるか。いくら俺でもそこまでバカじゃない。


 本当の合言葉は紙のどこかに明記されているに決まっている。

 ……しかし、いくら探しても合言葉らしき言葉は見つからなかった。


 なんだ? 本当は合言葉なんて書かれていないのか……?


 合言葉が分からないのでは、俺に打つ手はない。


 だが、このまま何の収穫もなく寮まで帰るのもな……。


「行くしかない、か……」


 俺は仕方なく先ほどの女性店員のもとまで戻った。

 女性店員は怪訝けげんな視線を俺に向けた。

 ポリスメンを呼ばれることを覚悟し、俺はうつむきながらも口にした。


「……あの、パンツください」

「ああ、依頼者の方っすね。どうぞこちらへ」


 合ってんのかよ。……え、まじで合ってんのかよ。

 ていうか何で合言葉が『パンツください』なんだよ。

 それなら別にパンツの色でも良かったじゃねえか。


 ブツクサと脳内で文句を垂れつつ、女性店員の後をついていく。

 角を曲がり、地下への階段を降り……それを何度か繰り返すと、突然女性店員が止まった。

 目の前には禍々しいオーラをまとう扉があった。


「ここっすね。じゃあ、あとはご自分でどうぞ」


 女性店員はそれだけ言うと、さっさと来た道を戻って行ってしまった。


 ご自分でどうぞ、と言われても……。


 俺は重厚な扉を見据える。


 なんだ、とりあえずノックでもすればいいのか……?


 迷いながらも、ドアを3回ノックした。

 数秒後、「入りな」とだけ返事が返ってきた。

 俺はドアを開けて中に入った。


 壁も床も石造りで、机と椅子が2つあるだけのシンプルな部屋だった。

 電灯はなく、この部屋の明かりの役目はろうそく1本のみが果たしている。

 椅子にはまだ15歳くらいの少女が座っていた。


「初めて見る顔だねぇ。まあ、そこに座りな」


 炎の如く真っ赤に染まった髪。通った鼻筋。俺よりも頭2つ分ほど小さな身長。

 まだ年端も行かないような美少女がそこにいた。

 少女に対面に座るよう促され、俺は素直に腰を下ろした。


「……で、知りたい情報はなんだい?」


 少女は不敵に笑ってみせた。



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 伏見ダイヤモンド

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