第三話

 リンと別れ、俺は兵士の多くが居住している寮へと帰ってきていた。


 俺は一階の角部屋に住んでいた。

 俺みたいな下級兵士は階数が低く、つ広さのない部屋へ配属される。

 ベッドと机、椅子があるだけのシンプルな部屋で、特筆すべきところは何もない。

 それでも一人部屋なだけまだありがたいと思うことにしよう。

 以前一度だけ二人部屋になったことがあるが、たまったものじゃなかった。

 歯ぎしりはうるさいわ、部屋中散らかすわで散々だったのを覚えている。


 俺はベッドの上で胡座あぐらをかいて座った。

 何か考え事をするときによくする体勢だった。


「復讐をするとは言ったものの、何からすればいいのか……」


 俺の最終目標は、リンを奴隷にすることだ。

 そしてそのためには、王族が裏で秘密裏に行っていることについての情報を流し、世間からの信用を失墜させる必要がある。

 とはいえ、俺がいくら周囲の人間に言いふらしたところで、それを簡単に信用する人間などいないだろう。

 ならばどうするか……証拠を抑える必要があるだろう。

 証拠があるだけで情報の信憑性は格段に跳ね上がるのだ。


 しかし、肝心の証拠はどこに行けば手に入る……?

 そもそも王族が何をしているのかも分からない。

 証拠があるとされる具体的な場所も分からない。

 そんな状況で、俺は一体何をすればいい……?


 ひたすら同じことばかりを考えていると、ふとドアがノックされた。

「……訪問者の予定なんてあったか?」と不思議に思いながらもドアを開ける。

 

 そこに立っていたのは同じく兵士を務めるトリスだった。

 聡明そうめいさを物語る黒縁メガネがよく似合っている。


「なんだ、お前か……。何か用か? 今忙しいんだが」

「忙しいって、とてもそうには見えませんが……。それよりもユウくん、今日訓練サボってましたよね。ユウくんがサボるなんて珍しいから、何かあったのかなと」

「……別に何もねえよ。じゃあな」


 そのまま扉を閉めようとすると、その隙間に足をはさまれた。


「……なんだよ?」


 ぶっきらぼうに言い放つ。

 今はどうすれば王族の裏工作についての情報を得られるのかについて考えたかった。

 俺が死刑宣告されるのはちょうど半年後。あまり時間もない。


「騙されませんよ。ユウくんは嘘を付くとき、眉毛が十度ほど傾くんです」

「なんでそんなこと知ってんだよ。ていうかそれに気付くのがもう怖えよ」

「まったく、何年一緒にいると思ってるんですか?」

「……まだ数ヶ月ですけど」

「以前は同じ部屋で生活をともにした仲じゃないですか。僕たちの友情を忘れたんですか?」

「忘れるわけねえ。毎晩、お前の歯ぎしりを聞く度に一発殴ってやろうかと本気で悩んでたよ」


 トリスはやれやれ、と肩を竦めた。

 どうやら冗談だと思っているらしい。……ここらで本当に一発殴ってしまおうか。

 密かに拳を握りしめていると、トリスは先ほどとは一変、心配そうな表情を向けてきた。


「それに、顔色も悪いですよ? 何か悩み事があるなら話してください」

「……」

 

 その言葉に、俺は少し考える。

 先ほど同様、「特に何もない」と言って部屋に帰してしまってもいい。

 だが、このまま俺1人で考えていても確信的な情報に辿たどり着けそうにないのは確かだ。


「聞いてるんですか? これ以上無視するようなら、また同じ部屋にしてもらうよう本部に掛け合ってみますが……」

「分かったよ、うるせーな。あとそれだけはやめてくれ。……上がれよ」


 俺は渋々しぶしぶトリスを部屋に上げることにした。


 特に有用な情報は得られないだろうが、一人で考えているよりはマシだろう。

 こういう地道な情報収集が実を結ぶこともあるのだ。


 トリスを地べたに座らせ、俺はベッドに腰掛けた。

 そして早速本題に入る。


「……これは、俺の友人の友人の妹の友人の父親の兄の従兄弟の友達の話なんだが」

「はい」

「最近、ソイツは王族が何か秘密裏にやってることがあるって話を聞いたらしいんだよ。世間には知られてない……まあ機密情報みたいなもんだ。……で、ソイツはその真相が気になりすぎて、夜も眠れないらしい。……お前さ、王族が裏で何かしてるとか、知ってるか?」

「……うーん」


 顎に手を添え、考える仕草をするトリス。

 しばらく思案した後、眉間にシワを寄せて首を振った。


「すいません、それは僕にも分かりません」

「……だよなぁ」

「王族なので探せば裏工作の一つや二つくらいは出てきそうですが」

「そうだよな、そんなもんだよな」


 やっぱりダメか……。


 肩を落としていると、トリスが思い出したかのように声を上げた。

 

「……あ、でもあの人なら知っているかもしれません」

「……あの人?」


 聞き返すと、トリスは悠然として頷いてみせた。

 

「はい、ヘンリーという女性の方なんですが」

「……知らないな。聞いたこともない。誰なんだソイツは?」

「情報屋ですよ、情報屋」


 聞くところによると、この辺りでは知る人ぞ知る有能な情報屋らしい。

 一体どこから仕入れているのか、組織の人間でなければ知り得ない情報まで取り扱っているのだと。


「僕なんて騎士団長のスリーサイズ教えてもらいましたよ。……ムフフ」

「……なに聞いてんだよお前」


 何を思い出したやら、気色の悪い笑みを浮かべたトリスに俺は冷めた目を向けた。


 コイツ、見た目とは裏腹にけっこうムッツリなんだよな……。


 それがモテない要因の一つだということにトリスはまだ気が付いていない。


 それにしても、情報屋か……。

 確かに俺がいま最も必要とする人材かもしれない。


 明日は訓練もないし、リンと会う約束もしていないため、特にすることがない。

 俺はいまだ「ムフフ」とニヤけているトリスに訊いた。


「その情報屋って、どこにいるんだ?」



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 伏見ダイヤモンド

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