第二話

 気が付くと、目の前にはひまわり畑が広がっていた。

 辺り一面に咲くひまわりは、現実には存在しない黄色い海を想起させた。

 ポカポカとした穏やかな太陽が俺の頬を照らしている。


「ここはどこだ……? 天国ってやつか……?」


 何気なく辺りを見渡す。そして気が付いた。

 ここはリンと待ち合わせするためによく使っていた場所で、俺にとっても馴染み深い所だった。


 なぜ俺はここに……? さっき、確かに死刑台にいたはずだ。


 俺は先ほどの出来事を思い返していた。

 ずっと信用していた人に裏切られ……最後には呆気あっけなく殺された。


 リン___リン=エドワード。


 エドワード王国の王女で、俺の恋人で……そして俺を処刑した女だ。

 リンのことを考えるだけで、怒りが沸々ふつふつと湧き上がってくる。


 なぜ俺が処刑されなければならなかったのか。

 俺のことを暗殺する計画はいつから立てていたのか。


 考えても分からないことだらけだった。


 恋心などとうに消え失せていた。今は憎悪の感情しか持ち合わせていない。

 もし本当に生き返ることができたのなら、俺はきっと復讐を决意するだろう。

 だが、『生きながらえさせてくれ』という俺のはかない願望はどうやら神には届かなかったらしい。

 目が覚めれば天国。死んだらそこで終わりなのだ。

 脱力して座り込むと、背後から声が聞こえた。

 

「ユウ、どうしたの? 急に黙り込んじゃって」

「……ッ」


 その声には聞き覚えがあった。

 ある人物の顔が瞬時に思い浮かび、しかしすぐに振り払う。

 だって、そんなわけがなかったから。

 その人物の声など聞こえるはずがなかったから。


「ねえ、ユウってば。無視しないでよ」


 しかし、俺がその声を聞き間違えるはずがなかった。

 ずっと恋い焦がれていた相手で、ついさっき復讐の対象となった相手だったから。

 俺は恐る恐る振り返った。……そして、絶句した。


「ねえ、どうしたの? 本当に大丈夫?」


 サラリとなびく金髪。透き通った青い瞳。スラリとした体躯たいく


 俺のことを裏切り、処刑まで行った張本人がそこにいた。


「……ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……ッ」


 無意識のうちに過呼吸になる。怒りよりも驚きの方がまさっていた。


 どういうことだ……? なんでコイツがここにいる……? 

 さっき、俺は確かに殺されたはずだ。

 痛みだって本物だった。俺が死んだのは間違いない。

 じゃあ、この状況をどう説明する……?

 

 俺の様子を心配したのか、リンがタオルで額を拭いてきた。

 それを反射的に振り払うと、リンは少しだけ驚いた顔をしたが、すぐにハンカチを拾い上げ、俺の額をぬぐう作業を続けた。


「ほら、遠慮しないで。今日はその、付き合った記念日なんだから」

「……は? き、記念日?」

「さっき私が告白したらOKしてくれたでしょ? だから、今日で交際1日目」

「1日目……」


 ……おかしい。何かがおかしい。

 俺がリンと交際を始めたのは半年も前のハズだ。

 どうなっている……?

 

「……リン、今は西暦何年の何月何日だ?」

「フフッ、なにそれ。ユウってば、もうボケちゃったの?」


 俺の言葉に、リンは無邪気に笑い……。


「今は西暦5099年の6月24日。だから、あと半年くらいでちょうど西暦6000年になるね」

「……」


 ……間違いない。俺の仮説が正しいとすれば、この現象にも納得がいく。


 俺は顎に左手を添えた。


 俺が死刑に処されたのは西暦5999年12月24日だ。

 そして、現在は西暦5999年6月24日。

 つまり、どういうことか。もう考えなくたって分かるだろう。


「……俺は」


 ……俺は、タイムスリップしたってこと、なのか……?

 それもリンと交際を始める、半年前に……。


 考え込んでいると、リンが照れくさそうに言ってきた。


「これから色んなことしようね。……私、まだ恋愛経験ないけど、頑張るから」

「……」


 白々しい、とただただそう思った。

 なぜこんな態度が取れるのだろう。なぜそんな顔で笑えるのだろう。

 半年後、俺に死刑判決を言い渡すくせに。

 俺が何を言っても聞く耳を持たなかったくせに。


 驚きによってそれまでとどまっていた怒りが再びあふれ出した。


 だから……決めてやった。


 俺はコイツに復讐する。


 処刑される直前にも考えていたことじゃないか。

 今更何を躊躇ちゅうちょする必要がある?


 俺は楽しそうにひまわりを眺めているリンを尻目に見た。


 それよりもいま問題なのは、どう復讐してやるかということだ。

 一瞬、この場で殺すという案が思い浮かんだが、それは即座に却下した。

 殺すことに罪悪感を覚えたからじゃない。

 殺すだけでは生ぬるいと思ったからだ。

 例えばこの場でコイツの喉元をかっ切って殺してしまえば、彼女が苦しむのはほんの一瞬の間だけだ。しばらくするとすぐに死ぬことができてしまう。

 でも、そんなんじゃ俺の恨みははらせない。

 コイツが……王族が最も嫌がる方法で復讐してやるのだ。

 王族が嫌がること……それは、他人に見下されることだ。

 誰かの下につくことだ。


 つまり___奴隷になること。


 我ながらナイスアイデアだと思う。思わず口元がニヤけてしまった。

 リンが死刑を告げたとき、口にしていた意味深な発言を俺は思い出した。


『アナタが王族の情報を許可なく開示したせてしまったで、王族は多大な被害をこうむりました』


『アナタは私たち王族が秘密裏におこなっていたことまで広めてしまいました。この死刑が終わったら、次は私が罪を問われることになります』


 この発言から分かることは2つある。


 1つ、王族は何かしら秘密裏に行っていたことがあるということ。

 2つ、それがそれが何なのかは分からないが、世間に広まってはいけないことであるということ


 これさえ分かっているのなら、復讐する方法はいくらでもある。


 例えば、俺が情報漏洩を本当にしてしまったらどうなるだろうか。

 そして以前のように王国騎士に捕まる前に、隣国にでも逃げてしまえばどうなるだろうか。


 俺は死刑に処されることなく、王族は世間からの信用をなくし、彼らは奴隷となることを余儀なくされるだろう。

 世間から反感を買い、失墜し、奴隷にまで落ちていった王族は別段珍しくもない。

 

「ユウ、なんで笑ってるの?」

「……いや、なんでもない」


 リンの泣いて嫌がる姿を想像し、思わず笑みがこぼれてしまった。



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 伏見ダイヤモンド

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