冤罪をかけられた王都の下級兵士は恋人に見捨てられ殺されてしまった。目が覚めると交際記念日まで死に戻りしていたので恋人が忌み嫌うであろう陰惨な復讐をしてやろうと思います。

伏見ダイヤモンド

第一章

第一話

 手足は縄で縛り付けられているため、身動きが取れない。

 口に猿轡さるぐつわを噛まされているため、口をきくこともままならない。

 脇に居座る二名の騎士は己の剣に手をかけ、いつでも俺の首を切り飛ばせる体勢に入っていた。

 周囲を見渡せば、何事かと集まった野次馬たちが視認できる。

 人々は興味深そうに事の成り行きを見守っていた。


 そんな中、俺の恋人……もとい王女であるリンは、悠然ゆうぜんとして言い放った。


「これより、王国兵士であるユウの死刑を決行します」


 その言葉に、それまで事態を見守っていた野次馬たちが息を呑んだ。

 あまり驚いた様子のない人々はあらかじめ何が行われるかを知っていたのだろう。

 俺も事前に聞いていたわけではなかったが、この事態をなんとなく想像はしていたので大して驚きはしなかった。


 ___ちょうど一週間前の出来事だった。

 兵士である俺はいつも通り、訓練場で剣を振るっていた。

 一般の兵士より技量も経験も劣る俺がこの職業を続けていくためには、人一倍努力しなければならない。

 念願だった兵士という職に就いて早3年。未だ何一つ功績は残せていない。

 だから自主練は毎日するのが当たり前だった。

 そうして暗くなる時間帯までひたすら剣を振っていると、突然数名の王国騎士に囲まれた。

 そのまま理由ワケもわからず騎士たちに取り押さえられ、俺は王国の地下にある収容所へと連れて行かれた。

 最低限の食べ物は与えられたので飢餓きがに苦しむことはなかったが、それでも何もすることがないというのは退屈だった。

 そうして今日、収容所に入ってきた騎士に告げられたのだ。

 「連れて行く場所がある。ここから出ろ」と。

 ようやく開放される、と歓喜していた俺だったが、その感情は一瞬で絶望に変わることになる。

 馬車に揺られること数十分。連れてこられたのがこの死刑台だったからだ。

 これで自身の運命を悟らない者はいないだろう。

 自分が死刑に処されることを知らなければ、こんな恐怖に怯えることもなかったのに……。


「……ユウ。死ぬ前に何か言い残すことはありますか?」


 リンが問うてくるも、猿轡さるぐつわを噛まされている俺の口からは言葉を発することができない。

 脇にいた騎士が猿轡を解除し、ようやく口が聞けるようになった俺はリンに問いかけた。

 その声は自分でも分かるほどに震えていた。

 

「……な、なあリン。冗談だろ? だって俺、何にも心当たりが……」

「気安く私の名前を呼ばないでください。王族と兵士では身分に天と地ほどの差があります」


 その言葉は、俺の胸にグサリと突き刺さった。

 リンの口からこんな言葉を聞いたことがなかった。

 彼女は以前言ってくれていたのだ。

 身分なんて関係ない、私が愛しているのはアナタだけだ___と。


「アナタが王族の情報を許可なく開示したせてしまったで、王族は多大な被害を被りました」

「……被害?」

「アナタは私たち王族が秘密裏におこなっていたことまで広めてしまいました。この死刑が終わったら、次は私が罪を問われることになります」

「……じょ、情報? なんだよ、それ……。俺はそんなことしてないし、広めてないもいない。 それに、もし俺が広めてたからって、それが殺される理由にはならないだろ!?」


 そもそも、情報漏洩って何の情報なんだよ……?

 王族が秘密裏に行ってきたこと……?

 それがバレて罪に問われるのは王族だけのはずだ。それが筋ってものだ。

 なぜ俺までその罪を背負わなければならないのか。


 それをそのまま口にしようとすると、リンは俺の言葉を遮るかのように口を開いた。


「それだけではありません。この男は私の父上である国王の暗殺……そして昨夜に至っては、私の寝室に侵入して……ッ」


 手を顔で覆い、泣きの演技をするリン。

 そんなリンの言葉に、野次馬にも動揺が走った。


「最低だ……まだ成人もしていない王女を襲うなんて……」

「王族のしていたことは許されるものではないが、それでも流石にそれは……。国王様の暗殺など死刑だけでは済まないぞ」

「国王様がお姿を消されたのもアイツのせいだってのか……」


 そんな声がどこかしこから聞こえてきた。


「……ち、違う。嘘だ。俺はそんなことしてない! 冤罪えんざいだ! だって、そんなの……」


 辺りを見渡すも、そこに俺の味方などいなかった。

 ふとリンと目が合った。

 彼女は相変わらず顔を手で覆ったまま、口角を上げて意地の悪い笑みを浮かべていた。

 そこで気が付いた。俺はコイツに罪を擦り付けられたのだ、と。


「……し、知らない、俺はそんなことしてない!」

「黙りなさい。アナタのせいで私たち王族は失墜したのです」

「俺はそんなことしてない! なあ、そうだろ、本当のことを言ってくれよ!?」

「貴様、さっきから無礼だぞ! 下級兵士風情が王女様相手に物申すのか!?」


 瞬時に騎士が剣を抜き、目にも止まらぬ早さでそれを俺の首筋に当てた。

 ひんやりとした感覚を肌で感じ、俺は反射的に口をつぐむ。

 

「王女様、この男と知り合いなのですか?」


 騎士がリンに向き直って質問すると、彼女は心底不服そうに答えた。


「この男のことなんて知りません。見たこともありません」

「……は?」


 そんなわけはない。そんなわけはなかった。

 俺とリンはそれぞれ王女と兵士という立場とはいえ、たしかに恋人同士だったハズだ。

 そしてそれを認めてくれたのもリンだった。


「嘘、だろ……? なあ、冗談なんだろ……? だって、これまでずっと……」


 頬が濡れていくのを感じた。何故泣いているのか自分でも分からなかった。

 ただ、情けない。そんな感情を抱いたのだけは確かだった。

 

「俺のことを好きだと言ってくれたのは……? 誰よりも愛してると言ってくれたのは……? 付き合った記念日に、一緒に過ごそうって言ってくれたのはどうなる……?」

「王女様が貴様などの貴族でもない男にそのようなお言葉をかけてくださるはずがないだろう! 妄想もいい加減にしろ!」

「……ガッ!?」


 剣の柄で鳩尾みぞおちを殴られ、俺は胃の中の物をぶちまけた。

 それを見て野次馬たちが悲鳴を上げた。

 俺は想像以上の痛みにうずくまった。


「……こんなの、あんまりじゃねえか。なあ、リン……ッ」


 王女は俺を一瞥いちべつすると、面倒くさそうにため息を吐いた。


「もう面倒だからやってしまいなさい。その男の顔を見ているだけで、昨夜襲われたことを思い出して鳥肌が立ってしまいます」

「……ッ」


 そのとき、俺の中で何かが切れてしまった気がした。

 怒りはダムの水の如くあふれ出し、止めることなど俺にはできない。


「……ふざけんなよ」


 これまで出したこともないような、ドスの効いた声が俺の口から漏れた。

 自分でも、そんな声を出したことに少し驚いていた。

 だが俺は冷静ではいられなかった。

 こうしている今でも、憎悪の感情がとめどなくあふれ出してくる。

 しかし王女はそんな俺を意に返すこともなく、真顔のままたたずんでいた。


「なにがでしょう?」

「とぼけんなよ……なら、これまでのことは全部ウソだったってのか? 俺に向けてくれた笑顔も、慰めに使ってくれた言葉も、全部……」

「……ハァ」


 リンは首を振った。


「ですから、まだそんな妄想を言っておられるのですか? いい加減その冗談にも飽きてきたのですが」

「……ッ。ゆる、さねぇ……ッ」

「は?」


 眉間にシワを寄せてエラそうに頬杖ほおずえをついているリンを睨みつけた。


「ここで殺されても……俺は、お前の地獄の果てまで追いかけて、それで___」


 ___殺すよりもずっと痛い目を見せてやる。


 そう口にしようとした瞬間、首筋にチクリとした痛みが走った。

 同時に視界がクルリと回転、紅く鮮明な液体を宙を舞った。

 ドシャリ、と音がするのと同時、俺の頬が地面についた。

 そこから首を失った胴体が見える。

 兵士の鎧を纏っていたことから、それが自身の身体だということはすぐに分かった。

 ズキズキとしていた痛みは次第に大きくなり、首を一定のリズムで殴られ続けているような、そんな感覚に襲われた。

 痛い……というか、熱い。

 苦悶くもんの表情を浮かべる俺を見て、リンが心底嬉しそうな笑みを浮かべているのが目に入った。

 視界が段々と暗転していく。

 薄れゆく意識の中で、俺は願った。


 どうか俺に生きながらえるチャンスをくれ、と。

 どうか復讐するチャンスをくれ、と。


 ……それからどのくらい時間が経過しただろうか。

 既にリンの声は聞こえない。頬を支配していた地べたの感覚もない。

 視界は完全に閉ざされ、何も見えなくなっていた。


 俺ことユウは、よわい17にしてその生涯を終えた。



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 伏見ダイヤモンド

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