間違った鬼ごっこ
「うまい人間がもっともっとたくさん食いたいものだ」
ある時、鬼のお頭がそう言った。
「しかし、今の鬼の数では人間狩りにも限度があります」
鬼の子分たちは困ってしまってそう答える。
子分たちはお頭のご希望に応えるべく、日々がんばって人間を捕まえてはいるのだが、長年の間に人間も知恵をつけてきて、なかなか以前のように入れ食い状態というわけにはいかない。
「昔はうっかり一人で村はずれを歩いていたり、峠を超えられずに夜中に山の中で野宿する人間なんてのがいっぱいいたんですが、最近ではなかなかそうはいきません」
「そうなんですよ。いても集団で歩いていたりして、そんなところに我々が一匹で飛び出したら、逆に袋叩きにされたりすることもあります」
「人間がそんなことをするのか!」
聞いて鬼のお頭がはびっくりです。
「はい、色々な物語の中などで『鬼を退治する方法』なんてことが広まったり、なんとか太郎が鬼を手下にして金銀財宝を手にしたなんて話が出回ってしまってから、人間狩りどころか鬼狩りが流行ってしまっているような有り様でした」
「うーむ、それはなんともまずいことになったな」
鬼のお頭はとんでもないことを聞いてしまったと唸ってしまいます。
「そうか、何かいい方法はないものかな。たとえば、わしらが直接人間を手にかけなくても、勝手にそのへんで野垂れ死んでくれるような方法が」
「なるほど、だったらそれを集めてくればいいわけですから、我々も仕事がやりやすくなります」
「そうだろう、いい方法だろう」
お頭の意見を聞いて、子分の鬼たちが頭を捻り、ある鬼がこんな意見を出しました。
「では、病の種を
「それだったら人間に見つからないようにこっそり仕事ができる」
「なるほど、病で適度に
「はい!」
他の鬼たちもいい考えだと賛成し、お頭も大喜び。早速鬼の子分たちは人の世界に病の種を蒔き、大変たくさんの人間が命を失いました。
「これはいい、流行り病で死んだ人間の肉は特に
「承知しました!」
鬼の子分たちはもっともっと色々な病の種を蒔き、またたくさんの人間が命を失いました。
「いいぞ、病によって肉の熟れ方が違って味わいも様々だ。もっと、もっと色んな病の種を撒け」
「はい!」
鬼のお頭は大満足、子分たちももっともっともっとたくさんの種類の病の種をもっともっともっとたくさん蒔き、もっともっともっとたくさんの人間が命を失いました。
そんなある日、
「おい、最近ちょっと人間の数が少なくはないか? それに病で
「それが……」
鬼の子分が言いにくそうに報告をしました。
「人間どもは薬というものを発明し、それでたくさんの人間が病にかかっても治るようになってしまいました」
「なんだと!」
「それで寿命を全うする人間が増えてしまいまして……」
「うーん、寿命を全うした人間の肉は余分な旨味や脂が枯れて、いまいちの味なんだよなあ……」
「それから、人間どもめ、病が広がるに従って病に慣れ、免疫とかいうのを持つようになったようです」
「めんえき~? なんだそれは」
「病の種が体に入っても、今までにその病になったことがある人間が、自分の体中で病の種を退治するようになってしまったのです」
「なんと生意気な!」
鬼のお頭は憤慨しました。
「では、もっともっと強い病の種を蒔け! めんえきなんぞぶっとばすようなのをな!」
「承知しました!」
鬼の子分たちはもっともっともっと強い病の種を蒔きますが、その度に人間は免疫をつけ、助かる人間が増えてきました。
「このところまた数が減ってきたのではないか? めんえきなんぞつかぬように、色々な病の種を次々に蒔いておるのだろう?」
「それが……」
鬼の子分の言うことには、
「人間ども、今度は抗生物質、たらいうものを作り出しまして」
「こうせいぶっしつ~? なんだそれは」
「今までの薬では治らなかった病を治す新しい薬らしいです」
「なんと生意気な!」
鬼のお頭は激怒しました。
「ではもっともっともっともーっと! 強い病の種を蒔け! こうせいぶっしつ、なんてものが効かないような強い強い病の種をな!」
「承知しました!」
鬼の子分たちは少し違う種類の病の種を巻きました。その種には抗生物質は効きません。人間たちはこれまでと同じように、色々な抗生物質を作って対抗しましたが、なかなかその病に勝てる薬はできません。
「はっはっはっはっはっー! 最近はまた死ぬ人間が増えてきたな」
「はい、抗生物質を使っても効かない病を広げましたから」
「うむ、その調子でがんばるように。しかしなんだな、こうせいぶっしつというのを使った人間は少し味が落ちるな」
「はい、そうなんです」
「ですが、前に蒔いた病の種が今も残り続けていますので、人間たちは抗生物質を使うのをやめようとは思わないでしょう」
「仕方がないな、食べられないよりはいい、もっとこの作戦を続けろ」
「はい!」
鬼の子分たちは抗生物質が効かない「ウイルス」という病の種をもっともっともっともっといっぱい蒔きました。「ウイルス」は一度巻くと勝手に自分の違った複製を作り、中には人間の免疫がとても太刀打ちできないぐらい強い「ウイルス」が生まれてくれたりするもので、思った通り、面白いように人間がころころと命を失い、鬼の親方は大満足。
「人間め、さすがにういるすには太刀打ちできんようだな」
「はい」
「よし、この調子でもっともっとういるすをばらまけ!」
「はい!」
しばらくは鬼の親方の幸せな時代が続きましたが、またどうやら人間が何か思いついたようで、おいしい人間が減ってきたのを感じました。
「また人間どもが何か発明したな」
「はい、今度はワクチンとかいうものを」
「わくちん~? なんだそれは」
「よくは分かりませんが、人間が作った薬で免疫を強くして、病にかからない、かかっても軽く済むようにするものだそうです。抗生物質が効かないウイルスにも効くようで、どうしたものかと」
「なんとなまいきな!」
鬼の親方は怒髪天です。
「対抗してこちらももっと強いういるすをばら蒔け!」
「ははあ!」
こうして鬼は強いウイルスをばら蒔き、人間は対抗する薬、抗生物質、ワクチンなどをどんどん開発し、そのたびに鬼の親方は喜んだり怒ったり。
「こうなったら今度はその薬やらワクチンやらを使うと死ぬと嘘をばら蒔け! 使う人間が減るだろう!」
「はい、分かりました!」
鬼たちは今度は病の種ではなく、デマをばらまきました。一部はその話を信じ、病にかかって死ぬ人間もおりました。
「ふむふむ、人間どもには病の種だけではなく、そういうのを撒くのも効くのだな。もっともっと色々な物を撒け!」
「はい!」
こうして色々な物を蒔いては対抗され、対抗されては撒く作戦が延々繰り返されることになりました。
「なんだか最近、人間がまずいのお……」
鬼の親方がげんなりしながらそう言います。
「昔はよかった。自然に死んだの、そのへんで死んでるの、それから子分たちが持ってきてくれるの、そういうのは自然の味がしたのになあ。なんでこんなことになっとるんだ?」
「それは……」
子分は言いかけてやめました。
鬼が病の種を蒔けば人間が対抗手段を生み出す、もっと強い病の種をばらまけば、もっと強い薬を生み出す。今の世界の人間は、みんな生まれたらすぐに病にかからないためにワクチンを打ち、病気になったら抗生物質などの薬を飲むのが普通になっています。
「もっと自然の人間がおらんもんかなあ」
いや、もう遅いし。始めてしまった鬼ごっこは多分もう終わることはありませんから。
※「カクヨム」の「クロノヒョウさんの自主企画・2000文字以内でお題に挑戦」の「第17回お題・間違った鬼ごっこ」の参加作品です。
2022年7月27日発表作品になります。
ストーリーはそのままですが、多少の加筆修正をしてあります。
元の作品は以下になります。
よろしければ読み比べてみてください。
https://kakuyomu.jp/works/16817139557140826118/episodes/16817139557140860285
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