「間違った鬼ごっこ」(第17回)
小椋夏己
間違った鬼ごっこ
「もっともっとうまい人間がたくさん食いたい」
ある時、鬼のお頭がそう言った。
「しかし、今の鬼の数では人間狩りにも限度があります」
「そうか、何かいい方法はないか」
「では、病の種を蒔いてはいかがでしょう」
「なるほど、病で適度に
鬼の子分たちは人の世界に病の種を蒔き、大変たくさんの人間が命を失いました。
「これはいい、あの病で死んだ人間の肉は適度に
「承知しました」
鬼の子分たちはもっともっと色々な病の種を蒔き、またたくさんの人間が命を失いました。
「いいぞ、もっと、もっとだ」
「はい」
鬼のお頭は大満足、子分たちももっともっともっとたくさんの病の種を蒔き、もっともっともっとたくさんの人間が命を失いました。
そんなある日、
「おい、最近ちょっと人間の数が少なくはないか? それに病で
「それが……」
鬼の子分が言いにくそうに報告をしました。
「人間どもは薬というものを発明し、それでたくさんの人間が病にかかっても治るようになってしまいました」
「なんだと!」
「しかも、病が広がるに従って病に慣れ、免疫とかいうのを持つようになったようです」
「めんえき~? なんだそれは」
「病の種が体に入っても、今までにその病になったことがある人間が、自分の体中で病の種を退治するようになってしまったのです」
「なんと生意気な!」
鬼のお頭は憤慨しました。
「では、もっともっと強い病の種を蒔け!」
「承知しました」
鬼の子分たちはもっともっともっと強い病の種を蒔きますが、その度に人間は免疫をつけ、助かる人間が増えてきました。
「このところ数が減っただけではなく、まずいのが増えたな。なぜだ」
「それが……」
鬼の子分の言うことには、
「人間どもが抗生物質、たらいうものを作り出しまして」
「こうせいぶっしつ~? なんだそれは」
「今までの薬では治らなかった病を治す新しい薬らしいです」
「なんと生意気な!」
その薬のせいで味が落ちているとは!
鬼のお頭は激怒しました。
「ではもっともっともっともーっと! 強い病の種を蒔け!」
「承知しました」
鬼の子分たちは段違いに強い病の種を蒔きました。
人間も抗生物質で対抗しましたが、強い強い病になかなか打つ手がありません。
「はっはっはっはっはっー! 最近はなかなかうまい人間が増えてきたな」
「はい、抗生物質を使っても効かない病を広げましたから」
「うむ、その調子でがんばるように」
「はい」
鬼の子分たちは抗生物質が効かない「ウイルス」という病の種をいっぱい蒔きました。
思った通り、面白いように人間がころころと命を失い、鬼の親方は大満足。
「人間め、さすがにういるすには太刀打ちできんようだな」
「はい」
しばらくは鬼の親方の幸せな時代が続きましたが、またどうやら人間が何か思いついたようで、おいしい人間が減ってきたのを感じました。
「また人間どもが何か発明したな」
「はい、今度はワクチンとかいうものを」
「わくちん~? なんだそれは」
「よくは分かりませんが、人間が作った薬で免疫を強くして、病にかからない、かかっても軽く済むようにするものだそうです。抗生物質が効かないウイルスにも効くようで、どうしたものかと」
「なんとなまいきな!」
鬼の親方は怒髪天です。
「対抗してこちらももっと強いういるすをばら蒔け!」
「ははあ!」
こうして鬼は強いウイルスをばら蒔き、人間は対抗する薬、抗生物質、ワクチンなどをどんどん開発し、そのたびに鬼の親方は喜んだり怒ったり。
「こうなったら今度はその薬やらワクチンやらを使うと死ぬと嘘をばら蒔け!」
「はい、分かりました」
一部はその話を信じ、病にかかって死ぬ人間もおりましたが、そうではない者が大多数、一時は負けそうになっても人間はすぐに新しい対抗手段を生み出してきます。
「なんだか最近、人間がまずいのお……」
鬼の親方がげんなりしながらそう言います。
「昔はよかった、自然に死んだの、そのへんで死んでるの、それから子分たちが持ってきてくれるの、そういうのは自然の味がしたのになあ。なんでこんなことになっとるんだ?」
「それは……」
子分は言いかけてやめました。
鬼が病の種を蒔けば人間が対抗手段を生み出す、もっと強い病の種をばらまけば、もっと強い薬を生み出す。今の世界の人間は、みんな生まれたらすぐに病にかからないためにワクチンを打ち、病気になったら抗生物質などの薬を飲むのが普通になっています。
「もっと自然の人間がおらんもんかなあ」
いや、もう遅いし。
始めてしまった鬼ごっこは多分もう終わることはありませんから。
「間違った鬼ごっこ」(第17回) 小椋夏己 @oguranatuki
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