情報と欲望の海
「チャンスだ……」
この夏は1年遅れの大きな運動会があり、その都合で休日を動かして4連休となっている。
「部屋を片付けるチャンス!」
私の部屋は汚い。いわゆる「汚部屋」とまではいかないが、とにかく物が多い。
なぜかと言うと、私は「捨てられない女」だからだ。
「だが、そんな私ともこの4連休でおさらばだ!」
そう、世の中で受けてる断ったり離れたりするやつや、ときめくやつ、色んな知識を今までテレビや雑誌やネットで蓄積しているのだ。
「ためてたのは物だけじゃないのよ?」
夏なのでねじり鉢巻の代わりにタオルをきりりと巻き、汚れてもいいヨレヨレのTシャツ、穴が空いたパンツで身を固め作業に取り掛かる。
「まずは服からね」
服からやるのが処分するコツと皆さん口を揃えておっしゃいます。なるほど、1つ1つが大きいからね。
この1年、ではちょっと心がざわつくので、2年だ、2年着てないのはこちら。青いビニールにひょいひょいと入れていく。
「これは、ちょっときれいだしなあ」
迷うのは「保留箱」へ入れる。
「これは現役、レギュラー」
クローゼットに戻す。
延々と作業を繰り返すが、
「思ったより減らないなあ……」
処分の袋が思ったより膨らまない。クローゼットもタンスの中もまだパンパン。
このあたりでちょっと心がくじけてきた。
だって、どの子も思い出いっぱいの服なんだもの。それに、まだ着られそう。そういうのが悪いと分かってはいるけど、だめなんだよなあ。
「よし、心を切り替えるためにいらない紙類だ」
紙類はかさは減らないが、必要のない書類は分かりやすいので処分しやすい、はず。
いらないレシート、ぽい! 通販の領収書、ぽい! 読み終わった雑誌……ぽい、しにくいけど、これはぽい!
…………
いや、ちょっとこの記事だけ……うーん、捨てにくいから、ここだけ切るか。
じょきじょきじょきじょき
よし、他の……あ、この記事読んだっけ? よし、今度こそぽい!
「本はちょっとこのへんにしとくか」
予定では読まなくなったマンガもぽいする予定だったけど、今出してきたら絶対読んでしまう。なので後回し。
「よし、いらない文房具だ」
インクが出なくなったサインペン、ぽい! ノックが壊れたボールペン、ぽい! 今は使ってない万年筆……
「うーん、これなあ……」
あいつにもらったんだよなあ。もう会わなくなったあいつに。
「いや、なあ……もう別れたやつにもらったもんだし、思い切ってぽい!」
…………
「でもなあ、物に罪はないんだよ、うん」
文具箱にそっと戻す。
そういうこと繰り返したら疲れてきた。ちょっと休もう。
「ご飯作るのもめんどくさいしなあ、なんか出前頼むか」
パソの前に座って注文。ピザとコーラが来るまで一休みだ。
まもなくおいしいものがやってきた。はくはくと食べて体にも心に栄養を与えたら、また続きがやれる気がした。
「でも、食後の休憩」
今度は寝転んでスマホぽちぽち、してたら……
「ぐー……」
寝てしまった……
「まあ、まだ初日だし、いいよね」
あまり自分を追い詰めてもいけない。ゆっくり、気持ちに整理をつけながら処分作業を続けよう。
夕方、まだちょっと早いかなと思ったけど、休みの日ぐらいしかゆっくりお風呂に入れない。作業を終えてバスタブで半身浴、連休初日を満喫した。
2日目の朝。いつもなら仕事に行くのに起きる時間だが、たまの休み、もうちょっとゴロゴロしたい。
いつもよりのんびり起きて、ゆっくり朝食を食べた。
「よし、じゃあ2日目を始めますか!」
昨日一度中断した服からまた始める。
今日は昨日よりちょっとリズムよく進んだが、予定よりは進んでないかな。
「まあまだ残り半分あるしね」
3日目も2日目と同じで1日が終了した。
そして最後の4日目。
「明日からはまた仕事だ、今日はがんばらないと!」
日曜日だがいつもと同じ時間に起き、せっせせっせと作業を進める。おそらく、4日の中で一番はかどったと思う。
お昼はカップラーメンでとっとと済ませ、とにかく作業を進める。
夕方になり、汗だくで部屋を見渡し少し得意。
「に、なれると思ったのになあ……」
おかしい……青いビニールはいくつだ? 6つ、7つ、8つは出てるのに、部屋の中があまり変わった気がしない。
「そ、それでもあれよ、こんだけ出てるんだからゴミの日にこれを出したらスッキリよ」
ゴミ袋8つってことは、4日だから1日2つか。
「紙ゴミとかはあんまりかさは減らないからねえ」
汗だくで疲れ果て、とりあえずぼーっとテレビを見て休むことにする。なんか適当にご飯食べて、お風呂入ったら今日はもう早く寝ないと、明日からまた仕事だ。
テレビをいつものチャンネルにしたら、アイドルがあっちこっち開拓する例の番組をやっていた。
「日曜日はこれがないとねえ」
毎週の楽しみ、ない週はぽっかりと穴が空いたような気がしてしまう。
今週は私が好きな島の開拓をやっていた。
いつもいつも思うが、よくまああれだけ漂着物だけでうまく色んな物を作るよね。二十年の積み重ねがあるからだろうけど、感心してしまう。
今週は特に大物を作っているので見入ってしまう。あれもこれも、海から流れ着いた物なのよねえ。
「しかし、いつ見ても漂着物の多い浜だこと」
あれは、片付けても片付けてもどうしようもないんだろうな。だって、島の周囲が全部海で、その周囲から全部流れ着くんだもの。
そこまで考えてハッとした。
「私の部屋も……」
どうして物が多いんだろう? どうして片付かないんだろう? いつもいつも思ってるけど、それはやっぱりどこかから流れ着くからなんだろう。
仕事帰り、ふっと立ち寄った雑貨屋でかわいいにゃんこのカップを買った。それは今、使わずにビニールに包まれたまま押入れで眠ってる。
「いつか、いいことがあったら使おう」
そう思って壊れないように、としまったんだった。
ネットサーフィンしてる時、ふっと目に留まったおしゃれなバッグ。
「ちょっと高いけど、お出かけの時にいいよね」
ポチッとな。
買ったはいいが、今はお出かけしにくくて、箱に入ったままやっぱり押入れ。
「この本、面白そう」
今は本屋さんをうろうろすることがないもんで、大抵はネットでポチって買ってしまう。
で、来たけどちょうど仕事が忙しい時期で、そのまま読まずにどこかに置いた。
ため息が出る……
「私の部屋はあの島と一緒なんだなあ」
情報と欲望の海に取り囲まれたワンルームの部屋、気づけば何かがこの部屋に入ってきてる。
「これじゃあかん……」
ポツリと言う。
いや、知ってたのだ、分かってたのだ。分かっててもついつい入れてしまうのだ。
ゴミ袋8袋分減らしたとて、また同じぐらいすぐ増える。
「これじゃあかん!」
が、もうタイムアウトだ。
「よし、今度はお盆休みだ! どうせ今はどこにも出かけられないもんね」
冷蔵庫から缶ビールを持ってきてプシュッと開ける。
目をつぶって喉を潤す炭酸に身を預けながら、周囲を取り巻く海の、波の音を聞いていた。
※投稿サイト「ノベルアップ+」で2021年「夏の5題小説マラソン・第三週「浜辺の漂流物」」に参加するために書きました。投稿日は2021年7月22日です。
企画は第五週まで続き5本の小説を投稿していますが、その三番目の作品となります。
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