2084年
rei
2084年
「お
ステンレス製の机を何度も叩く当局職員─
「それだその
「そんな大げさな」
小原はヤバいやつと僕を指差した。
「カロリー
ヤバいやつめと罵られながら、それでも僕は身の潔癖を証明しなければならない。
「何か証拠が? 言っておくが暴食も激しい運動も一切していない。僕の部屋のスクリーンに一日中おとなしくしている僕が写っていただろう」
小馬鹿にするようにフンと鼻を鳴らした小原は『話をする部屋』──つまり取調室だ、のスクリーンに「おい」と言った。しまった、AI搭載型だったか!
『はい。確かに被疑者─
「な、なんだ。ほら、どこにも違反などない」
『常にスクリーン側に背を向け、前傾姿勢のまま何かに強く集中しているようでした。被疑者はこの前日に鉛筆と紙の配給を希望しています。被疑者は平均に比べ鉛筆と紙の配給量が多く、それらを獲得した次の日は決まって長時間スクリーンに背を向けます』
すっと背筋が冷える。
『推測するに被疑者はそれらを使って文章を書いています。日記にしては長時間ですから創作かと……』
「
小原はおぞましい言葉を耳にしてしまったかのように身を縮こまらせた。真実、やつにとっては唾棄すべき愚行なのだ。
「
バンバンと机を叩く音がうるさい。僕が黙秘していると小原の部下らしきやつが数十枚の紙束──僕が書いた小説に違いない! を持って部屋に入ってきた。
「むつかしいコトバがたくさんだ! ヤバいぞこれは
ヤバい犯罪者めと僕を少ない語彙で謗りながら、馬鹿げた法律を羅列する。
「
「冗談じゃない! そんなことで死刑だって⁉」
「しかし
どっと全身に安堵がもたらされた。情けないことに、純粋な死への恐怖は反体制だとか革命の使命だとか、そういう『高尚な意志』をあっけなく塗りつぶしたのだった。
「
小原は慈愛に満ちた笑顔を浮かべているようだった。ヤバすぎる同志あの人を模しているのか。
「僕の恋人─
僕はへりくだって許しを請うように言った。
「そうかそうか
「そうですその通りです」
小原はさらに笑みを深めると「おい」と言った。
『被疑者の恋人─樹里と被疑者は2年前にAIによるマッチングを受けていますが、実際に会ったことはありません。インターネット上の簡単なやり取りのみで、樹里には他に不法な恋人が存在します』
そこまで把握されているのか──、僕の肉体も精神も全て過不足なく当局の手のひらの上……。
「
小原はもう一度繰り返した。
「……この異常な世界を壊すためだ。僕の小説はきっと現状に不満を覚えている誰かに届く。垂れ流されるショート動画に飽き飽きし、ヤバいしか形容詞が使えないもどかしさに悩み、機械の一部のような単純労働だけの日々に疑問を覚える仲間たちに!」
「ほう」
小原は感心したようにひとつ頷いた。
「ではその
「さぁ、知らない。だが確実に存在する!」
小原は制服のポケットから薄汚れた紙を数枚取り出した。
「これがなんだかわかるか」
「僕の書いたビラだ……」
まさか。
「そうだ
「全て回収していた……?」
「
全身から急に力が失われて、気がついたら机に突っ伏していた。
「
『被疑者の反体制的思想は根深く、簡単には正せないでしょう。ですが我らが偉大な同志は非常に慈悲深いお方です。被疑者が清く正しい生活に戻れるように尽力して下さいました』
小原は目頭を押さえて咽び泣いた。
「ああヤバすぎる
『被疑者への指導として、これより当局の教育コンテンツの中から厳選したショート動画一万本の視聴を開始します』
手足を椅子に固定され、開瞼器を取り付けられる。
「これを
植戸が話をする部屋から出ると小原が虚ろな顔で佇んでいた。解決不可能な食糧難を少しでも軽減するため同志は運動と思考をなるべく控えて一日に必要なエネルギーを抑えなければならない。
「
植戸が声をかけると小原は焦点を合わせて植戸の顔を見た。誰だかわからなかったようで「おい」と言った。
『約一週間前から指導を受けていた同志植戸です。さきほど最後のショート動画を見終えました』
「ああ」
小原は当局職員にふさわしい威圧感のある表情になって植戸を頭から足先まで見回した。
「
「そうです
植戸は涙を流して感激を表し小原と熱い抱擁を交わした。
「ヤバすぎる
「もちろんヤバかった!」
2084年 rei @sentatyo-
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