ASMR #5 寝落ちまでの2分間

 幼馴染が戻ってきた。


「じゃあ寝ましょうか」


 こういうのは、変に長引かせてはダメだ。

 心が落ち着いているうちに寝てしまおう


「早いかしら?」


「でもさ……それ以外、することある?」


「それに、眠いんでしょ?」


「ほら」

「早くおねんね、しましょうね」


「だって、まんまでしょ? あくびして、目をこすってるところなんて、子供にしか見えないわ」


「いいから! 寝ようよ」


「いや、ね……、積極的ってわけじゃなくて――」

「私はアンタのことを気遣ってね……」


「そうよ、私は優しいの」

「あんたが思ってるよりも」

「(だから、一緒に寝てあげるんだし)」


 そうでも言っていないと、無理だ。

 私の中の羞恥心が大変なことになる。


「聞かなくて良いわよ、ただの独り言」


「あんたがよく寝れるようになるなら、一緒に寝てあげてもいいわよ、って言ったの」


「そりゃそうよ、幼馴染だもの」


「そうね、それだけじゃない」

「あなたの不安を取り除いて、生活リズムを戻す。引き受けたからには――」


 途中まで言いかけたが、最後は少しボリュームを下げて


「(一緒に寝るわ)」



「しょうがないでしょ! 急に恥ずかしくなったんだから」




「…………」


「大丈夫。睨んでないし、怒ってない。」

「あんたは大丈夫なの? って思っただけ」


「大丈夫は大丈夫よ。あんたは、私と寝ることに何とも思わないのかなって」


「強がらなくても大丈夫よ」


「どうかしらね」

「今まで散々、『添い寝しない』って言ってた人と、今日、気持ち良さそうに私と添い寝してた人、同一人物らしいわよ」


「それはあるんだろうけど、それ以外にない?」


「っ……」


「ストップ! ストップ! 言い過ぎ」

「やめて、照れるから」


「うっさい! 照れてない!」


はいいから」



「あんたの緊張もほぐれたみたいだし、今から一緒に寝る! ベッドへゴー!」


「おっ、覚悟が決まったのね」


「じゃあ、行こうか」


 ベッドに行っているのだが、その間、ずっと無言。



「何よ、無言になるのやめて。もしかして、また上の空?」


「良かった」



「良いわよ。『つかぬこと』とやらを聞こうではないか」


「バグってないからテンション!」


「いいから。何?」


「ええ、同じベッドよ」


「ひょっとして、知らなかったの?」


「あんたの欲望を叶えてあげようと思ったのに、残念だなぁ」


「じゃあ質問。あんたは一人で、すぐに、寝付ける?」


「即答できないのね。寝付けなかったら、今までと同じでしょ」

「今まで私は、あんたの頼み通り、してた」



 去年から頼まれた通りにやってきた。

『夕方に寝て、夜に寝られない』という事態にならないように。普通の生活リズムに戻るように。夕方は二人で過ごすようにしてきた。



「あんたの両親が転勤になってから、生活、乱れまくってたよね」



『一緒にいると落ち着く』なんて言うものだから、夕食前まで彼の部屋で過ごすようになった。

 本人曰く『よく寝れた日が増えてきた』らしいから、ずっと継続してきた。



「最近は、生活リズムも戻り始めて、寝れるようになってきたのに……」



 とはいえ、睡眠の絶対量は少ない。


 それに追い打ちをかけたのがエアコン。


「あんたは今すぐ寝たい。私なら、あんたをすぐに寝かせられる」

「今から、あんたを寝かす」


「どうだか。一分で寝ても知らないよ」



 ◇



 三分前のことを思い出しながら、隣の幼馴染を見遣る。


「(ずいぶん呑気に寝てるわね……)」


 少しぐらいドキドキしてほしかったが、仕方ない。

 私だけドキドキしているのは癪だが。


 幼馴染を寝かすことに成功しても、自分を寝かしつけることはできなかったのだ。


「(まあ、すぐ寝れたみたいで良かった)」


 ひと安心。

 安心しても眠気は来なかった。


 長い夜が始まる。

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