第13話 続・誤解

 あれからアリスは俺を気遣うように優しい……。


 たとえば、授業中にペンを落とすとする。

 いままでのアリスであれば、「さっさと拾いなさい」みたいな視線を向けてくる。

 はずなのだが。


「ヤストくん。これ、落ちたわよ」


 などと言って、わざわざ屈んでまでとってくれる。

 のだが。


「あら? なかなか取れない……」


 などと言って、屈んだままこちらをチラチラとみてくる。

 いや、見てくるだけならいいんだが、どう見ても、胸元が緩い。

 

 あきらかにボタンを多くはずしている。

 そのまま屈んでペンをとろうとするのだから、谷間が見えている。ただ、絶妙な角度というか、それ以上は見えない。

 あくまで、健全な青少年マンガのお色気シーンぐらいのレベルである。

 

 俺はといえば、一度、アリスと海にいったことがあり、そのときに色々と付き合わされたので、驚きつつも、耐性がついていた。なんなら水着のほうがやばかった。


「ペン、ありがとな……」


 ようやく拾ってもらったペンをかかげつつ、俺は礼を言う。

 アリスは立ち上がるとともに、どこで鍛えた早業なのか、すごい速度で胸元をしめると、眉をかるくひそめた。


「っち」

「なんで舌打ちした?」

「してません」


 いや、したろ。と思ったけれども、絡んだほうが面倒だろう。

 俺は小さく息を吐き、知らないふりをする。


 で、次。

 たとえば、雨が降る。

 

「いけね……傘、忘れた」


 空を見て、ぽつりとつぶやく。

 隣を「一緒の傘でかえろー」なんて、付き合ってる男女が仲良く帰ったりするのを見て、少々、思うところもでてくる。


 兄妹という事実を隠す必要ってなんだっけ?

 相手の親のこととか。俺のように事故みたいに発覚したら、二度と時間は戻せない。

 アリスの気持ちとか。自分の親が親じゃなかったときの衝撃なんて、他人事でしかわからないだろうが、俺にはわかる。

 

「でも、本当は」


 本当は俺自身がその事実を――。


「あら、雨なのに、傘をお持ちでない?」

「っ」


 アリスが背後から声をかけてきた。

 周囲の生徒はみな、帰宅しきったのか、二人だけ。

 俺はごまかすように、のどを鳴らす。


 ここでアリスのおかしさ発現。

 

「ふう……なら、傘、はいっていく?」

「いや、いい。なんとかする」

「そう」


 アリスは肩をすくめて、一人で傘をさす――ことなく、歩をすすめて、雨にぬれる。

 ぬれて、

 ぬれて、

 ぬれて、

 振り返る。


 ワイシャツがぬれて、肌にはりつく。

 肌色が多くなり、あの夏の日を思い出す。

 わけわからん空気のなか、ふたたび戻ってきたアリスは言う。もちろん胸元にシャツがはりついたまま。


「一緒に帰る?」

「帰らねーし、はやく着替えてこい」

「っち」

「だから舌打ちするな」

「助けてあげようとしているのに」

「意味がわからないことをいうな。あと早く着替えてこい」


 馬鹿なことをしているように見えるが、馬鹿な方向に進むことへの保険だってもってるだろう。それがアリス。


 天然のようにみえて、考えており、考えているようで、天然。

 それがよい方向に進むのが不思議だけども。


 なんか今回の件も、変な方向に進みはじめているが……まさか俺の予想を超えた、なにかが起こるだなんて、ないだろうな。


「……ふん。着替えてくるわよ」


 やっぱり着替えを持っているか。

 そういって、去っていくアリスの後ろすがたを見ていたら、なにかがひっくりかえってしまいそうな不安を覚えた。


 大丈夫だよな……?

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