第10話 視点変更 リンネ

 リンネはつぶやく。


「ああ、今日は、疲れました」


 品行方正な生徒で通っている彼女は、中学生ながら、すでに政治的な行動さえ求められていた。


 だれかに笑いかければ、だれかに恨まれる。単純が故に、均衡をたもつことに神経を使う。リンネは黙っていても話していても目立つ。いつだって頼られる。

 そんな難しい人間関係からはおさらばして、自分らしく生きていきたいと思うものの、人生は、そう甘くない。


 心が荒れるほど、無表情になっていく。

 必要な栄養素が、なくなっている。


「兄さま成分がきれました」


 淡々と宣言。

 淡々と準備開始。


 兄が、風呂に入ったのを見て、すっと立ち上がる。

 母親に食事の礼をつたえ、階段で、自室へ――行くと見せかけて、兄の部屋に入る。

 

 ベッドにはいって、「あ゛〜〜〜」とおっさんくさい声を出しながら、枕に顔を埋める


 この妹、とにかく、兄が好きである。

 理由なんてない。

 車がガソリンで動くのならば、リンネは兄さま成分で動いていた。


「……足りません」


 今日のリンネはストレス過多であった。

 いつもならば終了する充電が、終わらない。


「フルコースとしましょう……」


 のっそりと起き上がり、当たり前のように兄のゴミ箱をあさってから、リンネは風呂の準備をした。


「コンタクトレンズもつけて……と」


 兄の全てをみるためには、裸眼では無理だし、メガネは湯気で曇る。

 コンタクトレンズ、発明してくださった方ありがとうございます。彼女はうなずきながら、当たり前のように、浴室への扉を開いた。


 後はいつもどおりの展開である。


 目で楽しみ、その兄を追い出した後は、飲む。


 飲むのだ。

 何を飲むかは説明をするまでもないだろうが、とにかく飲むのだった。


「あ゛〜〜〜〜〜〜〜」


 兄さまのエキス、さいこう〜〜〜。



 妹は兄を好きになる生き物なので、仕方がないのだ。つまり自分は悪くないし、遺伝子が悪いのだ。そう信じ、自分をなぐさめながら、飲む。



 リンネは知らない。

 遺伝子なんて、これっぽっちも関連していないことを。

 兄と血の繋がりなど、ないことを。

 

 


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