第6話 転校後ファーストコンタクト

 さあ、放課後だ帰ろうさあ帰ろう今すぐ帰るんだっ!


 俺はホームルーム終了の合図と共に席を立ち、出口へダッシュ。わき目もふらずに一階昇降口へたどりつく。周囲には誰もいない。まさに一番乗り。


 なんでそんなに焦ってるのかって? 聞いて驚くな。元カノが俺をおいかけて転校してきた挙句、その元カノは生き別れた俺の双子の妹らしいんだ――誰が信じるかこんな話っ。


 というわけで、帰る。俺は帰るのだ。


 で、哀れな俺は、そこでようやく罠に気が付いた。

 灰瀬アリスとあろう女が、追いかけてこない時点で気が付くべきだった。


「おお、はやかったのぉ、じゃあよろしく頼むぞぉ。資料室の整理をかってでてくれるとは、すばらしい生徒だぁ。時間も約束通りで、関心関心」


 老人が一名、昇降口でカギをもって待っていた。

 生徒から、愛称として『おじーちゃん先生』と呼ばれているが、その実、先生でもなんでもない、非常勤の営繕さんだ。


「じゃ、これ、鍵じゃ。終わったら、そこの部屋のキーボックスに返しておいてくれりゃ、わしがさいごにチェックするから問題ないぞ――先生にも了承は得ておいたから、終わった報告だけは先生に頼むぞ」


 俺を見て、まっさきに『なにか』の話をしてくる。

『なにか』ってのは、つまり、あらかじめ予定されていた『なにか』なのだろう。逃げようとしたが、教師にまで俺の存在が知られているなら、それはようするに――逃げられないってこと。


「……はーい、よろこんでー」


 俺は資料室のカギを受け取り、理解する。

 罠にはめられた動物の気持ち。良かれと思って前進したら、あっというまに退路がたたれた。


 この罠、誰が仕掛けた? 


 絶対に、いるよ。そこに、あいつが。



     *


 資料室の前に立つ。

 何の作業だが知らない俺がなんでこんなところにいるのかといえば、間違いなく、あいつのせいだ。

 つまり、この中にあいつが――。


 耳元で声がした。


「ハロ、ハロー? ようこそ、資料室前へ」

「うわあっ!?」


 耳に手を当てながら飛びのく。

 背後にいたのは、誰でもない、アリスその人である。


 にやにやとしているアリスが首をかしげた。


「あらぁ? まさかヤスト、わたしが中で待ち伏せしてるって思ったのかしら。でも、鍵を持っていないわたしが、中に入れるわけ、ないじゃない?」

「っく」


 その通りだった。深読みしすぎた。

 だが、負けない。


「アリス、お前、勝手に俺の名前で仕事を受けるなよ」

「あら。そうでもしないと、ヤストくん、わたしの話、聞いてくれないし。数日間無視されたんだから、もう、わたしも手段をえらばないことにしたの」

「それは……たしかにそうだが……」

「絶対にヤストくんはわたしから逃げるに決まっているから。一番に昇降口に降りていくだろうと思って、いろいろと手配しておいたのよ? ね? 結果、わたしと会えたでしょう。ハッピーエンドってこと」


 バッドエンドだよ。

 俺とお前は兄妹なんだぞ……。


 黙る俺に、アリスは勘違いをして勝ち誇った顔を見せる。その顔も、数年前までは見られなかった。妖精のように美しく、氷のように固い表情だった少女に、感情を教えたのは俺なのだ。


 だが、真意は伝えられない。

 話をはぐらかしつつ、のりきるしかない。


「そもそも、お前、どういうつもりだよ」

「どういうつもりって? それこそどういうつもり?」

「だから……なんで森礼学園にいるんだよっ。お前は、白鳥高校にいったはずだろ」

「逆に聞くけれど、なぜヤストくんは森礼学園にいるのかしら。わたしと一緒に、白鳥高校へ行くはずだったのに」

「それは……別れたときに破棄されたようなものだろ」

「別れたつもりなだけで、別れてはいないとしたら?」

「そんな仮定の話はするだけ無駄だ」

「振ったつもりなだけで、相手が耳栓をしていて聞いていなかったら?」

「そんな仮定は不要だ……」

「出したつもりがないのに、あなたの子供ができていたら?」

「やってもねえよ!」


 俺は童貞だ!

 いや! えばることじゃないかもだが!


「大丈夫。わたしも処女だから」

「最悪な読心術だ」

「ふふ……ヤストくんと数か月ぶりの会話。ぞくぞくするわね……」


 ぶるるっと震えるアリスに危機感を覚える。

 なんかこいつ、執着心を隠さなくなっていないか?

 中学のころに持っていた、お互いの秘密の関係というやつがなくなったせいか、感情表現がストレートになっている。


 言葉を紡げない俺に、アリスは言う。


「話は戻るけれど」

「ああ……」

「地球誕生まで戻るけれど」

「戻りすぎだ」

「冗談よ。笑ってくれてもいいじゃない」

「笑える状況じゃないだろ」


 笑いたくても笑えないし。


「つまり、わたしがなぜここにいるかってことだけれど――」


 アリスが周囲を見渡す。

 廊下に生徒がちらほらと見え始めた。

 

「本当に廊下で話していいの?」

「……資料室のカギ、あけるから、中で話そう」

「ええ、それがいいとわたしも思うわ。気があうわね。さすが、相思相愛の元カップル」


 遺伝子一致の兄妹だよ、なんてブラックジョークは、口が裂けても言えるわけがなかった。


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