第5話 転校生の宿命
突然の転校生というだけでも話題の中心になるものだが、それが名門高校からの移動かつ、超美少女だったら、ちょっとした事件になる。
とはいえ、そこは灰瀬アリスである。
無言だろうが、無意識だろうが、体の周りに目に見えぬバリアを張っているような奴だ。それを『お嬢様』と形容するか、『偉そう・高飛車』と揶揄するかは自由だが、簡単に話しかけられるような相手ではないのだ。
だが、人間とは慣れる生き物でもある。
ここ数日は遠くから観察するに留めていたクラスメイトたちも、一人が質問を成功させると、次々に人がよってくる。まるでパンダを見にきた観光客みたい。
何の因果か隣の席になってしまったので、いやでも目にはいる。
俺はといえば、転校生という皮をかぶった元カノには、一切触れないようにしている。なにを考えているのかは知らないが、アリスからの視線は感じるが、話しかけてはこなかった。
もちろん気は抜けない。灰瀬アリスという生き物は、無表情に見えて狡猾。関心がなさそうに見えて支配欲が強く、一度決めたことは、貫き通す。
そんな中、クラスの女子が、こんなことを言った。
「灰瀬さんって、彼氏とかいるの?」
室内の空気が凍った――と思ったのは俺だけだろうか。
思わずチラリとみてしまった。
「彼氏」
「――っ」
それまで、のらりくらりと真意をはぐらかしていたようなアリスの目が細くなる。
こちらを見た彼女の視線と、俺のそれとがかち合った。
口角をあげるだけの控えめな笑いかたでも、俺には満面の笑みに見えた。
それも悪魔みたいな。
「彼氏は、いたわ。そこの隣に座ってる男子。ふられちゃったけれどね」
「「「え?」」」
先ほどまでアリスにくぎ付けだった皆の目が、一気に俺へと向いた。
何言ってんのコイツ!? なんていう初々しい対応はしないぞ。灰瀬アリスとは、本来そういう生き物だ。外面をたんぱくにしているだけで、心は灼熱。
だから、引いたらダメなのだ。
俺は現実と戦わねばならない。
「い、いやだなあ、灰瀬さん。冗談はよしてくれよなー。俺たち、同じ中学ってだけじゃないかー」
「あら。随分と棒読みのセリフね。何日前に考えたの、それ」
昨日だよ、悪かったな。
「でも、証拠はないだろ。そんな話、みんなが信じるわけがない」
「証拠?」
「そ、そうだよ」
「あるわよ」
え? あるの……?
俺たちは生徒会という立場上、付き合っていることを隠していた。
アリスはスマホを取り出すと、画像を調べるでもなく、待ち受け画面を俺に見せた。周囲にだって見える角度で。
……生徒会室の机で居眠りしていた俺にアリスがチューしてる写真だった。
「……ご、ごうせいだ」
俺の声は裏返っており。
「事実よ」
アリスの声は芯が通っていた。
そんなやりとり、どちらが信頼されるかなんて、火を見るよりも明らかだろう。
「すっごい! じゃあ、彼氏を追いかけて転校してきたの!?」
「いや、あんた、きいてた? 元彼なんでしょ」
「そうそう――って、え? こんな美人を、ふったって、うそでしょ」
スマホに意識がさかれたクラスメイトの視線がはがれたとおもったら、すぐに戻ってきた。それも、うさんくさそうなものを見るような目で。
誰かが気まずそうに言う。
「……灰瀬さん、脅されて付き合ってたとかないよね……?」
こっちのセリフだよ。
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