11.帰ろう

 無事でいてくれ、と心の中で祈りながら森を進む。

 数分歩いた先に、激しい戦闘の音が聞こえてきた。


「おそらくあそこです。急ぎましょう」

 

 俺は頷き、足を速める。周囲の木々が次々と倒れ、爆発音が響く。やがて、広がる戦場が見えてきた。

 そこには母カノエッタが1人、20人近くの暗殺者に囲まれながら戦っていた。カノエッタの周りには既に倒れた敵の死体が散乱しているが、カノエッタも疲弊している様子だった。


 助けないと。


「ローラやるぞ!」

 

「はい」


 俺は敵の集団に飛び込み、ローラはカノエッタの元へと走りだす。

 暗殺者たちは俺たちに気付くと剣を持ち、襲いかかってくる。


「<鑑定>」


 こちらに向かってきた暗殺者の内訳は、剣士6名、魔法師2名、魔法剣士2名、回復師1名の計11人。そのうち剣士2名と魔法使い2名は俺狙い。

 殺し合いは初めてだ、まずは慎重に接近戦は避けて戦う。


「右は魔法師中心、左は剣士中心だ。俺は右をやる、ローラは左を頼む」

 

「お任せください、カナカリス様も油断なさらず」


 ローラのステータスなら問題はないだろう。俺も基礎的なスペックでは負けているが、魔法を使って距離さえ詰められなければどうにでもなるはずだ。

 俺は剣を振りかざし向かってくる敵に対して魔法を唱える。


「"火炎球ファイアボール"」


 突き出した右手の前に火球が現れると、それを左から向かってくる剣士に向かってぶっ放す。しかし、相手も流石に手練だ、いとも簡単にそれを躱す。だがそれも想定内だ。俺は続けざまに魔法を放つ。


「"水流刃ウォーターブレード"、"炎刃フレイムブレード!"」


 "火炎球ファイアボール"で速度はだいたい把握した、この2つの魔法は速度が速い、それに切断性もある。

 腕でも足でも奪えれば上々だ。


 俺は無詠唱であることを生かし、"水流刃ウォーターブレード"と"炎刃フレイムブレードをバッグステップで下がりながら連射した。


「ぐあ!」


 俺の放った魔法を回避しきれなかった1人の剣士の左足に命中する。その剣士はそのまま体勢を崩して倒れ込むが、その瞬間、俺目掛けて剣を投げてくる。


「っ"地盾アースシールド"!」


 咄嗟に地面から土を盛り上げ壁を作る。その剣士が放った剣は盾となった土壁に突き刺さり、壁の内側にいる俺に刃が届くことはなかった。

 だが、正面の視界がこれで塞がってしまう。魔法使いの俺としては、かなりまずい。


「くそ、ミスった」


 残りの剣士が、正面の土壁を避けて回り込み俺に突撃してくる。


「紅蓮の炎よ、爆ぜて燃え盛れ"爆炎バーストフレイム"」


 俺はさらに後方へ飛び退くが、剣士を援護しようと魔法師の中級魔法が、横腹に迫る。


「"水幕ウォーターベイル"」


 俺は水属性の鎧を形成する。だが、"爆炎バーストフレイム"を対処したことによってワンテンポ遅れてしまい、剣士の間合いまで近づかれた。そして、突撃してきた勢いそのままに俺の首元目掛けて剣を振り上げる。


 間に合わない——!


 そのとき、俺の目の前にローラが飛び出してきて、剣を受け止め、そのまま剣士を押し返す。


「カナカリス様、大丈夫ですか?」

 

「ああ、ありがとう」


 ローラの言葉に俺は頷きつつ、再度魔法を撃つ。

 どうやら、ローラの担当していた敵は既に片付いたようだ。


「ローラ!魔法師は俺がやる」

 

「では、わたくしは残りの剣士を」


 次の瞬間、ローラが1人の剣士の懐に入り込み斬りかかる。

 俺も反撃開始だ。


「"氷刃アイスブレード"」


 自分の身体を中心に、鋭い氷のナイフが数10本形成される。それを後方に潜む魔法師に向けて放つ。常に氷のナイフを形成し続け波状攻撃の構えだ。魔法師たちは、俺が放つ氷のナイフに対して魔法を繰り出し相殺しようとするが、無詠唱を扱えない彼らが魔法で相殺できる数などたかが知れていた。


 結果、次々に魔法師の体に突き刺さる。

 抵抗力を失った魔法師2人に俺は、トドメの一撃を食らわす。


「"爆炎弾バーストショット"」


 俺が魔法師を倒すのと同時に、ローラの剣戟が止み、敵の悲鳴が聞こえる。ローラの方も片付いたみたいだ。

 横目に見てみると、カノエッタの方の戦闘も終わっていた。俺はすぐに駆け寄る。


「母さん!大丈夫?」

 

「カナカリス?それにローラまで」


 カノエッタは驚いた顔で俺を見つめる。


「どうしてここに……」

 

「ごめんなさい、でも、どうしても母さんを死なせたくなくて——」


 怒られるかもしれない、でも、それでいいんだ。カンダリスは守れなかった。けど、カノエッタは守ることができた。あとは、母さんと家に帰って……

 そのはずだったのに。


「危ない!」


 カノエッタの叫びが響く。それと同時に、カノエッタは"短距離転移ショートワープ"を使って、俺の背後に移動する。


「……え?」


 何が起きた?


「母さん?」


 カノエッタが、生き残っていた暗殺者の攻撃から俺を庇ったと理解したときには、すでにカノエッタは倒れていた。

 俺が初めに攻撃した暗殺者、足を切り落としたあいつだ。生きてたんだ。なんで殺さなかった、なんで首を刎ねなかった。


 ローラは一瞬でそいつに近づき首を飛ばす。けれど、遅い。


「母さん!?」


 俺は倒れこむカノエッタを抱き起こす。

 体中に短剣が刺さり、血を吐きながら苦悶の表情を浮かべるカノエッタを見て、血の気が引いた。


「ごめんね、カナカリス」


 謝るのは俺のほうだ、守るって言ったのに。カンダリスとも約束したのに、俺は結局誰も守れないのか。


「カナカリス……私の愛しい子、あなたは生きて」


 大切な人を失いたくない、悪いのは俺なのに、カノエッタが俺の頭を撫でる手つきはとても優しかった。


「この子を、お願いね、ローラ……」

 

「はい、カノエッタ様」


 カノエッタは、静かに目を閉じる。

 頬に涙が伝う。


「俺が、俺が……」


 そんな俺をローラが後ろから抱きしめる。


「カナカリス様は、よく頑張られました」


 そんなわけがない。何も救えなかった、何もできなかった。

 母さんを殺したのは俺だ。


「俺が殺したんだ……母さんが俺を庇って……」


 涙が止まらない。嗚咽が漏れる。


「そんなことはありません」

 

「じゃあなんで母さんは死んでるんだ!」

 

「カナカリス様が居なければ、カノエッタ様はこんなにも優しい表情で亡くなることはなかったでしょう」


 ローラの声は震えていた。


「だから、そんなに自分を責めないでください」


 顔は見えない、けれどローラは俺よりも長い時間をあの2人と過ごしていたはずだ。きっと泣いている。


「カナカリス様はお一人ではありません、わたくしがおります」


 俺だけが辛いわけじゃない。ローラだって、後悔しているんだ。なのに俺はローラに当たってしまった。


「大丈夫です、わたくしはどこにも行きません」


 ローラは優しい。こんな情けない俺の側に居てくれる、俺を守ってくれる。


「だから、もう自分を責めないでください」


 俺はローラの腕を解き、振り返る。涙でぐしゃぐしゃになった顔を見られたくはなかったけど、顔を見て言いたかった。


「ありがとう」


 俺は決めたんだ、もう逃げない。決めた程度じゃ、何もできなかった。心のどこかで何とかなる、とか思ってたんだ。

 そんな都合のよい世界なんてどこにもない。


「父さん、母さん、ごめん」


 だから、もう逃げないし諦めない。今度こそ、やり遂げて見せる。

 ——ローラを、街を守るんだ。


「帰ろう、家に」

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