9.生きていてくれ

 気を失っていたのか……。目を覚ますと俺は自分の部屋のベッドで横になっていた。


「カナカリス様、目を覚ましたのですね」


 声のする方に顔を向けると、そこにはローラが立っている。


「母さんは!」


 ベッドから飛び起き、ローラに問いかける。


「……落ち着いて聞いてください」


 ローラはそう言うと、事の顛末を話し始めた。


「カナカリス様が神託を受けている間に、カンダリス様から侵入者の報告が入りました。そして、侵入者を追っていたカンダリス様からの連絡が途絶えました」


 まさか父さんが? 最悪な事態が頭をよぎる。


「カノエッタ様はカンダリス様の応援に向かっています。カナカリス様には危険が及ばないようにひとまず安全なここにお戻りいただきました。手荒な真似をしてしまい申し訳ありません」

 

「それで、今はどうなの?」


 俺はローラにそう聞くが、ローラは答えない。


「カナカリス様、今は休んでください。カンダリス様もカノエッタ様もきっと戻ってきます」


 そんなこと言われて呑気にここで待っているなんて俺にはできない。

 決めたんだ。この世界では、この人生では後悔する人生を歩まないと、そのために大切な人を守るって。

 カンダリスもカノエッタもローラもこの街の皆も、俺は守りたい。


「ローラ、頼みがある」


 だから、そのために俺は可能性に賭ける。


「僕を母さんのとこまで連れて行ってくれないか」


 命を落とすかもしれない。

 でもそれでも、こうするしかないんだ。俺は止まらない。逃げない。もう決めたんだ。


「それはなりません!カナカリス様。貴方様は必ず生き延びなくてはいけません!それはカンダリス様とカノエッタ様の願いでもあるのです!」


 ローラは俺に強く言う。だが、俺も引くわけにはいかないんだ。


「父さんが母さんが死ぬかもしれないのに、ここでじっとしているなんて"俺"にはできない」

 

「しかし……」

 

「お願いします」


 俺は頭を下げる。こればかりは俺のわがままで押し通すしかない。

 それでもだめならそのときは、ローラを――。


「分かりました、ただし私も同行いたします」


 ローラのその言葉に俺は顔を上げる。


「ですがカナカリス様、これだけは絶対に約束してください。決して命を粗末にしないと」

 

「……はい、わかっています」

 

「それでは向かいましょう」


 *


 俺とローラは母カノエッタの元へと向かった。その道のりは、これから戦場に行くようで空気が重かった。

 だがそんな空気を変えたのはローラだった。


「カナカリス様、わたくしはカナカリス様にお仕え出来て幸せです。カナカリス様はお優しい方です。その心の強さと人を思いやる気持ちは他の誰にも負けません」


 そんなのは過大評価だ。俺はそんなにできた人間ではない。

 所詮は自分の幸せの為に生きている。俺が後悔するのが嫌だから、人を助けようとする。それこそ偽善だろう。


「僕はそんな立派な人間じゃない。ただ自分が嫌な思いをするのが嫌なだけで」

 

「いいえ、カナカリス様は素晴らしいお方です。どうかご自分を卑下なさらないでください」


 ローラはそう言うと、俺の目を見つめる。


「カナカリス様は自分らしく生きればいいのです。そんな生き方が、誰かを救うことなら素晴らしいことではないでしょうか」

 

「……ありがとう、ローラ」


 再び沈黙が生まれるが、先ほどのような重い空気はなかった。

 自然と焦っていた気持ちが少し落ち着いたような気がする。



 カンダリスならカノエッタならきっと大丈夫だ。いや、無事でなかったとしても、逃げることはもうしない。覚悟を決めよう。

 これから先、何があっても――覚悟はできている。




「カナカリス様、着きました」


 来たのは神託殿しんたくでんより少し離れた海岸だった。そこには、"転移罠トランスポートトラップ"の魔方陣の痕跡と、その痕跡を囲み厳戒態勢をとっている守衛兵や調査している魔術師たちが居た。


「母さんは居ないか」

 

「おそらく既に転移罠トランスポートトラップを解析してその先へと向かったと思われます」

 

「そうか」


 父さんや母さんに合うには、この"転移罠トランスポートトラップ"を鑑定し解析するしかない。


「あの人たちは僕たちを通してくれるかな?」


 一抹の不安があるとすれば、"転移罠トランスポートトラップ"を取り囲むこの人たちだ。


「難しいかと」

 

「そうだよね」


 こんな子供と従者の2人を通すわけがないか。


「なら、ローラ耳を」


 俺はローラに耳打ちする。


「——という感じに頼む」


 ローラがそれに頷いたのを確認すると、俺は守衛兵や調査中の魔術師たちの元に歩みを進めた。


「君たち、ここは危険だ。引き返しなさい」


 すると、守衛兵の1人が俺たちに近づいてきて、警鐘を鳴らした。


「それはできません。僕は、父さんと母さんに会いに行くんです」

 

「まさか、君たちは賢者様の……。それならば、なおのこと通すわけにはいきません」


 やはり通してはくれないか。

 だが、ここからでも"転移罠トランスポートトラップ"に仕掛けられた魔方陣は見える。


 つまり、<鑑定>できる。


 ---

 魔法 :転移罠トランスポートトラップ(取得可能:必要所有得点700)

 転移先:ダルス森(詳細:エリア7)

 ---


 予想通りだ、(取得可能)が出ている。

 魔法取得とは、<鑑定Lv.30>になったことで解放された新たな能力である。この能力は、所有得点を消費することで、本来獲得できない魔法を自身にインプットすることにより使えるようになるというものである。ちなみに、あまりに自身と力量が離れているものは取得不可である。

 今の俺の所有得点は、1700だ。称号を新たに獲得したり、称号以外の獲得法を試したことでコツコツと貯めてきた成果だ。


 "転移罠トランスポートトラップ"を取得をする。心の中で唱える。


『要請を確認。受諾します。所有得点700を消費して個体名:カナカリス・トロンに特殊属性上級魔法"転移罠トランスポートトラップ"が付与されます』


 俺にしか聞こえない声が鳴ると、"転移罠トランスポートトラップ"の知識が流れ込んできた。

 初めて試したけど、こんな感じか。

 

 さて、やりますか。


 ローラに目を向けると、アイコンタクトで指示を送る。

 ローラもそれを見ると頷き行動を開始する。


「悪いね、守衛のお兄さん。今だ、ローラ、走って!」


 一言そう告げると、俺はローラに引かれて猛速度で転移罠まで駆ける。


「その2人を止めろ!賢者様の子だ!」


 守衛兵の男が他の者へ指示を出す。


「カナカリス様」


 俺はそれに頷き、魔法を発動する。


「"疾風疾走ウィンドダッシュ"」


 ローラに魔法を使い速度を上げる。捕まえようとしてくる兵士も魔術師もすべて回避する。

 さすがは父さんや母さんに仕える従者であり剣士のローラだ。早い、これならいける。


 鑑定によって"転移罠トランスポートトラップ"の解析は一瞬で終わっている。

 あとは――"転移罠トランスポートトラップ"の魔方陣に着いた瞬間に、それを再発動させるだけ。

 タイミングもチャンスも一度きり。失敗はできない。



 


 ——ここだ。


「"転移罠トランスポートトラップ"再発動!」


 地面の魔方陣が再び光り、"転移罠トランスポートトラップ"が作動する。


「ローラ!」

 

「はい」


 2人で手を繋ぎ、転移に備える。


 ——父さん、母さん、生きていてくれ。




 そして俺たちはダルス森へと転移するのだった。

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